メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

エボラウイルスの脅威の終焉?

前回(8/10/15)ついでのように言及したが、西アフリカのエボラウイルスの流行のさなかに行われたワクチン野外試験の中間報告(7月31日時点)が出た。

この試験の結果は素晴らしいものであった。

要約すると以下のような内容である。カナダ政府機関はザイールエボラウイルスの感染防御抗原である糖タンパクを組み込んだ水疱性口炎ウイルス(VSV)を作出した。この組換え弱毒生ワクチン(rVSV-ZEBOV)はMerck社がライセンスを取得して生産され、効果が調べられた。こうした組換え型ワクチンの野外試験はヒトでは初めてのこととなる。試験はリングワクチン方式で行われた。リングワクチンとは、感染者と接触した人、さらにその人と接触した人に対してワクチンを接種する方式である。ヒト→ヒト感染のみで流行が起こる感染症で特に有効である。同様の方式は天然痘撲滅において大きな成果を収めている。

野外試験は患者と接触したことが明らかになった時点(すなわち元の患者がエボラ出血熱と診断された時点)で直ちにワクチンを接種した群と、それから3週間後にワクチンを接種した群に分けて行われた。直ちに接種された4,123人はすべてその後10日間に発症しなかった。一方、3週間後接種群3,528人のうち16人が発症した。したがって、ワクチンの効果は100%であった。なお43名が副作用による症状を呈した。

しかしワクチン接種の効果そのものもさることながら、こうした脅威的な流行のさなかに試験が成功裏に行われたことが特筆される。これまでの同様のケースでは、ワクチンあるいは治療薬の臨床(野外)試験が始まる前に流行が終息するのが常であった。

実際今回のエボラの流行でも、他のタイプのワクチンの野外試験が並行して行われているが、すでに西アフリカ地域での流行が終息に向かいつつあるのでこのワクチンの効果の判定は困難であるということである。

2,014年の3月に始まった今回の流行は約1年半を経て、流行そのものの終息を見ようとしている。加えて今後起こりうるエボラ出血熱の流行への対処法を獲得するという輝かしい成果をもたらした。

Nature先週号では”Trial and triumph”と題した巻頭言でこの業績を賞賛している。ここでは全ての関係者、とりわけこのビッグプロジェクトを遂行する上でリーダーシップをとったWHOの働きが評価されている。

21世紀初めの業績として歴史に記録される可能性がる。

 

追加として、今回の野外試験については倫理的問題が皆無ではなかったことを記載したい。それは2群のうちの1群では患者との接触が明らかになった時点から3週間後にワクチン接種がなされたことである。この群は対照群として扱われている。ワクチン接種に効果があるかどうかを知るためには対照群では接種群と比べて明らかに発症率が高く出る必要がある。したがってこの群に入れられた人々は極めて致死率の高いエボラ出血熱を発症する可能性が高かったわけだ。そこでワクチン試験の実施委員会は7月26日からこの対照群をおくことを中止することにした。

同様の問題は慢性骨髄性白血病CML)の治療薬であるイマチニブ(グリーベック)の臨床試験でも起こった。この場合対照群はそれまでに確立していたインターフェロンにによる治療である。ある程度予想されていたことだが、イマチニブの治療効果があまりにも優れていたので、ある時点でこれ以上対照群を続けるのは“非倫理的”である、とされたのだ。その結果、米国食品医薬品局は対照群を欠いた II相の結果に基づいて、異例の早さでこの薬を承認したのだ。

両疾患に共通しているのは共に致死率がきわめて高いことである。皮肉なことだが、このように”対照群を置き続けることが非倫理的”と思われる場合、そのときに試されている新治療法(または予防法)は画期的であるといえる。