メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

NIH予算の削減

トランプが科学予算の原案を出してきたが、今のところは大統領が勝手に提案しているところで、これからの議会とのやり取りの後に最終的な形をとることになる。

NIH予算について3月29日に、議会公聴会でトム・プライス(Tom Price)保健福祉長官が議員らの質問に対して答弁した【12】(注1)。今回の予算削減案は、要するにNIHグラントのうち無駄の多い(と思われている)”間接経費”をまるまる削減しようとするものだ。

今回の公聴会ではNIH今年度予算から約18%(58億ドル)を削減して総額317億ドルとすること、およびこの削減はNIHグラントの間接経費の分(今年度64億ドル)をほぼ全額削除で当てる案が示された。

”間接経費”とは各研究者に交付される研究費である”直接経費”の他に、その研究者が所属している研究機関に別建で支払われる予算だ。これは大学などの運営費や設備費にあてられる。おもしろいことに、その額は当該機関とNIHとの交渉によって決定される。間接経費についてはかねてから議論があり、グラントに記載されている研究とは無関係の使途に使われているという批判があった。例えばキャンパスにおしゃれな建物を建てるために使われたといったことだ(注2)。

間接経費の割合は平均して約30%であり、今年度は64億ドルが総計169億ドルの直接経費に上乗せされている。こうした状況はNIHからのグラントだけであり、民間財団が出しているグラントでは間接経費は全くないか、せいぜい10%程度である。

総予算削減のために間接経費に目をつけたのはうまい(狡い)やり方だ。この方式だと、交付されるグラント件数を減らす必要がなく、研究現場の疲弊を”ある程度”かわすことができる。おそらくトランプの意向を受けて(忖度して)、健康保健省かNIHの幹部が入れ知恵したのだろう。このやり方だとNIHの内部予算を削る必要もない。

さらに重要な追加発表は、既に執行中の今年度NIH予算から12億ドルを削減しようという提案だ。米国連邦政府の予算年度は10月始まりなので、残る半年間の予算からこの額を削ろうというものだ。

しかし当然のことながら、医学研究の重要性を認識している議員たちからは疑問の声が上がっている。元々科学研究をサポートする傾向の強い民主党の議員はもとより、共和党議員からも疑問の声が出ている。(米国議会はロビーを制する者が勝利する。その結果が20年にわたるグローバリスムの席巻だが、これは本日の主題ではないのこれ以上はふれない。)重要なことは、科学研究には強力なロビーがついていないことだ。だから予算削減の対象としてはやりやすい領域だ。これは日本でも同じで、科学者達が政権与党に陳情して回ることなどまず考えられない。

うまい仕組みはないものだろうか?

 

(注1)米国の報道記事では議員は通常"lawmaker(s)"と表記されているが、上院議員(Senator、100名)と下院議員(House Representative、435名)を区別しないときの呼び方だ。文字通り”法律作成者”の意味だ。日本でも本来の議員の役割はlawmakingのはずだが、どうでもいいことばかりやっているように思える。

(注2)間接経費があることにより当該研究機関にも研究者本人にもメリットがある。これによりグラント保持中の研究者はその独立性が保証されて、むやみに解雇されたりしなくなる。