メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

2015-01-01から1年間の記事一覧

米科学予算の増額とNIHグラント

既に既定方針だった米科学予算、とりわけ医学生物学分野の予算増額案が議会を通過して今月18日にオバマ大統領がサインした。 簡単に要約すると、来年度(2,016年度、7月始まり)のNIH(National Institutes of Health)の予算は前年度比で6.6%の増額となり、…

CRISPR/Cas9を用いたGene driveの威力:期待と不安

ワシントンサミットの翌週には米科学アカデミー(NAS)主催によるもう一つの会議(Gene Editing to Modify Animal Genomes for Reserach -Scientific and Ethical Considerations: A Workshop of the Roundtable on Science and Welfare in Laboratory Anima…

Genome editing 植物はGMOか?

やはり予想通りというか、ゲノムエディティングgenome editingによって作出された植物の認可に待ったがかかり、宙ぶらりんの状態になっているという記事が出た。 あまりにエディティングの話題が多すぎて閉口していたところだが、エディティングと社会との関…

ワシントンDCサミット(The 2015 NAS Summit)で話し合われたこと

前々回はワシントン会議と書いたが、ワシントン軍縮会議が有名なのでワシントンDCサミットと書くことにする。(正式名称はThe International Summit on Human Gene Editing) 先々週開催されたこのサミットの模様がNatureとScienceの両方に掲載された [1, 2]…

Aurochsの再生

オーロックスの再生が進められている [1]。 オーロックス(Aurochs, Bos primigenius)は家畜牛の直接の祖先で、かつてはユーラシアや北アフリカの広い範囲に生息していた。10,500年前頃から現在のトルコ、アナトリア地方でオーロックスの家畜化が開始された…

Gene editingの問題とは? [4] 技術的特性が及ぼす影響

(前回より続く) 7.Gene editingの技術的特性が及ぼす諸影響 この文章を書いている間にも、CRISPR/Cas9をはじめとするgene editing法がこれまでの遺伝子改変法とは全く異なる諸影響をもたらす可能性に気づいた。 先にも述べたように、CRISPR/Cas9による遺…

Gene editingの問題とは? [3] ヒト胚細胞への応用

(前回より続く) 4.ヒト胚細胞への応用 Gene editingが注目されると同時に人々が危惧したのはヒト胚細胞のゲノム改変、さらには生殖細胞系列へのゲノム改変細胞の導入であった。これは当然遺伝病の世代を越えた治療が大きな目的となる。しかし一方で生ま…

Gene editingの問題とは? [2] Gene editingの応用

(前回からの続き) 3.Gene editing法の応用の現状 Genome editingが脚光を浴びてから僅か数年しか経っていないが、この技術の応用のスピードには全く驚くばかりだ。以下にGene editing法の臨床・野外への応用の現状について簡単に要約してみたい。 (1)…

Gene editingの問題とは? [1] 標的遺伝子法の革命

人類の未来を話し合うCOP21がパリで開かれている。しかしもう一つたいへん重要な会議が開催された。それは12月 1日から3日間ワシントンDCで行われた"International Summit on Human Gene Editing"である。 ここで話し合われた内容は、gene editing法(また…

複雑系の原理を明らかにしようとしたメンデル

来年(2.016年)はグレゴール・メンデル Gregor Mendal (1,822-84) が遺伝法則を公表して150周年となる。実質的にはその内容が講義の形で明らかにされたのはその前年(1,865年)なので、既に代表的な科学雑誌はメンデルに関する記事を掲載している [1, 2]。 …

同じ生データからNatureとCellに出す:ペスト菌の考古学

研究者にとって少し扇情的なタイトルだが先週Cellに出た論文のことである。 タイトルは “Early divergent strains of Yersinia pestis in Eurasia, 5,000 years ago” (紀元前5,000年のユーラシア大陸 で見られるペスト菌の 多様性“である。 この論文の内容…

効力の低いデング熱ワクチンが有望視されている

最近効果の低いワクチンが有望視されている。そのひとつはデング熱ウイルスに対する組み換え方弱毒生ワクチンである。 私の同僚が親族の結婚式のためインドに一時帰国するという。米国−インドの往復は米国−東アジアよりもさらに長時間の旅であり、本人はそれ…

幹細胞の非対称分裂の機構は?

“ヒストンのリン酸化が幹細胞の非対称分裂を決定する“という論文がCellに出た。 幹細胞の細胞分裂は非対称分裂である。その意味するところは、分裂の結果未分化な幹細胞そのものと、組織特異的な分化にコミットされた細胞を一つづつ生み出すのだ。この仕組み…

ニューヨークの住人10,000人からデータを集める:研究プロセスのパラダイムシフト

ビッグデータの時代である。 最近のサイエンス誌にニューヨークに住む2,500世帯、計10,000人のデータを20年にわたって収集するというプロジェクトの計画に関する記事が出た。 このプロジェクトのポイントはただ単にゲノムDNAの配列を収集するだけでなく、そ…

高リスク神経芽腫ではゲノム再構成によってテロメラーゼが活性化されている

最近のNatureに表題のような論文がドイツのケルン大学を中心とするグループから出された。著者総数55名からわかるとおり、ゲノムシークエンシングを主な手段とした仕事である。神経芽腫(neuroblastoma)のゲノム異常を探索した結果、高リスク神経芽腫では第…

ゲノム時代の”ショパンの心臓”【2】

(前回からの続き) その後このショパンの心臓の話を聞くこともなかったが、昨年の今頃複数の欧米メディアにこの話が出てきた [1, 2]。 それによるとポーランドの遺伝学者と法医学者たちが討論会を持った。その結果件のジャーから心臓を取り出して検分する“…

ゲノム時代の”ショパンの心臓”【1】

だいぶ前のことになるが、“ショパンの心臓”と題された下のような短い記事がサイエンス誌に掲載された。 フレデリック・ショパンは1,849年にフランスで39歳で死んだ。死因は肺と喉頭の結核とされている。ショパンの心臓は、友人の医師の手によって取り出され…

オランウータンの話

オランウータンは動物園の人気者である。動作を見ていると実に人間臭い。 この種が絶滅危惧種として認識されて久しい。現在の総個体数は約50,000頭でこの100年間に80%減少したという。存続が危ぶまれている最大の理由は、熱帯雨林で樹上生活をしていること…

小型条虫の細胞がヒト体内で“がん”を作る!

何とも不可思議なタイトルであるが今週号のNew England Journal of Medicineに発表された論文である(Malignant Transformation of Hymenolepis nana in a Human Host)。 HIV感染のあるコロンビア人男性の肺その他の臓器に腫瘍状の塊があるのが見つかり、バ…

ネコゲノム解析から考える【2】

(半年以上前の前回からの続き) 家畜化の過程を一連の遺伝子群の軽度な機能低下で説明しようとする論文が現れた。これはドイツ、フンボルト大学のAdam Wilkinsらの仕事で、昨年7月遺伝学の専門誌GeneticsのPerspective(展望)に出た[Wilkins et al., 2,014…

ヒト胚操作、ヒトー動物キメラと社会の対応

前回絶滅動物種の復活に関する本を紹介した。そこで用いられる技術はそのままヒトの胚操作に使用可能である。しかし予想された通りヒト杯操作をめぐる深刻な倫理的問題が浮上してきた。今年4月に中山大学(中国)の研究者がProtein and Cell誌にヒトの胚細胞…

"How to Clone a Mammoth" by Beth Shapiro, 2,015(読書ノート)

本書は単に“マンモスを復活させる”という夢物語を語った本ではない。ハウトゥーものでもない。 絶滅動物を復活させることをde-extinctionと呼ぶ。著者は初めに学生に対してde-extinctionを施すとすると、それにふさわしい動物種は何かと問いかける。これに対…

“p53: The gene that cracked the cancer code” by Sue Armstrong, 2,015(読書ノート)[3]

(前回からの続き) 前回p53が“祝福された遺伝子”であると述べた。がん抑制遺伝子としてのp53の研究のピークは1,990年代にあった。しかしp53遺伝子の医学生物学的発見はこれで終わったわけではない。以下にそれらを列挙する。 その一 10年近くも前のことにな…

“p53: The gene that cracked the cancer code” by Sue Armstrong, 2,015(読書ノート)[2]

(前回からの続き) 本書は全体的に優れた構成となっているが、いくつかの点を指摘しておきたい。 p53の活性化がDNA損傷で引き起こされることがMichael Kastan(当時Johns Hopkins University)らによって発見されたことが記載されている。しかし、p53活性化…

“p53: The gene that cracked the cancer code” by Sue Armstrong, 2,015(読書ノート)[1]

研究者にとって“祝福された遺伝子”というのがある。 常にその分野の中心にあって 研究者にとって“実入りの良い”遺伝子である. がん研究者にとってp53ほど祝福された遺伝子はない。PubMedで調べると現在までに約8万報の論文が出されている。これほどの祝福さ…

狂気の遺伝子

以前数回にわたってSvante Pääboの自伝”Neanderthal Man”について思うところを記した。 PääboはElizabeth Kolbertのインタビューに応じて、“ヒトと他の類人猿との違いは狂気の存在である”という。 ネアンデルタール人は氷河期のユーラシア大陸に拡がった。し…

鳥類ゲノムプロジェクト

Avian Phylogenomics Consortiumという組織が向こう5年以内に10,500種の鳥類についてゲノム配列を決定するというプラン(B10K) を発表した。 この一大プロジェクトで得られる情報から、過去数十億年に亘る鳥類の進化の様子が明らかにされることが期待される…

マラリア感染がB細胞のゲノム不安定性を促す

ある種の病原微生物の感染は腫瘍を引き起こす。この例としてよく知られているものに、パピローマウイルスによる子宮頸がん、B型肝炎ウイルスによる肝がん、ピロリ菌による胃がん、などがある。 最新号のCellにバーキットリンパ腫 (Burkitt lymphoma, BL) に…

新たな感染の流行にワクチンでどう対応するか?

前回紹介したように、最近のエボラワクチン野外試験の結果は良好なものだった。しかしサイエンス誌に時間範囲を大きくとって概観した記事が今月出た。この記事は短いが質が高い [Rivera and Bergers, 2,015]。 もしVSV-EBOVが流行の早い段階で導入されたら死…

エボラウイルスの脅威の終焉?

前回(8/10/15)ついでのように言及したが、西アフリカのエボラウイルスの流行のさなかに行われたワクチン野外試験の中間報告(7月31日時点)が出た。 この試験の結果は素晴らしいものであった。 要約すると以下のような内容である。カナダ政府機関はザイー…