メンフィスにて

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”神経芽種のメカニズムによる分類” 要約と雑感(自然退縮、スクリーニング、福島)【1】

先週号のScienceに”A mechanistic classification of clinical phenotypes in neuroblastomaと題する論文が出た。これはドイツのケルン大学を中心とした欧州のグループによるものだ。

 

まず神経芽腫の概観。

神経芽腫(neuroblastoma)は小児においては脳腫瘍を除くと最も頻度の高い固形腫瘍で、約半数の症例は予後不良である。これまでに様々な予後因子が報告されてきた。最も確定的なものは、”18ヶ月齢以上で発症し、MYCN遺伝子(N−MYCタンパクを発現する)の増幅の見られる症例は予後不良である”ということだ。

一方、MYCNの増幅はテロメラーゼの発現を促す。テロメラーゼの発現はTERT遺伝子のゲノム再構成によっても引き起こされる。これによって腫瘍細胞は無限増殖能を獲得する。さらにテロメラーゼ非依存性のテロメア維持機構(いわゆるALT)によるテロメア維持も見出され、これはATRX遺伝子の失活によって引きこされる(これについては以前の記事を参照されたい)。しかしこの神経芽腫におけるテロメア維持機構の存在は予後と強く関連していることはかなり以前から認識されてきた。

さらにちょうど10年前にALK遺伝子の変異(活性型変異と遺伝子増幅が見られる)が神経芽腫の進行に寄与していることが報告された。このときにはNatureの同じ号に同様の内容の論文が4報掲載され、高い関心を呼んだ。

 

今回の論文は以上に列挙したような個々の予後因子をトータルに見たときに、真に予後と関連するものは何かを明らかにしようとしたものだ。

手法的には特別なものはなく計416例の神経芽腫を対象として、ゲノム配列の決定を行っている。 これらはいずれも治療前に採られた検体である。がん治療ではいずれの治療法がとられても、新たなゲノムの変化や特定の細胞集団の選択的増殖を引き起すので、治療前検体を用いるのは鉄則だ。

まずこのうち218例について、神経芽種のゲノムの全般的な様子を把握するべくWES、またはWGSを行った。ここで目を引くのは、RASとp53経路に着目したことである。RASとp53は各々代表的ながん遺伝子(RAS)、およびがん抑制遺伝子(p53)であり、成人がんではこれら遺伝子の変異頻度はおしなべて高い。ところが神経芽種を含む幾つかの小児腫瘍ではこれら遺伝子の変異頻度が著しく低いことが知られてきた。p53については治療後の再発例について変異が認められることが知られている。本論文で著者らはこれら遺伝子の変異が神経芽種の予後と関連する可能性を考え、RAS経路に関与する17遺伝子とp53経路に関与する6遺伝子について、変異の頻度を精査した。治療前の多数の検体についてRASとp53の変異を調べたことが目新しい。(ここで行われたのは既得データの再評価であって新たなベンチ作業を行ったわけではない。)

興味深いことに、218例中46例にRAS、またはp53経路(あるいは両方)の遺伝子に変異が見出された。さらに198例の別の検体群(cohort)も加えると、76例(76/416、17.8%)にRASまたはp53経路の異常(前者では亢進、後者では失活)が認められた。

言うまでもなく、これらの遺伝子変異が患者の予後と関連していることが重要だ。しかし著者らはRASあるいはp53関連遺伝子の変異は、自然退縮するような予後良好なものにも、致死的となるような進行性の場合にも見られることを述べている。

そこで著者らはテロメア維持機構(TMM)の獲得に着目した。前述のとおり、これには(1)テロメーラーゼの(1)再活性化と、(2)ALTがある。

調べた208例のうち、52例がMYCN増幅を、21例がTERTの再構成を示した。さらにALTの存在をしめすAPB陽性検体は31例であった。単純にいうと、これらがTMMを持った腫瘍である。前述のRASあるいはp53関連遺伝子の変異を持った腫瘍について、TMMとの関連を見てみると、23例中TMM陽性は9例でこれらはすべて予後不良であった。一方残り14例では患者はすべて現在まで生存している。この傾向はさらに追加の症例でも確認された。

論文ではさらにALKの変異の意義についても記載しているが、ここでは省略する。

結論として、この論文では予後判定にヒエラルキーを設けて、最初にTMMの有無によってリスク判定を行う。ここでTMMがない腫瘍は低リスクで、腫瘍は分化に向かうか自然退縮する。現行分類ではステージ1、2、3、および4aがここに含まれる。一方TMMありの場合は多かれ多かれ少なかれ高リスクで、ステージ4が含まれる。

この高リスクグループはさらにRASとp53経路の異常の有無により、高リスク群と超高リスク群に分けられる。

TMMのうちテロメラーゼの発現有無と予後との関係は広島大の檜山らによっ早くも1995年には明らかにされており、今更の感がある。しかしこのNature論文の新規性は、これまで神経芽腫ではあまりにも頻度が低く、その意義が長らく精査されてこなかったRASおよびp53経路の異常のリスク判定における意味を明らかにしたことである。

 

(続く)