メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

野球選手の時差ボケ

野球選手の時差ボケの研究がPNASに載っている。

よく知られているように、飛行機で東に移動するときと、西に移動するときとでは時差ボケの程度が違う。野球選手に与える時差ボケの影響も、西から東に移動する場合のほうが影響が大きくて、プレーのレベルが低下するというのが要旨だ。これはノースウェスタン大学(シカゴ)の仕事。UCLAの”寿司ネタ”の話とどちらがより価値があるか、評価の分かれるところだが。

北米大陸は広い。

実際合衆国本体(48州)での最大の州はテキサスだが、ここだけでフランスの面積よりも大きい(だからテキサスだけで日本の二倍以上)。初めて米国に来たときに、サンフランシスコ(SF)からボストンに飛び、二泊三日でSFにとんぼ返りした。このときは北米大陸の大きさを事前に考えていなかった。それでヘトヘトに疲れてしまった。所要時間は片道5時間半であった。写真のセントルイス(中部時間)とシアトル(西海岸時間)は時差2時間で飛行時間は4時間弱である。この距離はおよそ東京から台北に行くのに等しい。大リーグ(MLB)で最長の移動距離はボストン(東海岸時間)とサンディエゴ(西海岸時間)の間で約6時間半、時差は3時間である。こちらはだいたい東京ーホーチミン間だ。(もっともこの組み合わせはリーグが違うので毎年組まれるわけではないが。)

北米のメジャースポーツの選手たちは、ナイトゲームが終わった後にそのまま空港に行く。真夜中のチャーター機で次の場所に移動して、着いたらホテルに直行して昼まで寝る。午後にスタジアムに行って夜の試合に備えて準備する。空港の離着陸ラッシュを避けようとすると必然的に夜中のフライトになる。こういうスケジュールでシーズン中は暮らしているのだ。彼ら(それにもっと年上の首脳陣)の体力には驚嘆させられるが、やはり時差の問題は無視できないというのが今回の論文だ。

この研究では1,992年から2,011年までのMLBのデータを分析した。この間計46,535試合が記録されているが、このうち4,919に絞った。これはどちらかのチームが少なくとも二つの時間帯を越えて移動した直後の試合だ。これらの試合における、被ホームラン数、盗塁数、犠牲フライの数を調べた。

結果は東に移動したチームの成績が悪かったのだ。この移動の負荷はホーム・アドヴァンテージを覆すことも度々であった。ホームチームの勝率は全試合では53.9%だったが、東に移動したとき(つまり西から戻ってきたとき)は50.4%であった。面白いのは攻撃面のデータとして、二塁打三塁打、盗塁のいずれもが少なかった。これらはいずれも攻撃的な走塁が要求される。

結果はスポーツファン、特に野球ファンにはとても重要な情報をもたらしたわけだが、同じような研究に取り組んできた研究者からは研究方法に批判の声が上がっている。それは今回の研究が回顧的(retrospective)な方法だけで行われていることによる。そこでは研究自体が最初からデザインされたものではない。

今回紹介したような”研究”は、アマチュアでも十分実施可能なものだと思うが、自分のやっていることが、”立派な研究”として通用するかどうかを知ることは大事である。この研究手法に関する議論についてさらに詳しく知りたい方は、サイエンス誌のニュースを参照されたい。

 

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