メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

三重の生物学:蜂群のウイルス感染

以前絶滅危惧種の敵は感染症であると書いた。 パナマゴールデンフロッグ(Panamanian golden frog, Atelopus zeteki)というカエルがいる。パナマのシンボル的動物で、中米地域にふんだんに見られたが近年個体数が激減している。このカエルはカエルツボカビ…

合成生物学:ミニマム生物を作る、またはリバース・テクノロジー

合成生物学(synthetic biology)については何度かまとめて書いてみようと思っていたが、そのあまりの間口の広さに辟易して手をつけないできた。しかし最近号のScience誌に巨人Craig Venterが率いるグループから“最小のマイコプラズマを作り出した”という論…

組み換え型蚊のその後:ネッタイシマカの撲滅へ

米国FDAはGMOカ(OX513A)を野外試験を開始するための手続きに入ったと発表した。これはネッタイシマカ(Aedes aegypti)を駆除する目的でOxitec社により作出され、その試験地としてフロリダ州南端の島(Key Haven)が選定された。 このカを野外に放出するこ…

コア施設の重要性

コア施設の重要性について考えてみたい。 コア施設(core facility)とは大学などの研究機関に設けられた共通の実験施設のことだ。日本でも動物実験施設やラジオアイソトープ実験室などを思い浮かべることができる。しかしこのコア施設に関しては米国は日本…

ブラジルのジカウイルスの起源

ジカウイルスに起因すると見られる小頭症だが、その最大の謎は“ジカウイルス自体はかなり以前から知られていたにも関わらず、近年のブラジルでの流行で初めて小頭症との関連が現れたのはなぜか?”ということだったと思う。この疑問に答えるための有力な情報…

左右対称な王立ブリュッセル音楽院

ベルギー、ブリュッセルのテロのニュースを聞いてだいぶ昔の記憶が蘇った。 私はブリュッセルを二回訪れている。一回目は1,984年同国ゲントにおける学会のついでであった。このときはアムステルダムからベルギー入りした。ビクトル・ユーゴーが“世界一美しい…

がん細胞でのスーパーエンハンサーの“生成”

前回MYCとdiapauseの話で、MYCは代表的がん遺伝子(oncogene)といったが、正確にはがん原遺伝子(proto-oncogene)だ。すべての内在性のがん遺伝子(がん原遺伝子)は細胞内で正常な機能を持っているが、質的、量的に活性化されることによってがんを引き起…

幹細胞維持におけるMYCの役割

“Mycの発現がない状態で細胞は増殖することなく多分化能を保持する“という論文が出た。たいへんわかりにくい表現で恐縮であるが、もとのタイトルは以下の通り。 “Myc depletion induces a pluripotent dormant state mimicking diapause”, Scognamiglio et a…

ジカウイルスとそれに関連して

俄かに騒がしくなってきたジカ熱である。 ジカウイルス(ZIKV)によると見られる新生児の小頭症の発生がブラジルに加え、つい最近コロンビアでも確認された。コロンビアでの最初のZIKVの検出は昨年9月のことなので時期的にも合っている。こうした疫学的情報…

何が表現型を決めるのか?:肥満マウス出現へのエピジェネティック因子の関与

少し前に書いたサルの自閉症モデルの話題で、エピジェネティック因子の機能の解析は面倒であることを書いた。 1月のCellにTrim28のハプロ不全(haploinsufficiency )でマウスの肥満がおこる個体とおこらない個体があり、この肥満形質の発現に関与する遺伝子…

合成生物学の勝利?

2014年にSanofiが遺伝子改変酵母を用いて生産された抗マラリア薬を上市したときには、合成生物学の勝利であると喧伝された。 昨年のノーベル医学生理学賞で広く知られることとなったマラリア特効薬アルテミシニン(artemisinin)のことである。これはArtemis…

ヒトからネアンデルタール人への遺伝子流入

一昨年出版されたSvante Pääboの著書”Neanderthal Man”は日本語にも翻訳されて反響を呼んだ。 その後もPääboは重要な発見を公表し続けている。はじめに彼らの初期の論文で公表された発見を要約する。そこではネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの配列決…

サウスカロライナへの旅:南北戦争の本質

サウスカロライナ(South Carolina)州に旅行してきた。本ブログのテーマである生命科学とは関係ないが、旅行中に考えたこと、感じたことをまとめて書いてみる。 サウスカロライナは南北戦争(1861−65年)における南軍(アメリカ連合国、Confederate States …

サルにおける自閉症のモデル

自閉症は様々な遺伝子の遺伝子重複で引き起こされることが知られているが、最近サルにおける自閉症モデルが作成された。ここで用いられた遺伝子はMECP2である。MECP2はメチル化DNAに結合しその部位での転写抑制に関わっていることが知られている。 MECP2の変…

Darwin's Dogs Project

“ダーウィンの犬達”プロジェクトとはマサチューセッツ大学(University of Massachusetts)のElinor Karlssonによるユニークな試みである。 イヌにもヒトと同様に強迫性障害(obsessive–compulsive disorder (OCD) )があるらしい。(イヌの病名はcanine com…

コッホ三原則、雑感

コッホ三原則の現代的見直し論が出ている。今更という感じがしないでもないが、考えた(感じた)ところを書いてみる。 コッホ三原則(Koch’s postulates)は感染症の原因を特定するための手続き(手順)だ。これは100年以上前に作られたものだが、基本的な考…

ドラッグスクリーニングの”ド素人化”:DELを巡って

DNA-encoded library(DEL)の話 最近出現した化合物ライブラリーによってドラッグスクリーニングの“素人化”がさらに進展しそうな勢いだ。 2,010年頃に成立した(と私は思っているが、もう少し前かもしれない)がん研究のパラダイムシフトにより、臨床研究者…

米科学予算の増額とNIHグラント

既に既定方針だった米科学予算、とりわけ医学生物学分野の予算増額案が議会を通過して今月18日にオバマ大統領がサインした。 簡単に要約すると、来年度(2,016年度、7月始まり)のNIH(National Institutes of Health)の予算は前年度比で6.6%の増額となり、…

CRISPR/Cas9を用いたGene driveの威力:期待と不安

ワシントンサミットの翌週には米科学アカデミー(NAS)主催によるもう一つの会議(Gene Editing to Modify Animal Genomes for Reserach -Scientific and Ethical Considerations: A Workshop of the Roundtable on Science and Welfare in Laboratory Anima…

Genome editing 植物はGMOか?

やはり予想通りというか、ゲノムエディティングgenome editingによって作出された植物の認可に待ったがかかり、宙ぶらりんの状態になっているという記事が出た。 あまりにエディティングの話題が多すぎて閉口していたところだが、エディティングと社会との関…

ワシントンDCサミット(The 2015 NAS Summit)で話し合われたこと

前々回はワシントン会議と書いたが、ワシントン軍縮会議が有名なのでワシントンDCサミットと書くことにする。(正式名称はThe International Summit on Human Gene Editing) 先々週開催されたこのサミットの模様がNatureとScienceの両方に掲載された [1, 2]…

Aurochsの再生

オーロックスの再生が進められている [1]。 オーロックス(Aurochs, Bos primigenius)は家畜牛の直接の祖先で、かつてはユーラシアや北アフリカの広い範囲に生息していた。10,500年前頃から現在のトルコ、アナトリア地方でオーロックスの家畜化が開始された…

Gene editingの問題とは? [4] 技術的特性が及ぼす影響

(前回より続く) 7.Gene editingの技術的特性が及ぼす諸影響 この文章を書いている間にも、CRISPR/Cas9をはじめとするgene editing法がこれまでの遺伝子改変法とは全く異なる諸影響をもたらす可能性に気づいた。 先にも述べたように、CRISPR/Cas9による遺…

Gene editingの問題とは? [3] ヒト胚細胞への応用

(前回より続く) 4.ヒト胚細胞への応用 Gene editingが注目されると同時に人々が危惧したのはヒト胚細胞のゲノム改変、さらには生殖細胞系列へのゲノム改変細胞の導入であった。これは当然遺伝病の世代を越えた治療が大きな目的となる。しかし一方で生ま…

Gene editingの問題とは? [2] Gene editingの応用

(前回からの続き) 3.Gene editing法の応用の現状 Genome editingが脚光を浴びてから僅か数年しか経っていないが、この技術の応用のスピードには全く驚くばかりだ。以下にGene editing法の臨床・野外への応用の現状について簡単に要約してみたい。 (1)…

Gene editingの問題とは? [1] 標的遺伝子法の革命

人類の未来を話し合うCOP21がパリで開かれている。しかしもう一つたいへん重要な会議が開催された。それは12月 1日から3日間ワシントンDCで行われた"International Summit on Human Gene Editing"である。 ここで話し合われた内容は、gene editing法(また…

複雑系の原理を明らかにしようとしたメンデル

来年(2.016年)はグレゴール・メンデル Gregor Mendal (1,822-84) が遺伝法則を公表して150周年となる。実質的にはその内容が講義の形で明らかにされたのはその前年(1,865年)なので、既に代表的な科学雑誌はメンデルに関する記事を掲載している [1, 2]。 …

同じ生データからNatureとCellに出す:ペスト菌の考古学

研究者にとって少し扇情的なタイトルだが先週Cellに出た論文のことである。 タイトルは “Early divergent strains of Yersinia pestis in Eurasia, 5,000 years ago” (紀元前5,000年のユーラシア大陸 で見られるペスト菌の 多様性“である。 この論文の内容…

効力の低いデング熱ワクチンが有望視されている

最近効果の低いワクチンが有望視されている。そのひとつはデング熱ウイルスに対する組み換え方弱毒生ワクチンである。 私の同僚が親族の結婚式のためインドに一時帰国するという。米国−インドの往復は米国−東アジアよりもさらに長時間の旅であり、本人はそれ…

幹細胞の非対称分裂の機構は?

“ヒストンのリン酸化が幹細胞の非対称分裂を決定する“という論文がCellに出た。 幹細胞の細胞分裂は非対称分裂である。その意味するところは、分裂の結果未分化な幹細胞そのものと、組織特異的な分化にコミットされた細胞を一つづつ生み出すのだ。この仕組み…