メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Gene editingの問題とは? [2] Gene editingの応用

(前回からの続き) 

3.Gene editing法の応用の現状 

Genome editingが脚光を浴びてから僅か数年しか経っていないが、この技術の応用のスピードには全く驚くばかりだ。以下にGene editing法の臨床・野外への応用の現状について簡単に要約してみたい。 

(1)臨床応用

最近のニュースでは、既にTALEN法とZFN法で改変した細胞を用いた治療の試みが既に始まっている [1, 2]。紹介されている方法は   いずれも治療効果を上げているという。

ZFNによるT細胞表面のHIV受容体の遺伝子の破壊は70以上の症例で効果を納めている。この治療を受けた後に抗HIV薬の投薬が不要になった患者も認められたという。これは患者本人の細胞を取り出して改変するex vivoのプロセスだが、血液細胞ではこうしたex vivoのプロセスは比較的容易である。

血液細胞以外の細胞に対する試みとしては、ZFNを用いて肝細胞のアルブミン遺伝子中に第IX凝固因子の遺伝子を挿入しようとしている。ここではアルブミン遺伝子を切断するためのZFNと正常第IX因子の遺伝子を持ったウイルスベクターを注射する。これにより肝細胞中のアルブミン遺伝子座位を正常第IX因子の遺伝子に置き換えて、血友病を治療しようとするわけだ。この試みのサルでの効果は既に確認済みで、来年早々にも臨床試験が始められると期待されている。これはin vivoのgenome editingである。遺伝子を導入する場所とそこでの発現のプラットフォームとしてアルブミン遺伝子座が使えそうだという。Natureの紹介記事 [1] によると、企業は既にこうしたgene-editingに用いる注射用のプラスミドDNAの製造に乗り出そうとしている。

もう一例は末期の小児白血病の女児に対してロンドンで行われた”実験的”治療である。この患児については既にあらゆる治療が試みられ、万策尽きたと思われていた。しかし病院のストックにTALEN法で改変された健常人由来のT細胞があったので、これを流用することにしたのだ。この細胞はT細胞受容体の破壊をはじめ、複数の遺伝子改変が行われている。医師は現在のところ、移入された細胞は拒絶されることもなく、機能を果たしているという。この治療の詳細と、治療開始に至った経緯についてはサイエンス誌に詳しく述べられているので参照されたい [2]。

こうした治療の試みは最終的には生殖細胞系列に導入しない限り、大きな倫理的問題となるとは考え難い。現時点では (1) 特にin vivoの場合十分な割合の細胞を改変できるかどうか(有効性)、および (2) gene editingのために注射されるウイルスベクターが発がんを起こすかどうか(安全性)の二点について、検証が行わるであろう。

先に述べたように、これまで遺伝子治療の名で行われてきた治療は、遺伝子産物を発現する(主に)ウイルスベクターを作成し、これをin vivoまたはex vivoで標的細胞に感染させることによってゲノムのどこかに遺伝子発現のユニットを挿入することによってなされていた。この際ゲノム上のどこに挿入されるかは予想できず、場合によっては後の発がんを促すことになる。こうした従来法の”遺伝子治療”はあまねくgene editingに取って代わられることになるであろう。

(2)家畜(動物)分野への応用

以前既に書いたように家畜では、例えば筋肉の量が倍になるような豚が中国・韓国のグループにより作られた。しかしこれは既にウシで知られている同様の品種、ベルギー青色種(Belgian Blue Cattle、日本語の品種名がわからないので適当に書いておいたが)で認められていた遺伝子変異をブタに導入したものである。元のウシの変異は飼育している間に自然に生じたものを品種として固定したものだ。

中韓グループはこの遺伝子(MSTN)をブタでTALEN法を用いて失活させたのだ。さらに中国では同じ遺伝子をビーグル犬でも失活させて筋肉量を増やしたイヌを作っている。これらの変異は自然界でも低い確率で生じうるもので、genome editingによりその効率(スピード)を高めたにすぎない。

同様の方法で角のないウシや、アフリカ豚コレラウイルスAfrican swine fever virusに抵抗性の豚などが既に作出されている。こうした畜産分野における遺伝子改変動物の作出は、ゲノム上に外来性のexogenous遺伝子を導入してやらない限り、こうした動物を畜舎で飼育、または野外に放つことには特別の問題を見出すことはできない。無論そうした改変動物が特別獰猛であったり、野外で野生型を駆逐したりする場合は話が別だが。 

しかしよく考えると、この”痕跡を残さない”というメリットが実は大きな問題を含んでいることに気づく。

(続く)