メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

"Reverse global vaccine dissent"

Science誌最新号の巻頭言のタイトルである。”反ワクチン主義を押し戻せ”とでも訳せるか。著者はHeidi LarsonとWilliam Schultz。ともにLondon School of Hygiene and Tropical Medicineの所属で、前者は教授、後者は大学院生。

 

以下、私なりの翻訳(要約、意訳)。

WHOが今年世界の人々の健康を脅かす10項目のリストに入れているのが”反ワクチン運動(ないしは感情)だ(注)。記事ではナイジェリアでのポリオワクチンへの忌避とそれに起因する世界規模でのポリオの再流行や、日本、デンマークアイルランド、コロンビアにおけるワクチン接種後の疾患が、接種の中止を引き起こしたことが述べられる。さらに特定の宗教では戒律をもとにワクチンの不当性を訴えたり、迷信に基づいて世俗療法でワクチンを代替しようとする動きも絶えない。しかしこうした動きは何も新しいものではない。問題はSNSによってこうした反ワクチン運動、機運が広範囲に拡大している現況だ。

記事の後半では、なぜワクチン接種が必要かという点に論点が移る。そのキーワードとして、集団免疫(Herd (community) immunity)の概念を述べれる。集団が一定以上の割合で免疫を持っていると感染症の流行自体が発生しない。さらに大事なことは、ワクチンを受けられない人々の存在だ。どの社会にも一定の割合で、免疫学的な弱者が存在する。ここには小児、老人、あるいは免疫不全を持った人々が含まれる。臓器(骨髄)移植を受けた患者も含まれる。免疫抑制剤を投与されているからだ。こうしたワクチンを受けられない、あるいはワクチンが無効な人々は、その所属する集団が免役を持っていることにより感染症から守られているのだ。

約20年前、悪名高いAndrew Wakefieldが三種混合(MMR)ワクチンが自閉症の原因となるとする論文を発表した。この説はまたたくまに世界に広がった。これは時を同じくして世界に出現したSNSによるところが大きい。2,010年にWakefieldの論文は撤回されたが反ワクチン感情は一人歩きしてさらに増幅している。

こうした状況を憂慮して、American Medical Association(AMA)は主要なSNS関連企業のCEOに対し、ワクチンに関して科学的に正しい情報だけにユーザーがアクセスできるようにすることを要求した。しかし反ワクチン感情(主義)はすでにその人のアイデンティティーの一部となっていて、そうした人々のネットワークが容易に潰えるとは考えられない(注2)。

最後の部分にこの反ワクチン主義(感情)の克服のための提言が述べられるが、あまりに抽象的なので省略する。

 

以上が巻頭言の内容である。

 

以下、多少の私見を追加する。

 

現実にワクチンによって引き起こされた問題について、記事を書いたことがある。その一つの例はGSKで生産されたインフルエンザワクチンの一つの件。欧州ではこれを接種された人のうち約1.300人(約23万人に一人)がナルコレプシーを発症している。ナルコレプシーは特異な症状を呈する自己免疫疾患だ。GSKの研究者のねばり強い追求の末、製剤に含まれるインフルエンザのNPタンパクの一部が、ヒトの2型ヒポクレティン受容体と類似した配列であることに気づいた。このNPタンパクがワクチンを受けた人の体内で2型ヒポクレティン受容体に対する抗体を作らせ、それでナルコレプシーが引き起こされることが判明した。NPタンパクは本来最終製剤に含まれるべきではない成分だが、どうしても夾雑タンパクとして残ってしまうことがあるのだ。

核酸ワクチンの研究が進んでいるが、この方式だと夾雑タンパクの問題は回避される。

 

ワクチン接種は国単位での仕事だ。世界の主権国家の機能が弱い(例えば内戦状態等の場合)地域では感染症が頻発している。ワクチン接種に伴う副作用、事故など、ワクチンは完全無欠ではない。しかし国、地域で見たときには必ずワクチン接種が行なわれない場合よりも圧倒的にメリットが大きい。

ワクチン接種を推進する側、すなわち国は強い使命感を持ってことに当たる必要があるのだ。最近は問題が起こるとすぐに任意接種になってしまう。当該部局の使命感はあるのだろうか?

国家が責任を持つべき最低限の行政分野は安全保障、外交、公衆衛生等、それほど広いものではない。ワクチン接種の考え方は軍事、国防などと共通する部分がある。全体を守る為に少数の犠牲を受け入れるという考え方だ。この少数の犠牲に報いることはとても重要だが、ここではこの件には深入りしない。少数の犠牲を伴う事業にこそ国が責務を果たす必要がある。この犠牲は理不尽なものであって、ワクチン接種の必要性について、十分に敎育・啓蒙してゆく必要があると思う。

反ワクチン感情を煽る(いわゆる)リベラル系の新聞社は明白に社会の敵である。今後日本で多くの人女性が子宮頸がんで命を失うことが予想されるが、一体誰がこの責任を取るのだろうか?

 

(注)他に気候変動や薬剤耐性菌など。詳しくはWHOのサイトで。

(注2)こうした人々に共通する性向として、反原発、反GMO、向クリーンエネルギーなどがセットで見られることが多い。