メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

テロメア維持の機構:(4)ATRXはテロメアDNA複製を”助ける”?

前回からの続き)

すでに繰り返し書いたようにALTの腫瘍では正常なATRXタンパクが発現していない。ALT細胞株にATRXタンパクを強制発現すると、ALTの諸性状が消失することは前回述べた。

同じような状況でのテロメア長の変化についてはRichard Gibbonsのグループが2,015年に発表している。ここではALTの細胞株であるU2OS細胞にテトラサイクリンで発現が誘導されるシステムを作り、ATRXタンパクを発現させている(注1)。U2OS細胞はテロメラーゼを発現していないので、もしALTが機能しなければ、テロメア短縮が起こるはずである。結果は期待通りでATRXの発現誘導後、約一週間でテロメア長がサザンブロット上で短縮が認められ、17日後には初めは当初50kb程度あったテロメアが20kb以下になっていた。論文にはこの期間の正確な細胞分裂の回数は記載されていないが、毎回の分裂でkb単位のテロメアが短縮していることになる(注2)。

このデータを受け入れるならば、ALTにATRXが必須であることが”完全に”証明されたわけだ。

テロメアDNAにおけるDNA複製の異常

さて前述したようにテロメアDNAはG4を容易に作る。G4の立体構造はDNA複製におけるC-rich strand鎖の伸長(DNAポリメラーゼの進行)を阻害するので、当然複製フォークのブロックを引き起こすことが予想される。このようなテロメアDNAの複製阻害は当然細胞にとって有害である。

テロメスタチン(telomestatin、TMS)はG4に結合し、G4構造の安定化を促すことが知られている。ATRX遺伝子をノックアウトしたマウス神経前駆細胞は、TMSに対して高い感受性を示すことが明らかにされている。こうしたデータは、ALT細胞ではテロメアに生じる”G4構造の生成またはその処理”に何らかの欠陥があることを示唆している。

これまでに複数の研究グループがATRX欠損細胞では、DNA複製が渋滞(stall)していることを見出している(注3)。これらは同時にDNA複製障害が引き起こす反応を伴っていた。上のGibbonsらの論文ではこのテロメアDNAの複製異常の問題をさらに追及している。彼らはDNA fiber analysis法によりDNA複製の進行をトレースしている。その結果、ATRX欠損細胞では複製の渋滞が高頻度で起こっていた。但しこの論文で、はこうしたDNAの複製異常がテロメアに特異的に生じているかは明らかにされていない(注4)。

ALTではテロメアでのDNA損傷が増加しているのか?

以前Reddelグループの仕事で、ALT細胞ではテロメアでのγ-H2AXシグナル(telomere dysfunction-induced foci、TIFs)が高頻度に見られることを紹介したγ-H2AXの本体はマイナーなコアヒストンH2AXがリン酸化されたものだ。このリン酸化はATM、ATR、DNA-PKといったキナーゼによってなされる(注5)。だからALTではテロメアでDNA損傷が高頻度に生じていると考えるのはとても自然な理解だ。DNA損傷の帰結としてテロメアの構造の異常が生じるはずだが、実際マウスの筋原細胞でそのことは示されている

これと関連してDNA損傷誘導系(DNA damage-induced response、DDR)がALTに必要であるというデータも重要だ。ATR阻害剤でALT細胞を処理すると細胞死がおこるという報告がある。このデータはALTの引き金がDNA損傷で、かつDDRの帰結としてHRが働くという説を支持している。Gibbons論文では、Hela細胞(ATRX+)でG4を安定化させる他の化合物(pyridostatin、PDS)の処理でC-circleが増える。C−circleの出現はHRが働いていることを一応示している(注6)。

MRN複合体は二本鎖DNA断裂の修復に大きな役割を果たす。この複合体のうちのMRE11タンパクはHRの最初のステップを起こす分子である。このMRNタンパクがALTが起こるのに必要であることも知られていた。GibbonsらはATRXタンパクとMRNタンパクが結合することを示した。さらにATRXの発現している細胞では、ATRXとMRNが同じ場所に観察され、かつこれは核内のテロメアとは異なる場所であった。すなわちATRXによるテロメアからのMRNの隔離だ。ATRXがないALTでは、MRN(およびそれを含む複合体)がテロメア配列に容易にアクセスできることが組み換え頻度が上昇する原因の一つだと考察している。

これらのデータをまとめてみる。ALTではテロメアでのG4構造が複製の障害となり、この障害そのもの、あるいはこの障害の帰結としてDNA断裂が生じる。これらによって惹起されるDDRによってHRが発動される。これが現在のALTのイメージだ。

ATRXの役割はクロマチン化でG4形成を抑えること?

ALTが開始されるために必要な役者が一通り揃ってきた。最初の疑問に戻ろう。ATRXはどのようにしてALTを抑えているのだろうか? 

既に述べてきたように、ATRXはDAXXと複合体を作りヒストンH3.3をテロメアDNAに取り込ませ、クロマチン形成を行う。ここでDAXXは実際にH3.3と結合するシャペロンだ。In vitroではDAXX単独でもこのクロマチン化がおこるので、ここでのATRXの役割は今ひとつ明らかではない。クロマチン化の低下がALTの原因であるという考えは、別の論文のデータも支持している。そこでは別のヒストンシャペロン(ASF1aおよびASF1b)をノックアウトした際に、ALT様の現象が観察されている。

ATRX自体にはG4構造を解く活性はないらしく、ATRXは機先を制してH3.3を含んだクロマチンを作ることで、間接的にG4レベルを抑えていると思われる。

テロメアにおけるATRXの働きのモデル

ATRXとALTとの関係を示すと次のようになる。これはGibbonsらの論文のモデルとほぼ同じ。

 

(正常細胞)ATRXがH3.3の取り込みを促す→クロマチン形成によるG4形成の阻止→正常なDNA複製

(ALT細胞)ATRXの不在によるG4の形成→DNA複製の阻害→DNAの断裂→ATM系の作動→HRの進行

 

このモデルの問題点には次のようなものがある。

まず第一に、ATRXがいかにしてテロメアDNAにたどり着けるかということだ。もしATRXのテロメアへの局在がDNA複製とカップルしていると仮定するならば、ATRXがテロメアにアクセスするために他の分子への結合能が必要である。DNAクランプであるPCNAはATRXを局在させる分子かもしれない。実際ATRXにはPIP−boxPが存在している(注8)。しかし一方で既に紹介したとおり、ATRXはG4に親和性をもつ。このことは、GibbonsモデルのようにATRXがない場合に限りG4ができると考えるよりも、先にG4ができてからATRXがそこに来ると考えたほうが自然かもしれない。しかしこの場合はG4自体の解消はどのタンパクが行うのかという問題が残る。

 

続く

 

(注1)U2OS細胞は骨肉腫の細胞で、ALTの細胞としては最もよく用いられている。その大きな理由はこの細胞が正常なp53を発現していることで、特にDNA損傷を受けた後の細胞の反応を観察するのに適しているからだ。

(注2)この短縮のスピードは不死化していない正常細胞でのテロメアの短縮速度よりもずっと速いように思う。一度ALTを獲得した細胞ではATRXの発現によりテロメアの短縮化が何らかの理由で速く起こるのかもしれない。しかしこのサザンブロットのパターン(Fig. 1g)は少し奇異だ。それは実験開始時に既にテロメアのサイズが比較的狭い範囲に限られていることだ。これは典型的なALTのパターンではなく、また既に何度も報告されているU2OSのそれとも異なっている。このデータを全く信用するのは少し早いかもしれない。

(注3)”stall"の適当な訳語がわからなかったので”渋滞”を使ってみた。この場合のstallは複製フォークを停止させるが、完全にその進行能を失わせるでもない。複製フォークの停止状態が継続すると、やがてそのフォークは”collapse”(崩壊)を起こす。これはその部位でのDNA鎖の切断が起こることだが、そこではHR等の修復機構が作動するのでいずれ複製が再始動する。個々の複製フォークについてはその運命はわからない。DNA複製が再開されるか崩壊するかはこの”渋滞”の状態ではわからない、そのような状態が"stall"という語に込められている。

(注4)DNA fiber analysis法では通常ゲノム上のどの配列でその複製フォークが働いているかはわからない。FISHと併用することでそれが可能かどうかは私にはわからない。”わからない’という意味は理論的にはそれは可能だが、定量的に観察可能な状態にできるかどうかは判断できないということだ。

(注5)しかしここではそれがcircleがどうかは特定できない。つまり染色体外に出てきたテロメア配列が環状のものか、または直鎖状のものかはここで用いられているスロットブロットでは定かではない。こうしたDNAの形状は、損傷または修復の起こり方を推定する上で有用な情報となる。残されたDNAの配列も一般的には有用な情報を与えてくれるが、ことテロメアに関しては単純な繰り返し配列なので、これはあまりinformativeではない。

(注6)ATRXとATRは略称が似ているが全く異なるものだ。ATRXはX-linked Alpha Thalassaemia mental Retardationに由来して、遺伝子産物の実体は約250 kdのATPaseタンパクだ。ATRはAtaxia Telangiectasia and Rad3-relatedの略でDNA損傷誘導反応の核となるチェックポイントを構成する約300 kdのキナーゼだ。

(注7)G4を解くヘリカーゼとしてFANCJやBLMが知られている。FANCJ欠損細胞ではTMSに対する感受性が顕著に上昇することが知られている。このことはFANCJがin vivoでG4を解消していることを示すが、実際にテロメアのG4の解消に寄与しているかどうかは不明だ。

(注8)PIP-boxはPCNAに結合する多くのタンパクで存在が知られているPCNAへの結合能を担うモチーフである。ATRX配列上にもPIP-boxが認められるが、ATRXがPCNAと結合するかどうかは調べられていない。