メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

三重の生物学:蜂群のウイルス感染

以前絶滅危惧種の敵は感染症であると書いた。

パナマゴールデンフロッグ(Panamanian golden frog, Atelopus zeteki)というカエルがいる。パナマのシンボル的動物で、中米地域にふんだんに見られたが近年個体数が激減している。このカエルはカエルツボカビというカビが侵入したことにより個体数が減少し、絶滅の危機にさらされているのだ。同様にカビによる野生動物の個体数減少は米国のコウモリにおいても最近確認された。

こうした固有種の激減あるいは絶滅はヒトの移動とペット動物の移動によって加速している。このペット動物の中には実に様々な動物種が含まれている。このこと自他最近の現象である。この移動によって本来遭遇しなかった新規病原体にさらされることになったのだ。好ましくな未知との遭遇だ。こうしたヒトの活動が今後低下することは考えにくいので、さらに多数の種が絶滅に向かうであろう。

 

2,006年頃から特に米国で顕著になってきた蜂群崩壊症候群(colony collapse disorder (CCD))である。ミツバチの農業生産における意義は蜂蜜生産よりも花粉媒介者(pollinator)としての役割が圧倒的に重要で、大きな産業的、社会的問題となっている。昨年5月のNatureにミツバチの特集が組まれたが、この時点ではCCDの原因については確固たる記述は見られなかった。しかし現在CCDとダニの媒介するチヂレバネウイルス(deformed wing virus (DWV))の感染が強く関連しているという認識が共有されつつある。これらのダニあるいはDWVがCCDの直接の原因であるという結論は出されてないが、少なくともDWVがCCDの良いマーカーであるという論文は複数出されている。DWVの研究はCCDを解明する上で重要な対象であることは間違いない。

今年の初めに出た論文によると、世界中のミツバチから同定されたDWVの塩基配列を解析したところ、欧州と北米から世界の他の地域にこのウイルスがダニとともに広がっていった様子が明らかになった。

概略を述べたいが、何しろハチ、ダニ、それにウイルスと登場するのが既に3者である。本当はこれにヒトがからむので、登場人物は計4者だ。(実際はさらに複数のハチの種が関わっている。)

ミツバチに寄生するダニがある。今問題になっているのはミツバチヘギイタダニ(Varroa destructor)だ。17ヵ国(32地域)で分離されたDWVの遺伝子解析をおこなったところ、DWV自体はもともと欧州のセイヨウミツバチに地方病的に存在していたことが確認された。最近のDWVの蔓延は、これまで欧州にくすぶっていたものが世界的に拡散するに至ったのだ。このDWV拡散は新たなダニ(V. destructor)の出現と人による欧州や北米からのセイヨウミツバチの移動によりもたらされた。このダニは元からあるV. jacobsoniの自然に生じた変種で、もともとはトウヨウミツバチに寄生していたのだ。なぜトウヨウミツバチのダニがセイヨウミツバチに寄生するようになったのか?

このダニのうち二つのハプロタイプがセイヨウミツバチに適応し、現在はV. destructorの名前でくくられている。この新たな宿主−寄生体関係は、欧州人によるセイヨウミツバチの南アジアへの導入により成立した。(簡単にいうと英国人が自分たちの蜂をインドに持ち込んだわけだ。)V. destructorの清浄地への導入は、その場所に存在するDWVの遺伝的多様性を低下させる。注目されるのはこのDWVの多様性の低下はハチに対する病原性の増強を伴っていることである。さらにこれらのDWVは本来の宿主であるセイヨウミツバチに加え、もう一つのアジアのミツバチの種(Tropilaelaps clarea)やマルハナバチへの適応も果たしている。

これまでに世界の相当広範囲の地域が既にV. destructorとDWVに汚染されてしまっている。世界的にはオーストラリアが清浄地である。ほかにハワイのいくつかの島は汚染されていない。

こうした研究成果から得られる情報は何か? われわれは世界のハチがいかにしてV. destructorとDWVに汚染されてきたかを知った。この汚染拡大にもっとも貢献したのは人によるハチの移動であった。殊に米国に特有の移動養蜂がこのダニの拡散に貢献したという。

今後どのようにしたら汚染の拡大が防げるのであろうか? 脊椎動物と違い昆虫や植物には特異免疫に基づいたワクチンがそもそも適用できない。しかし我が国の研究によると、同じ敷地で飼育されていてもセイヨウミツバチからはDWVが検出されたが、ニホンミツバチからは検出されなかった。したがってこれまでのところニホンミツバチはDVMに耐性であるらしいことが推定される。本当にややこしい。但しこのダニとウイルスをめぐる疫学につてはさらに広範な研究が待たれる。

ミツバチヘギイタダニは少なくとも5種類のミツバチのウイルスを媒介することがわかっているが、これを駆除するためには殺ダニ剤が有効らしい。

(注)ニホンミツバチトウヨウミツバチの3亜種のうちの一つ。