テロメア維持の機構:(2)ATRXの失活がALTを引き起こす
(前回からの続き)
ALT細胞はATRXまたはDAXX遺伝子の変異を持つ
ALTを抑制している遺伝子は何か? この疑問に対するヒントは膵神経内分泌腫瘍(PanNET)という稀な腫瘍の解析から得られた。ジョンズ・ホプキンス大学のグループはPanNETではATRXまたはDAXXの変異が高率に見られることを明らかにした(注1)。さらにPanNETの臨床検体におけるATRXの変異とテロメアの状態との関係を調べた。計41例の検体中、テロメアFISHでALTの性質である極端に強いテロメアシグナルを示したのは25例で、このうち19例はATRXまたはDAXX遺伝子に変異があった。残りの6例では組織免疫染色でATRXまたはDAXXタンパクの発現が見られなかった。したがってALTを示す全ての例でATRX/DAXXの異常が見られた。一方ALTの性質を持たなかった残り16例では免疫染色、遺伝子変異の両方で異常は見いだせなかった。この結果はALTとATRX/DAXXとの間に完全な相関があることを示している。
このようなATRX/DAXX変異とALTとの関連については、さらに22細胞株を用いた研究によっても確認された。この論文ではさらにテロメラーゼ陽性細胞であるHeLa細胞でATRXタンパク量をshRNAによって低下させることによって、ALTの性質が現れるかどうかも調べている。結果は否定的で、ATRX量の低下によってはT-SCE頻度の上昇やc-circleの増加は見られなかった(注2)。HeLa細胞は子宮頸がん由来の上皮系の細胞株だが、この細胞の由来組織とALTとの関係についてはやがて重要なことが明らかになる。
ATRXの失活はALTに必要である
ATRXの失活がALTに必要(および十分)であることを確定するにはどうすればよいか? 以下、話を単純化するためにATRXだけのストーリーとして続ける。
大雑把に言うと、(1) ALTの性質を示さない細胞株でATRXを失活させたときにALTの性質が出現する、それに (2) ALT細胞株にATRXを発現させてやった際にALTの性質がなくなることを示してやれば完全な証明になる。後者については上に挙げた論文で、HeLa細胞では否定されている。
昨年(2,015年)この答えを出したのはまたしてもReddelのグループの論文だ。
まず (1) について。
彼らは腫瘍由来の細胞株でATRX遺伝子を破壊(ノックアウト)してやった。shRNA(ノックダウン)では低レベルのタンパク発現が残ることが多いので、ノックアウトをおこなったてダメを押したのだ。上皮由来のがん(大腸がん)から樹立されたHCT116細胞でATRXを失活させた上で、得られたクローンを調べたところいずれのクローンでもALTの性質を確認できなかった。HCT116細胞はテロメラーゼ陽性である。この結果はテロメラーゼ陰性の上皮細胞の細胞株でも同じであった(注3)。
次いで間葉性由来の線維芽細胞にSV40を感染させた細胞にshRNAを発現するベクターを感染させた。この細胞集団は未だ不死化する以前の段階にある。この細胞集団の継代を続けてゆくと、やがて細胞増殖が停止した状態になる。これはクライシス(crisis)と呼ばれているが、この中からSV40によって不死化された一部の細胞の増殖が立ち上がってくる。ATRXノックダウン細胞では対照shRNAに比べてこのクライシスの時間が短縮していた。ここから得られた細胞クローンは限界を越えて増殖可能、すなわち不死化の性質を獲得していたと理解される。これらクローンについて各々c-circleの量を調べると、ATRXノックダウン細胞ではc-circleの増加が見られた。これらクローンがテロメラーゼ陰性であることも確認された。したがってALT陽性である。注目するべきことに、対照shRNAからも低頻度で不死化したクローンが得られるが、これらについてもその多くが自然にATRXの発現を脱落していて、ALTによる不死化性質を獲得していた。さらにこれらクローンについてサザンブロットで実際のテロメア長を調べたところ、ALTの特徴の一つである不均一な分布を呈していた。これは決定打である。
要するに上皮由来細胞とは異なり、間葉系細胞では細胞の不死化に伴いATRXの脱落を伴うALTが出現するということが実験的に明らかになったのだ。
さて逆向き実験の (2) である。
同じ論文で用いられているのは広く用いられている2細胞株と上記 (1) で作られた細胞株一つだ。いずれもALTである。これらにATRXを一過性に強制発現させた。ATRXが発現すると比較的短時間でc-circleの量が減少した。これからALTの性質が消失したと判断された(注4)。
以上を総合すると、ALTの出現にはATRXの失活が重要な役割を果たしていることが確定した。これはわずか1年半前のことである。
しかし興味深いのは、なぜ上皮由来細胞と間葉系細胞でALTの出現のしかたにこのような違いがあるのだろうか? このALT出現における上皮系と間葉系の違いは後にもう少し詳しく述べることにする。
ATRXの失活はALT細胞の”出現を許す”
結局これらの実験結果は、細胞がALTの性質示すためにはATRX遺伝子の失活が必要である。もしATRX(またはDAXX)の失活がALT獲得の必要な”唯一のできごと”であるならば、ATRXを除去した直後にALTの性質が検出されるはずである。しかし実際にはALTになるためには長時間を要した。したがってさらに他のgeneticまたはepigeneticな変化(失活または活性化)が必要であるということだ。ATRXの失活は必要であるが十分ではないのだ。
ALTに必要な別の変化は何か?という大きな疑問が残る。
(続く)
(注1)ATRXとDAXXはタンパク複合体を作り同じ機能を遂行すると認識されている
(注2)理屈としては、HeLa細胞ではテロメラーゼ陽性だがテロメラーゼの存在がALTの発現を邪魔しているという考えは可能性として成り立つ。しかしこれは後に公表された仕事により否定されている。逆にATRX発現の有無がテロメラーゼの発現に影響を与えるかどうかも疑問も出てくる。しかしこの点に関しても答えは"no"であることがわかっている。
(注3)ここで用いたのはSV40ウイルスで不死化されたヒト乳腺上皮細胞。
(注4)ATRXを強制発現したのちに、テロメア長の不均一性が消失するがどうかは重要なポイントだ。この実験はATRXの一過性発現(transient transfection)であった。だから長期間培養するうちにいずれATRXレベルが低下、消失してしまうと予想される。ATRXが長期間発現するようレンチウイルスなどの実験を用いることも可能かと思う。しかし用いられた細胞株はいずれもテロメラーゼ陰性なので、ALT、テロメラーゼのいずれのTMMも機能しなくなりことにより、テロメア長に明らかな変化が訪れる前に細胞増殖が停止してしまう可能性が高い。こうした実験をReddelグループが試みていないはずはなく、いずれデータが出てくる可能性もある。