メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

テロメア維持の機構:(1)ALT

大部分のがん細胞の無限増殖能はテロメラーゼの”再”活性化による

がんで認められるテロメア維持の機構(temoere maintenance mechanisms,TMM)が確定したようなのでまとめたい。

テロメア維持といっても大部分のがんではテロメラーゼ(telomearse)の”再活性化”によっておこる。”再”というのは、ヒトの体細胞のほとんどでは胎児期に発現していたテロメラーゼが出生後に沈黙している(silenced)からだ。体細胞ではテロメラーゼの発現が抑制されるので、細胞分裂ごとにテロメアの短縮がおきる。テロメア長が限界を超えて短くなると細胞老化をきたし、これ以上の細胞分裂はおこらない。この仕組みによって細胞の分裂寿命が設定される。進化の過程で寿命の長い多細胞動物でがん化の頻度を低下させる仕組みが出来上がったものと思われる。しかしがん化の過程で何らかのメカニズムによってこのsilencingが外れてテロメラーゼの再発現がおこる。これで分裂寿命が解除されて無限になる(注1)。この機構がだいたい85−90%のがんで見られるTMMだ。

さてここ数年でクリアになったのは残りの15−20%のがんで見られるALTalternative lengthening of telomeres)の機構だ。これはテロメラーゼの再発現を必要としないTMMだ。がん細胞は多かれ少なかれゲノム維持に異常があるが、中でもALT細胞はがんの中ではマイノリティーにも関わらず研究者を魅了してきた。

ALT細胞の持つ特徴:”テロメアが飛ぶ”→ALTは相同組み換え(2,000年)

様々なALT細胞の特徴が記載されてきた。これらのうち重要なものは、(1) 不均一なテロメア長(注2)、(2) T−SCEテロメアにおける姉妹染色分体交換)頻度の上昇、それに (3) 染色体外のテロメアDNA(c-circle)の増加だ。これらの特徴はいずれも相同組換え(homologous recombination、HR)の関与を疑わせるものだった。

この問題に決着をつけたのはRoger Reddelのグループだ(注3)。彼らは2,000年に発表した論文で、テロメア配列の中に人為的にプラスミドを組み込んだヒト株化細胞を作成した。これらを長期間培養して染色体標本上でのプラスミドの場所をFISHで同定した。その結果、ALT細胞は導入したプラスミドはもとの染色体以外の(番号の違う)染色体のテロメアにも見出されるた。”飛んでいた”のだ。しかもこの飛んだ先は複数の異なる染色体だったのだ。一方テロメラーゼ陽性細胞ではこうしたテロメアの”飛び火”はおこらなかった。この現象を解釈するに最もふさわしい理屈はHRである。

ALT細胞ではなぜ組み換えが高頻度におこるか?

ここに到って疑問が生じる。それはALT細胞におけるテロメア配列の組み換え頻度が上昇しているのはなぜかということだ。可能性を整理すると、(1) ALT細胞では全般的に組み換えを引き起こすような活性が核内で亢進しているのか? または (2) ALT細胞ではクロマチン構造その他の変化によって組み換えを受けやすいように状態になっているのか?というように整理できる。その他の可能性もあるかもしれないが。

前者は組み換えを起こす側、後者は組み換えを起こされる側だ。実際HR活性が上昇している細胞株は世の中に存在する(注4)。さらに後者の疑問は、(2a) ゲノム全般にわたって組み換えを受けやすくなっているのか、または(2b) テロメア領域のみがそのような状態になっているのか、という具合に疑問は枝分かれしてゆく。

ALTは劣性形質(1,999年)

最初にヒントを得るために行われたのが体細胞遺伝学だ。正常ヒト繊維芽細胞とALT細胞を体細胞融合させ、どちらの形質が残るかを調べたのだ。結果は明瞭で、融合細胞ではALTの形質は消失する。これはがん抑制遺伝子の場合とよく似ている。がん抑制遺伝子が機能喪失している細胞と正常細胞とを融合させると、がんの性質は消失する。つまり正常ながん抑制遺伝子が消失(失活)することによってがん化がおこる。これと同じように解釈すると、正常細胞にはALTを抑制するような遺伝子が存在し、これが失われると細胞はALTの性質を発現するわけだ。

この”ALT抑制遺伝子”は何だろうか?

ALT細胞はテロメアでDNA損傷が頻発する(2,009年)

もう一つ、私が考える重要な知見がある。それはALT細胞ではテロメア配列中に高頻度にDNA損傷が起こっていることだ(注5)。 

ALT細胞はテロメラーゼ陽性細胞に比べて染色体末端でのγ-H2AXが陽性のスポット(telomere dysfunction-induced foci, TIFs)の頻度が高い(注6)。上にも書いたがALT細胞ではテロメア長が末端ごとに不揃いである。一般にテロメアが限界まで短縮するとテロメアを保護する構造物(t−loop)が形成されず、二本鎖DNA断裂(dsDNA)と認識される。こうした箇所ではTIFができる。しかしALT細胞で見られるTIFsは必ずしも短いテロメア上に見られるわけではない。TIFsは短いテロメアで高頻度に見られるのだ。この点はテロメラーゼ陽性細胞での結果と大いに異なる。こちらのグループではテロメア長が限界を超えて短くなると、上記のt−loopが形成されず、末端が二本鎖断裂として認識されるからだ。ALTではこうした説明が適用できない。

高頻度のDNA損傷がテロメア長とあまり関係ない様式でALT細胞で起こっている。ことがALTの機構自体と関係があるのだろうか? t−loopの形成にはTRF2やRAP1などのタンパクが複合体(shelterin)を作る必要がある。この論文の著者ら(これもReddelグループ)はALT細胞ではこのshekterinのできかたが不十分ではないかと推論している。本当だろうか?

 

続く

 

(注1)”無限”であることの証明は論理的には不可能だが、例えば1,951年に樹立されたHeLa細胞は現在でも旺盛に分裂増殖し、誰が培養しても無限に増殖するように見える。さらにこうしたテロメラーゼ陽性細胞にいわゆるドミナント・ネガティブ型変異テロメラーゼを強制発現してやると、これらの細胞はやがて分裂寿命に到達し、細胞老化をきたす。

(注2)テロメラーゼ再活性化によるTMMではテロメア長は比較的均一なサイズとなる。一方ALTではテロメア長が不揃いで染色体(分体)によっては巨大なサイズになったりきわめて短くなったりする。これを簡単に検出するには染色体標本上でテロメア配列((TTAGGG)n、またはその相補配列)オリゴをプローブにしたFISHを行う。

(注3)ALTの機構解明で最も貢献してきた人物はReddel(U. Sydney)だ。彼は優れた着想のもとに粘り強い追求の末、ALTに関する成果を独占してきた。テロメア長を調べることは時間と労力がかかる。多数のクローンを取って長期間培養して細胞数を継代ごとにカウントする。テロメア長を調べるには32P標識によるサザンブロットを用いる。いずれも泥臭く、面倒な作業だ。すでにテロメア研究ではノーベル賞が出されているが、ALTを含んだ領域が医学生理学賞で設定されるならば、間違いなくReddelが受けるであろう。

(注4)トリB細胞由来に由来するDT40はきわめて高い相同組み換え活性を持っている。この性質を利用して体細胞での遺伝子ノックアウト細胞の作成に用いられている。この細胞の高い組み換え活性はRAD54の関与するHRの活性に依存していることがわかっている。しかしこの細胞株自体はテロメラーゼ陽性で、ALT細胞ではない。

(注5)この仕事もReddelのグループによるものだが、やや難解な内容だ。その理由の主なものは、テロメアの分野に独特の用語や技法が頻繁に登場することだ。

(注6)γ-H2AXはコアヒストンのマイナーなコンポーネントH2AXの39位のセリン残基がリン酸化されたものだ。この残基をリン酸化するキナーゼはATM、ATR、DNA−PKだ。これらはいずれもDNA損傷によって活性化されるので、γ-H2AXの存在はその場所においてDNA損傷が生じたことを示している。優れた抗体が存在するので形態的に検出できる。クロマチン免疫沈降(ChIP)もできる。