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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

最初のジカ熱ワクチン

前回(6月4日)の記事でジカ熱研究で次に求められているのは確立されたマウスモデルを用いてのワクチン開発であることを書いた。僅か一ヶ月の後に、NatureのAccelerated preview(6月28日)にジカウイルス(ZIKV)ワクチンの論文が出た。

Harvard大のDan Barouchが率いるグループは、ZIKVの外被タンパク(pre-membrane and envelope (prM-Env))をコード する遺伝子をプラスミド発現ベクターに入れたものを作成した。マウスにこのDNAを接種してZIKVへの感染防御能を賦与するかどうかを調べた。研究グループにはWalter Reed Army Institute of Researchの研究者も含まれている。熱帯病の研究では米軍は世界をリードしているのでこれはごく自然な話だ。

結果を箇条書きにして要約する。

1.Envに対する抗体を上げることで感染防御が成立した。

2.2回免疫は1回免疫よりも高い効果を示した。

3.ワクチンを投与されたマウスから得た抗体を他のマウスに移入することにより感染防御が成立した。

4.ワクチン投与マウスでCD4およびCD8陽性細胞を除去しても感染防御は成立した。

これにより初めてワクチンの有効性をマウスで確認した。さらに感染免疫学的には液性免疫(抗体)のみで十分であることを示した。彼らは精製不活化ワクチン(PIV)も同時に試験していて、これについても良好な結果を得ている。しかしPIVは時間、費用を要するのでDNAワクチンを優先的に選択したようだ。核酸ワクチンは対象病原体が異なっていても同じプロトコールで生産できるというメリットがある。作成もきわめて簡単だ。実際今回用いられたワクチンはpcDNA3.1+ベクターにprM-Env遺伝子のコードDNAを入れてやっただけだ。これならば大学院生が僅か一週間程度で作成できる。同様のZIKVに対するDNAワクチンはNIHでも開発がなされているらしい。

今後のタイムラインであるが、FDAはこのワクチンの第一相試験を認可した。この一相試験で安全性が確認されたら、ブラジルでの効力試験が行われることになる。DNAワクチンなので安全性にさほどの問題が出てくるとは思えない。最大の問題はヒトで十分な感染防御抗体が得られるかどうかだ。論文ではマウス一匹当たり10 μgのDNAを筋注している。これをヒトのサイズに合わせて容量を増やすとどうなるか? 仮に体重が2,500倍と仮定し、体重比で計算すると一人当たり25 mgのDNAが必要となる。これは相当な量だ。この量のDNAワクチンを人に接種可能かどうか、私には評価する材料が手許にない。しかしもしこの量が必要であるとすると、1,000ドーズで25 gという膨大な量のDNAが必要となってしまう。ワクチンに限らず、実用化、量産化の際にはこうした数量的考察は重要である。

現在までに米国ではヒト用DNAワクチンは認可されていない。世界的に見てもオーストラリアで日本脳炎ウイルスに対するものが認可されているのみである。こうした状況から、このZIKVのDNAワクチンが実用化されるには多少の困難に遭遇する可能性がある。この論文では精製不活化ワクチン(PIV)の効果も確認しており、おそらくこのDNAワクチンが頓挫してもこのPIVを生かそうとするであろう。

ZIKVについては当初からワクチン開発はわりと楽観視されていた。その理由は Flavivurus属の近縁ウイルスの経験から、少なくとも通常の不活化ワクチンでは良好な効果が期待されたからである。その意味では今回の実験結果はさほどの驚きはない。とはいえ大きな前進だ。

さてジカウイルス感染については重要なニュースが他にもある。その一つはZIKV感染が小頭症以外にも新生児の異常を引き起こすことがわかり、当初認識されたものよりも深刻な問題であるということだ。最近わかったことの一つは子宮内感染で胎児に起こるのは小頭症だけではなく、眼、耳、四肢などの異常もあることだ。いくつかの症例では小頭症は起こらず、こうした部位の異常のみが見られるという。さらに深刻なのは母親がZIKV感染の自覚がないにも関わらず、新生児の血中に抗体が検出された例があったことだ。弱い症状しか起こさないZIKV感染の診断そのものにも難しさがある。

米国では患者数が約800名に昇り、そのうち小頭症は5例確認された。患者はすべて流行地域への旅行で感染している。これは米国内で蚊を介した感染環が成立していないことを示している。だから今のところ良いニュースだ。しかし世界の患者発生数は増え続けている。一方、ブラジルの医師の話として、最近小頭症の発症頻度が目に見えて低下しており、これまでの自然感染によって集団免疫(herd immunity)が既に成立している可能性があるという。これが本当ならやがて使用可能となるワクチン接種もこれから妊娠する可能性のある女性など優先順位の高い人々に集中すればよい。とりあえず必要なドーズが少なくてすむわけだ。

ワクチン接種における最大のボトルネックはその効力検定と安全性試験のプロセスだが、こればかりは簡略化(=短縮化)することは難しい。

最後になるが、核酸ワクチンの利点は既に記載したことがあるのでそちらを参照されたい。核酸のなかでもRNAワクチンの利点も指摘されている。今回のDNAワクチンでEnv遺伝子のワクチンとしての有用性が確認されれば、当然同じ遺伝子のRNAワクチンへの応用も検討される可能性もある。

 

追記 8/8/16

三種類のZIKVワクチンのアカゲザルでの有効性を示す論文が先週Science on-lineに掲載された。それらは不活化精製ワクチン、prM-EnvのDNAワクチン、それに同じ抗原をアデノウイルスベクターに組み込んだ不活化生ワクチンだ。これらはいずれも完全な感染防御能を示した。ヒトでの感染防御効果が期待されるが、これは実際に試験しなければわからない。全てが順調であれば、2、017年の初めから流行地での防御試験が開始され、年内に結論が出される見通しだ。ここで問題になるのは、既にブラジルでは流行のピークが過ぎていることを示す兆候があり、既に集団免疫が成立しつつあるのかもしれない。その場合はワクチンの効力試験の結果は不明瞭となる。類似の現象はエボラの流行地でのワクチン試験でも見られた。