メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ジカとデング、交叉免疫

フラビウイルス属ウイルスによる感染症は潜行と浮上を繰り返してきた。ごく最近の大きな問題はジカ熱だ。さらに少し前に日本で問題となったのはデング熱だ。

このウイルス群の研究は黄熱以来の長い歴史があって、感染様式、病理発生、免疫・感染防御など、重要な問題への答えの多くが既に出されている。各ウイルスの抗原変異のスピードも特別に速いわけではないので、ワクチンの作成も科学的には大きな問題ではない。

しかし最近紹介した通り、ウイルス間の交叉免疫によって引き起こされる劇症型(致死率の高い)の感染の可能性が課題として浮上してきた。これは既に一つの血清型のデングウイルスに感染した患者は別の型のデングウイルスに再感染した際に、劇症型の症状を示し高頻度の致死率を示すという現象(デング出血熱、デングショック症候群)だ。

この現象がどのようにして引き起こされるかは解明されている。簡単にいうとウイルスに対する抗体がウイルス粒子に結合した後に、宿主細胞への感染を促すということだ。これをAntibody-dependent enhancement(ADE)と呼んでいる。これは1,988年頃に既に明らかにされている。

最近浮上してきたジカウイルス(ZIKV)との関連で言うと、ZIKVと共通抗原を持つ他のフラビウイルス、特にデングウイルス(DENV)と西ナイル熱ウイルス(WNV)を考慮する必要がある。これらはZIKVと共通抗原を持っている。だからこうしたウイルスが自然感染した後にZIKVの感染が起これば、ジカ熱版のデング出血熱が起こると考えても不思議ではない。具合の悪いことに、これらのウイルスは同じ媒介昆虫(ネッタイシマカAedes aegypti)によって媒介される。だからブラジルのような熱帯地域では、双方のウイルスが相前後して同じヒトに感染することがある。ブラジル人の90%以上がDENVに感染したことがあるというので、その確率はきわめて高い。

 

こうした問題意識のものとに、DENV、あるいはWNVに対する抗体がZIKVの感染性を増強するかどうかが調べられた。これはGavin Screatonら(Imperial College London)の2,016年9月の仕事だ。そこではDENVに対する抗体を含んだ血漿存在下では、ZIKVのヒト培養細胞に対する感染性が増強された。DENVに反応するヒトモノクローナル抗体の大多数はZIKVとも結合し、かつ培養細胞での感染増強も見られた。したがって抗DENV抗体はZIKVを中和することなく、逆にZIKVの感染性を増強することがわかった。

この仕事が発表された直後にDavide Cortiのグループ(Humabs BioMed、Bellinzona)がこのin vitroの結果を確認した。しかし彼らはこのDENV抗体によるZIKV感染増強を、マウスを用いた実験で確認することができなかった。

次いで、マウスにおけるADEの有無については、Icahn Scool of Mediceine at Mount Sinal(NY)のグループによって実験が試みられた。しかしマウスは通常ZIKVに抵抗性だ。詳しい理屈を書くのは避けるが、感染実験を可能にするためにSTAT2ノックアウトマウスを用いて感染実験をおこなった。これによりマウスはZIKV感染後、重篤な症状を呈する。しかし感染直前にDENVに対する抗体を投与しておくと、さらに劇症となりかつウイルス増殖も著しく促進されることがわかった。ZIKVとは近縁性の低いWNVに対する抗体でも同様の感染増強効果が見られたが、その程度はより軽度であった。

こうしたデータは人でも同様の現象、すなわちDENV→ZIKVの順での多重回感染(広義の再感染)が起こったときに重症となる可能性を示している。 

しかし同様の現象がヒトでも起こるかどうかは最重要な疑問である。Stephen Thoma (State University of New York Upstate Medical University)は、サルを用いた実験でDENV→ZIKV、またはWNV→ZIKVの多重回感染でADEを再現することができなかったことをインターネット上で述べている(未だ論文としては公表されていない)。

 

先に私はZIKVのmRNAワクチンの話を書いた。このうちのMichael Diamondグループ(Wash U)が試みたものは、ZIKVとDENVの共通抗原をコードしている領域に変異を挿入して、交叉免疫が起こらなくなるような工夫をしていた。今後はZIKVのみならず、DENVのワクチンについても、このような交叉免疫が成立しなくなるような工夫が必要になるかもしれない。

 

追記 4/15/17

サイエンス4月14日号に、フラビウルスルに対する既存免疫がZIKV感染時の重篤化に関与しているとする論文が出された。これはマウントサイナイ医科大学(Icahn School of Medicine at Mount Sinai、NY)のグループによるもので、細胞培養でのヒトDENVおよびWNV抗体によるウイルス増殖の増強、およびマウス感染実験での症状の重篤化がデータとして示されている。