メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Alfred Knudsonの訃報

来週はノーベル賞受賞者が公表されるが、ノーベル賞の有力候補と思われていた(少なくとも私はそう思っていた)Alfred Knudsonが死去した(注1)。その訃報にふれて感慨を禁じ得ない(注2)。Knudsonはいわゆる"Two-hit theory"を初めて唱えた人物。この理…

Chopin’s Heart in the Genomic Era

この文章は既に日本語で公開しているが、英語版も作っていたので載せることにする。 I wrote this piece in 2,008 without uploading it till last year. Its Japanese version was uploaded in November, 2,015. At that time, the situation surrounding t…

G7保健相会合と中国の耐性菌対策

これを書いていた9月11日は米同時多発テロの15周年だった。TVでは記念(祈念?)式典が続いていた。15年前のこの日のことはいまだによく覚えていて私も考えるところはあるが、守備範囲を超えているのでここで話題にすることは避ける。 日本発のニュースではG…

木目パターンでヴァイオリンの贋作がわかる

年輪年代学とは何か? まずは最近の話題から。紀元6世紀頃に小寒波(Late Antique Little Ice Age (LALIA))があった。これは火山の巨大噴火によるものと考えられている。それが飢饉、人の移動(この時代はゲルマン民族大移動の最中だったが)、さらにはペス…

GM作物の百年後?

GM(遺伝子組換え)作物が100年後にどうなっていると問いかけることで始まる短い記事がNatureに出た。著者はKing's College, Londonの客員教授のVivian Moses。ここには以下のようなことが書いてある。 この問いに対する答えは二通りある。一つはGM作物があ…

キリンは4種

前に”北米のオオカミは1種のみ”という記事を書いた。最近よく見られることに、ゲノムシークエンスの結果、種の記載が訂正される。その結果、絶滅危惧種への対策が変更されるという事態があるという趣旨で書いた。関連する話としては”オランウータンの話”も参…

"Phenotypic profiling"とは?(1)Functional genomics

スクリーニング(Screening)とプロファイリング(Profiling)とはどう違うのか? プロファイリングの応用可能性について認識していきたい。 いわゆるHigh-throughput screening(HTS)はDrug discoveryにおいて盛んに利用され、その範囲は拡大し続けている…

スリランカのマラリア根絶から(少し)考える

9月5日、WHOはスリランカにおけるマラリアの根絶を宣言した。これは現地でのマラリアの感染が3年間記録されなければ宣言が出される。(患者が移入されただけのケースは除外される。) スリランカでマラリアが根絶されたというグッドニュースが出た。 (WHO、…

伝染性腫瘍(3)デビルの抵抗性遺伝子が選択される

(前回からの続きにして完結編) 今年の初めにコッホ三原則の見直しの動きについて紹介した。そこで述べた通り、コッホ三原則とは微生物と病気の因果関係を確定するための実験のプロトコールだ。同じ記事で私はがん遺伝子研究にでもコッホ三原則のアナロジー…

若い人の血による若返り効果?

ちょっとこのタイトルは怪しげだが、このサイエンスの記事はおもしろい。遺伝子工学でも幹細胞でもないが、俗な面白さがある。若い人の血漿を輸血された人が”若返る(かもしれない)”というのだ。 記事を読んでみると、この流れの研究には結構な歴史があるこ…

ゴールデンライスをめぐる攻防(5)その特殊性

前回の記事で、ゴールデンライスを阻止しようとしているグループが流布している説を書いた。それは研究者や公的機関が、巨大企業(例えばモンサント)の手先となって貧しい国々にGMOの普及を目論んでいるというものだ。しかし実際のところ巨大企業はゴールデ…

Oxitecの蚊に関するFDAの発表

8月6日にFDA(米国食品医薬品局)は、オキシテック社の開発した遺伝子改変ネッタイシマカ(OX513A)の米国内での野外試験にゴーサインを出した。これは一般のメディアでも報道されていて注目度の高いニュースだ。最近フロリダのごく一部だが、現地の蚊が媒介…

北米のオオカミは1種のみ  

北米のオオカミがただ一種だったという話だ。それが何だと言われるだろう。しかしこの話題は結構奥が深い。 まずは2,014年9月のサイエンスに出たアメリカアカオオカミ(red wolf, Canis rufus、以下、ここではアカオオカミとする)の保護の話から。北米のオ…

ゴールデンライスをめぐる攻防(4)ゴールデンライスの現在地(続)

ゴールデンライス推進グループはGR2−Rという株を、野外試験のための規制当局の審査プロセスに持ち込んでいる。遺伝子改変生物(Living modified organism, LMO)を野外で栽培するための規制が各国にある。この一部はカルタヘナ議定書の内容により規定されて…

NIHは”動物−ヒトキメラ研究の凍結”を解除する:科学の倫理的問題の取り扱い

先週(8月4日)、NIH(National Institutes of Health) は昨年9月に凍結していた”ヒト–動物キメラ作成実験への研究助成”を解除する方針を発表した。同日、米国メディアもこれを報じている(NPR、NYT、Scienceの記事)。 この件に関しては昨年10月にNIHの”凍…

ゴールデンライスをめぐる攻防(3)ゴールデンライスの現在地

問題を理解するためにはゴールデンライスの現在地を確認しておく必要がある。 複数のソースがあるが、Michael Eisensteinによる2,014年のNatureの記事が簡潔によくまとめられている。この2年間に目覚ましい進展があったわけではないので、この記事の内容をも…

セパタクローは選択肢になかったか?

今日東京オリンピックの5つの追加競技が決定されたというニュースを聞いた。 少し残念に思う。私はセパタクローを入れるのが良いと(勝手に)思っていたから。理由はいくつかある。 オリンピックはもともとフランス人が提唱したもので、北の先進国のものだ。…

ゴールデンライスをめぐる攻防(2)グリーンピースの反論

グリーンピースはそのウェブサイトでGMOについて以下のように組織としての考えを述べている。 遺伝子工学(genetic engineering, GE)は自然界では起こり得ないやり方で遺伝子を操作することにより、科学者たちが新しい植物、動物、あるいは微生物の創り出す…

ゴールデンライスをめぐる攻防(1)ノーベル賞受賞者たちの声明

6月30日のワシントンポストに107名のノーベル賞受賞者の署名した公開書簡が掲載された。これは環境保護団体グリーンピースによるGMO、なかでもゴールデンライスへの反対運動をやめるように要求したものだ。 グリーンピースの反GMO活動は何も新しいものではな…

リオデジャネイロの熱帯雨林再生:ジャガーネコで決まり?

もうすぐリオデジャネイロ・オリンピックだ。 ジカ熱に対する危惧とかロシア陸上チームのドーピング問題など、あまり競技そのものではないことばかりがニュースになっている。いずれもネガティブな話題だ。たぶんタイミングを合わせたのだと思うが、先々週号…

認可されたデングワクチン:社会への負荷の軽減

デング熱ワクチンの問題については既に言及したことがある。 その問題とはデング熱に特異な現象で、異なる血清型ウイルスによる再感染に際して見られる。デング熱ウイルスには4つの血清型が存在している。一つの血清型に感染し、治癒すると同じ型の再感染は…

GM作物表示法へのNatureの姿勢

米連邦議会では食品中に含まれるGM作物の表示に関する攻防が続いていた。他方で州議会レベルではGM作物の表示義務を課す法案が議論されてきた。これは多くの州で進行している。それらの先頭を切って7月1日にバーモント州ではその表示を義務化する法律が発効…

伝染性腫瘍(2)イヌ可移植性性器肉腫:数千年前から生き続けている驚異の腫瘍

イヌ可移植性性器肉腫(Canine transmissible venereal tumor, CTVT)は名前の通り、交尾によって雌雄の性器の間で腫瘍の移植がおこる。CTVTと前回紹介したタスマニアデビルのDFTDとは”伝染する”という共通点があるが、DFTDとは異なり多くが自然退縮する。こ…

伝染性腫瘍(1)デビル顔面腫瘍性疾患:絶滅の引き金

タスマニアデビル(Tasmanian devil, Sarcophilus harrisii、写真 (St. Louis Zoo))は最大の肉食有袋類だ。オーストラリア南端のタスマニア島にしか生息せず、絶滅危惧種に指定されている。以前はオーストラリアの大陸部にも生息していたらしいが、現在はタ…

カリフォルニア“銃器暴力”研究センター

銃を使った暴力に関する公的な研究機関(California Firearm Violence Research Center)を設置するための法案がカリフォルニア州議会で可決された。深刻な米国の銃犯罪に対処するために州の政治が動き始めたという話だ。 近代的な国家では銃器(武力)は軍…

From “Reading” to “Writing”:ヒトゲノム全合成の企ての”欠陥”、あるいはタマネギ

5月13日付のNew York Times(NYT)に”Scientists talk privately about creating synthetic human genome” by Andrew Pollackという記事が出た。これはポイントが要領よく抑えられた優れた記事だ。 主人公は例によってGeorge Churchだ。記事の内容は今年5月…

最初のジカ熱ワクチン

前回(6月4日)の記事でジカ熱研究で次に求められているのは確立されたマウスモデルを用いてのワクチン開発であることを書いた。僅か一ヶ月の後に、NatureのAccelerated preview(6月28日)にジカウイルス(ZIKV)ワクチンの論文が出た。 Harvard大のDan Bar…

大腸菌の代わりにビブリオを使うだと?

もう何十年も原核生物の代表として使われてきた大腸菌の代わりの細菌が提案されているという話である。 これを提案しているのは例によって人騒がせなハーバードの分子遺伝学者(?)George Churchだ。彼らはVibrio natriegensの増殖の速さに着目した。この細…

やや特殊なライデン観光案内

前回FMTの話にライデン大学の話が出てきたが、ライデン(Leiden)を訪問したときのことを書く。 ライデンはアムステルダムから列車でロッテルダム方面行きに乗って約35分、人口約11万人の大学都市だ。市の中心部は二重の堀に囲まれていて、典型的なオランダ…

大便バンクのこと

刺激的な名称だが大便バンク(Stool bank)というのが始動している。既に世界で4箇所(英、米、仏、蘭)に設置されている。いずれも非営利団体で、最も早く始まったのは米OpenBiome(Massachusetts)である。健常人の“正常な”腸内菌叢をもった人の大便(sto…

研究不正からのリハビリ

このところNature誌で、データの再現性をどう保証するかに関する記事が頻繁に載っている。これは明らかにNature自体の問題意識を反映している。データの再現性は科学界全体における大きな問題である。これはひじょうに大きな概念を含んでいて、ただ単に“不正…

がん治療の手段としてのDNA修復阻害

がんの化学療法は2,000年頃を境として選択的阻害剤の時代に入った。この契機となったのは慢性骨髄性白血病(CML)におけるBCR-ABLタンパクの阻害剤イマティニブ(グリーベック)の成功であった。その後の動きは各々のがんで特異的に活性化されているがん遺伝…

アジア人はマダガスカルのどこまで行ったか?

変なタイトルになったがヒトの移住の考古学の話である。 以前米国で栽培されている米はどこからもたらされたかという記事を書いた。カリフォルニアには中国系や日系の移民がいるので、稲の起源はアジアではないかと思うのは自然だ。しかし米国での稲作発祥の…

ジカウイルス感染のマウスモデル、小頭症は?

3月に載せた記事でジカウイルス(ZIKV)のマウスモデルで小頭症を作ることの重要性について書いた。ZIKVのマウス感染実験については古く1,970に論文が発表されていて、脳のアストロサイトにウイルスが検出されるという極めて重要なデータが出されていた。し…

Santa Cruz抗体の末路

最近周囲の研究者の間で噂となっていることがある。大手抗体メーカーが政府からペナルティーを科され、年内に抗体事業が閉鎖されるというのがある。 この話はSanta Cruz Biotechnology社(以下SC社、本社ダラス)のことで、単なる噂話ではなく実際にUSDA(米…

“Kennewick Manの埋葬”と“鮭の遡上”

Kennewick Man(ケネウィック人)というのは米国ワシントン州ケネウィックで発掘された古い人骨だ。この骨の帰属を巡って長い間論争が続いていた。 この一件は1,996年にコロンビア川の河原で人骨が発見されたことに始まる。米国では河川は陸軍工兵司令部(Th…

トポロジカルな染色体構造を壊す変異ががん遺伝子の発現を引き起こす(これもエンハンサー)

エンハンサーの話題をもう一つ。 既に”新たなエンハンサーの出現ががん遺伝子の活性化に関与している”ことを示した論文を紹介した。これは約1年半前の仕事だったが、同じT細胞白血病で同じがん遺伝子がさらに新しい機構によって活性化されたとする論文が先月…

”サル学の現在”:エンハンサーから進化を覗く(続き)

これは規模の大きな仕事だ。こうした大きな仕事を理解するには全体の構築を捉えることが必要だ。項目をいくつか立てて要約してみる。 エピジェネティックマーカー 最近の膨大な研究成果から、エンハンサーのactive / inactiveの状況に応じてエピジェネティッ…

”サル学の現在”:エンハンサーから進化を覗く

現在はゲノムの時代(第二次ブーム)だ。ゲノムの特徴から見たときにヒトと類人猿の違いは何かというのは科学者でなくとも素朴に抱く疑問であろう。よくいわれるように、ヒトとチンパンジーのゲノム配列は98%以上が同じであるという。この”98%”という数字…

”サル学の現在”:サルの学習

以前立花隆の書いた“サル学の現在”という本を読んだ。以前というのはもう25年くらい前のことである。この本は相当幅広い層に読まれたらしく、今でも書評や感想を多数ネット上で見ることができる。当時(1980年代)の日本の代表的な霊長類学(サル学)者に立…

”The transformation of oncology" by Harold Varmus

最近のScienceにHarold Varmusによる”The transformation of oncology”と題した巻頭言が載っている。 Varmusは師Michael Bishopとともに1,989年のノーベル医学生理学賞を受けた人物。“レトロウイルスのがん遺伝子が細胞由来である”ことを明らかにした業績に…

近縁人類の交雑:より複雑な実態

わずか二ヶ月前にヒトからネアンデルタールへの遺伝子流入の論文が出たばかりだ。Science onlineに掲載されたネアンデルタール、デニソヴァ人からのヒトへの遺伝子流入が数次に亘っていたという論文は、この分野の驚くほどのスピードを物語っている。どうや…

CRISPR/Cas9に関するUSDA(米農務省)の決定

CRISPR/Cas9を用いて作出された植物に対する米国農務省(USDA)の態度が公表された。 これはAgaricus bisporusというキノコに関するものである。どこのスーパーにもおいてあるキノコで、common white button mushroomとか呼ばれている普通の食用キノコである…

三重の生物学:蜂群のウイルス感染

以前絶滅危惧種の敵は感染症であると書いた。 パナマゴールデンフロッグ(Panamanian golden frog, Atelopus zeteki)というカエルがいる。パナマのシンボル的動物で、中米地域にふんだんに見られたが近年個体数が激減している。このカエルはカエルツボカビ…

合成生物学:ミニマム生物を作る、またはリバース・テクノロジー

合成生物学(synthetic biology)については何度かまとめて書いてみようと思っていたが、そのあまりの間口の広さに辟易して手をつけないできた。しかし最近号のScience誌に巨人Craig Venterが率いるグループから“最小のマイコプラズマを作り出した”という論…

組み換え型蚊のその後:ネッタイシマカの撲滅へ

米国FDAはGMOカ(OX513A)を野外試験を開始するための手続きに入ったと発表した。これはネッタイシマカ(Aedes aegypti)を駆除する目的でOxitec社により作出され、その試験地としてフロリダ州南端の島(Key Haven)が選定された。 このカを野外に放出するこ…

コア施設の重要性

コア施設の重要性について考えてみたい。 コア施設(core facility)とは大学などの研究機関に設けられた共通の実験施設のことだ。日本でも動物実験施設やラジオアイソトープ実験室などを思い浮かべることができる。しかしこのコア施設に関しては米国は日本…

ブラジルのジカウイルスの起源

ジカウイルスに起因すると見られる小頭症だが、その最大の謎は“ジカウイルス自体はかなり以前から知られていたにも関わらず、近年のブラジルでの流行で初めて小頭症との関連が現れたのはなぜか?”ということだったと思う。この疑問に答えるための有力な情報…

左右対称な王立ブリュッセル音楽院

ベルギー、ブリュッセルのテロのニュースを聞いてだいぶ昔の記憶が蘇った。 私はブリュッセルを二回訪れている。一回目は1,984年同国ゲントにおける学会のついでであった。このときはアムステルダムからベルギー入りした。ビクトル・ユーゴーが“世界一美しい…

がん細胞でのスーパーエンハンサーの“生成”

前回MYCとdiapauseの話で、MYCは代表的がん遺伝子(oncogene)といったが、正確にはがん原遺伝子(proto-oncogene)だ。すべての内在性のがん遺伝子(がん原遺伝子)は細胞内で正常な機能を持っているが、質的、量的に活性化されることによってがんを引き起…