ZIKAウイルスのmRNAワクチン:小頭症が防げるか?
予想した通り、ZIKAウイルス(ZIKV)に対するmRNAワクチンの論文がCell最新号に上がってきた。
核酸ワクチンの利点については既に広く認識されている。Cell最新号にZIKVの感染防御抗原をコードする遺伝子をmRNAしたワクチンが、ワシントン大学(Washington University in St. Louis、通称Wash U)のMichael Diamondを中心とするグループから発表された。このグループはZIKVの実験感染ではトップグループの一つ。
核酸ワクチンの状況については一昨年本ブログの前身で紹介した。再度この核酸ワクチン、特にRNAワクチンの利点を私なりに整理しておく。
⒈ 短期間で作成できること
mRNAを発現するようなプラスミドベクターに対象とする遺伝子(cDNA)を組み込んでやる。これは一週間でできる。さらにこのプラスミドを鋳型にしてmRNAを酵素的に生産して精製する。これらの過程も定式化されている。これをナノ・パーティクルなどに取り込ませるだけである。
⒉ 物理科学的性質をコントロールしやすいこと
病原体が異なっていても体内に接種されるRNAとしての性質は共通だ。その取り扱いは一度マニュアル化すればその後は変更を加える必要はない。
⒊ 流行が起こったときに直ちに検定試験、安全性試験が行えること
現代のように次々と新しい感染症の流行が立ち現れるような状況では、いかにして流行にキャッチアップするかは大きな課題だ。ワクチンの大量投入を前にして流行が収束してしまうことはあり得る。実際先回(2,014ー2,015年)の西アフリカでのエボラ出血熱の流行に際しては、組み換え型生ワクチンが登場した。現地での効力試験ではこのワクチンは優れた防御効果を示した。しかしこのワクチンの試験開始がもう少し遅れたならば、流行の終息の時期に重なっていたのでワクチンの効力は不明のままで終わっていたと予想される。こうした意味で、新型病原体に対するワクチンの投入は常に急がれるのだ。核酸ワクチンは製造、検定に要する時間が短いのでこの点で大きなアドヴァンテージをもっている。
ZIKVに話を戻す。
ZIKVなどフラビウイルス一般についてはpre-membrane/membrane [prM/M]-envelope [E]と呼ばれる領域から作られるウイルス構造タンパク(外被タンパク)に対する抗体が、良好な感染防御能を持つことが知られている(注1)。さらにこの抗原をコードする遺伝子をmRNA上に乗せ、これから当該タンパクをマウスやサルの体内で発現させると良好な感染防御が成立することも知られている。[prM/M]-[E]については最近作られたZIKVワクチンでも感染防御効果が確認されている。
しかしZIKVのRNAワクチンに関してはこれまでのところデータは公表されていない。既にZIKVのDNAワクチンについてはその有効性が昨年6月に公表されている(注2)。今回のCellの論文はmRNAワクチンである。この両者は何が違うのだろうか? 実はこの点について、今回の論文では十分な議論がなされていない。しかし後述のように既報のワクチンに比べるとより高い抗体価が得られている。結果オーライということか。
実験的感染防御から見たワクチンの効力に加え、この論文のもう一つの狙いはデング熱ウイルス(DENV)への交叉免疫を取り除くことであった(注3)。こうした交叉免疫は、ZIKVワクチン→DENV自然感染に際して、antibody-dependent enhancement of infection(ADE)と呼ばれる劇症型の感染を引き起こす可能性がある。ZIKVのmRNAからこの共通抗原を除去することによって、ワクチン接種を受けた人がDENVに感染した際に起こりうる問題を回避しようとするのだ。
こうした流れのもとに今回の研究が企画された。すなわち”効力”と”交叉免疫”だ。以下に内容を要約する。
⒈ IgEsig-prM-E LNP、10 ugをAG129マウスに筋肉注射すると、6週間後には中和抗体が血清中に産生された。初回免疫の3週間後に追加免疫した時の中和抗体価(EC50)は1/10,000であった。感染性ZIKVで攻撃してやると、すべてのマウスが生残した。対照群ワクチン(タンパク非産生性RNA-LNP)では100%死亡。ここで用いたAG129マウスはα-、およびγ-インターフェロン受容体を欠いたマウス系統だ(注4)。
⒉ 免疫的には完全なC57Bl/6系でも上と同様の結果が得られた(注5)。
⒊ DENVとの交叉免疫を引き起こすE-DII-FLと呼ばれる領域に4つのアミノ酸置換を導入することで、免疫原性を失わせる。この配列を持つIgEsig-prM-E LNPによりC57Bl/6マウスを免疫してやると、ZIKVの攻撃に際して良好な感染防御が成立した。このときの中和抗体価はEC50で1/5,000であった。
さらに免疫原性を上げてやるために、mRNAの先頭にあるシグナル配列をIgEのもの(IgEsig)から日本脳炎ウイルス(JEVsig)に交換した。これによって抗体価の上昇(EC50: 1/5,000→1/10,000)に成功した。
⒋ 上記の変異型E-DII-FL配列を持つmRNAワクチンによるADE惹起能を調べた。マウスで産生された抗体(血清)を感染性ウイルスと混合し、培養細胞(K562細胞)に加えた。その結果、変異型ワクチンで産生された抗体は培養細胞中での感染増強(ADE)を引き起こさなかった。野生型配列のワクチンではADEが観察された。
同様に、マウス体内でのADEも見られなかった。
以上のように、今回発表されたデータは誠に立派なものだ。しかし一般的にげっ歯類によるデータが良好であっても、いざヒトを対象としたときには効果が芳しくないような例は枚挙にいとまがない。この観点から霊長類のデータが待たれるところだ。
もう一つ、著者らが議論しているのは実際にこのワクチンが母体内で十分な抗体を誘導するかどうかである。”十分な”というのは胎盤への感染、および経胎盤感染を防げる抗体価ということになる。要するに小頭症が防げなければ意味がないわけだ。ここではその点に関する実験的検討はなされていない。今頃実験が行われているものと思われる。
さて核酸ワクチンの最大の障害はデリバリーだ。一般に複数の脂質を混ぜ合わせ、同時に核酸を加えてナノ粒子と呼ばれる巨大構造物を作成する。脂質のうちの少なくとも一つは核酸分子を抱えるために陽性荷電を持っているのが普通だ。既に類似の試みはsiRNAのデリバリーなどにも応用されていてかなりの蓄積がある(注6)。今回の結果を見る限りデリバリーについても有望であるようだ。
最後に大きな観点からまとめてみる。
ZIKVのワクチンについては既に複数のものが臨床試験に入っている。フラビウイルスについてはウイルスが違っていても[prM]-[E]が有効であることがわかっていたので、ZIKVについてもワクチン開発は比較的strainght-gowardであると考えられてきた。唯一DENVとの交叉免疫が潜在的な問題であったが、これも今回の試みで排除できそうである。
今回のタイトルに戻ろう。”小頭症は防げるか?”という問いである。それに対する答えは、妊娠マウスではじきに答えが出るだろう。そこまでのデータでおそらく臨床試験にゴーサインが出ると思われる。
(注1)これらにはデング熱、黄熱、ウェストナイル熱、日本脳炎、ダニ媒介性脳炎の各ウイルスが含まれる。
(注2)既にこのDNAワクチンを含む6種類のワクチンが臨床試験が開始されたが、まもなく開始される運びとなっている。当然今回のmRNAワクチンはこれ先行するワクチンと同等かそれ以上の効力を示さねばならない。
(注3)DENVには4つの血清型が存在する。ある一つの血清型のDENVに感染すると、抗体が生じてその同じ型のウイルスの再感染に際しては感染防御が成立する。しかし他の血清型のDENVが再び感染した場合には、激しい症状を呈するいわゆるデング出血熱となる。DENVとZIKVとの間には抗原的な類似性があり、このためZIKVの感染、またはワクチンによって上昇した抗体のせいで、その患者が後にDENVに感染した際に上述したようなデング出血熱を引き起こす可能性が捨てきれていない。しかしZIKVとDENVとの間の交叉免疫に起因すると思われる事例が、実際に起こっていることを示す疫学的証拠は今のところ存在しない。
ZIKVとDENVはともにネッタイシマカ(Aedes aegypti)により媒介される。そのため熱帯地方でこの両者が相前後して同一個人に感染する可能性は高く、この他のウイルス群では見られないような不足の事態に備えておく必要がある。
(注4)LNPはlipid nanoparticleの略で、複数の脂質と核酸を混合することで作ることができる。この脂質には陽性荷電を持ったものを入れておく。それにより核酸分子をトラップするのだ。今回のLNPは80−100 nmのサイズとなっている。
マウスへのZIKVの感染実験はインターフェロン系を欠損している系統で感染が成立しやすいことが知られている。
(注5)この場合でも感染を容易にするために抗インターフェロン受容体抗体を感染直前に腹腔内に投与されている。
(注6)今回用いられたLNPは既にsiRNAでの有効性が確認されている。慢性疾患のsiRNAに基づいた治療薬についても大きな進展が見られる。これについても近々紹介したい。
追記 3/8/17
追いかけるようにして最新号のネイチャーに同様の内容の論文が出された(Drew Weissmanグループ、University Pennsylvania)。しかしこちらの方はマウスに加えてアカゲザル(Rhesus macaque)への感染防御能も確認している。この点でよりヒトに近づいたと言える。但し、こちらの論文ではDENVとの交叉免疫の問題は考慮されていない。
何れにしても、これらワクチンの経胎盤感染と小頭症の防御能につては不明だ。サルへのワクチン接種に際しては50 ug RNAの一回接種で十分な効果を示しているので、ヒトに対しても100−200 ug程度の接種で効果が出るものと推定される。1、000人分としても100−200 mgが必要で、とりあえずこれは必ずしも莫大な量ではない。
もう一つ付け加えると、ZIKVワクチンに関しては当初から科学的見地からはさほどの困難は予想されていなかったが、そのとおりになっている。現在治験に乗っているものと、これから上がってくる候補のうちから実用化されるであろう。