メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

象牙取引停止への中国政府の決意

中国政府は2,017年末までに国内での象牙の取引の中止を達成することを約束した。当然この決定は自然保護主義者たちに好意的に受け入れられている。年々相当な勢いでアフリカゾウが密漁されているが(年間20,000頭という)、この対策はアフリカゾウ保護における"game changer"であると受け取られている。以下このワシントンポスト紙(WP)の記事を要約し、若干私見を追加する。

中国政府の発表によると、”本年3月から象牙取引の制限を始めて、2,017年12月31日までにこれを完全に禁止する”というものだ。

これまで中国は象牙細工は中国の持つ文化であり、かつ商取引や役所との交渉に欠かせない贈り物として機能してきたと主張していた。したがってこの決定は中国自身にとっても画期的な決定と言える。記事によると、この決定に影響を与えたのは国際的な圧力だけではなく、一般の中国市民の意識の変化にも促されたという。 例えば元NBAスターのヤオ・ミン(姚明)は"stop the buying (of ivory)"キャンペーンを展開している。こうした著名人の活動により、一般の中国人の間に”象牙のためにアフリカゾウが絶滅に近づいている”という認識が広まってきた。もう一つの要素はこの象牙取引のためにアフリアでの中国の国家イメージが低下していることも挙げられる。

中国には象牙細工で生計を立てている大勢の人々がいるが、政府はこうした人達が商業的象牙細工が禁止された後も生活できるような方策も検討している。その一つの例が、各地の博物館での所蔵品の維持修理に携わる仕事に従事させることをあげている。

 

これまでアフリカゾウの総個体数は47-69万頭と推定されてきた、一般に現存するゾウの仲間はアジアゾウアフリカゾウの2種と考えられてきた。しかしアフリカゾウには実際は独立した2種があって、各々森林アフリカゾウLoxodonta africana)とサバンナアフリカゾウL. cyclotis)からなっている、ととらえられるようになってきた。このうち大きいのはサバンナアフリカゾウである。実際この両者は体格のみならず、かなりいろんな点で異なっている。現在アフリカゾウの個体数の調査は空から視認するやり方で行われている(great elephant census)。このセンサスでは2,014年に実際に352,271頭を目視により確認している。しかしこの方法では森林に棲むL. cyclotisの頭数を確認することは困難だ。L. cyclotisのほうの個体数把握とその保護が急がれる(注1)。

野生種保護の取り組みに大きな影響を与えているのがゲノム情報だ。最近の例ではこれまで1種とされてきたキリンの仲間が実際は4種であることが判明した。こうした動物種の再定義の結果、特定の種の総個体数が危機レベル程度に少なくなるケースが続出する可能性がある。要するにこれまでは生物学的実態とカテゴリーが合っていなかったわけだ。

アフリカゾウは35年前には約120万頭が生息していたとされる。このままでゆけば、今後10年間に森林アフリカゾウは絶滅すると予想されている。したがって今回のニュースはもちろんグッドニュースなのだが、こうした発信は中国共産党習近平)の政府の対外的なイネージ戦略の一貫なのであろう。特に昨年は中国の外交のかなりの部分が裏目に出たという事情が影響していると思われる。独裁国家はひとたび何事かを決定するとあとは素早い。習近平は今回の件では一部では賞賛の対象となっている。

最近中国政府の国際的な諸問題への対処で積極的かつポジティブな姿勢が目立っている。その一つの例が薬剤耐性菌への取り組みだ。この件の詳細と問題点については既に指摘しておいた。

このような中国の対策が成果を上げるかどうかについては未知数だ。今後を見守って行きたい。

これと関連するが、ナショナルジオグラフィック2,016年10月号はサイの角の取引を特集している。角が切り落とされたサイの遺骸の写真はかなりショッキングだ。記事の中でどの国が角売買に関与しているかを図示している。サイの角は漢方で使われるので、当然こちらも中国が最大の消費国である。ゾウの場合とは違い、中国政府はこちらのほうの対策はまだ打ち出していないようだ。

 

(注1)森林アフリカゾウは繁殖可能年齢への到達(23ヶ月 vs 12ヶ月)と妊娠間隔(5−6年 vs 3−4年)がいずれもサバンナアフリカゾウに比べ長期間だ。このため集団の二倍化期間が20年 vs 60年となり、一度総個体数が減るとその回復は難しい。余談ながら、こうした繁殖における性質がかなり違うにも関わらず同種と考えられてきたのも変だ。

f:id:akirainoue52:20170119063433j:plain(こちらは本文とは関係のないアジアゾウ。セント・ルイス動物園)

 

追記 2/20/17

今日のサイエンス誌のニュースガボンにおける森林アフリカゾウLoxodonta cyclotis)の個体数が予想外に少ないことが明らかとなったことが報じられている。ガボンはゾウの保護策を講じてきたにも関わらず、過去10年間に約60%減少している。象牙の需要のある限りはゾウの密猟は終わらないと結論している。