メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Covid-19の今後 (4)

前回から続く)

 

⒋ ADE(antibody-dependent enhancement)がCovid-19で起こるか?

本来抗体は感染を防御するのに役に立つものだ。これは一般的な常識であり、かつ研究者もそのように考えてきた。

ところが特殊なケースで抗体の存在が逆に感染を増強し、重症化を引き起こす場合があることが認識されるようになってきた。これが最初に認識されたのはインフルエンザないしはウマのボルナ病と思われる。近年ヒト感染症でADEが問題となったのはデング熱だ。デング熱発症者の中に少数ながら時に重症化して死亡する患者が存在する。このような劇症型のものをデング出血熱(Dengue hemorrhagic fever)と呼ぶ。これについては一年前に既に記事にしているのでそちらを参照して頂きたいが、以下に簡単に述べる。

デングウイルスには4つの血清型がある。このうちの一つの型のウイルスに感染した場合は、同じ型のウイルスの再感染に際しては感染防御が成立する。ところが、別の型の再感染が起こったときは劇症型になるというのだ。この現象は、共通抗原を持つ別種だが近縁ウイルスの間でも成立する可能性が指摘されていて、その具体的な例として記憶に新しい南米で流行したジカ熱(Zika fever)だ。この場合は先行するウイルスとしてデングウイルスが考えられる。

なぜ抗体がこのような二面性を表すのか、いまだ十分には解明されていないが、複数のメカニズムが存在するらしい。その代表的なものはIgG抗体と結合したウイルスが、抗体のFc部位を介して宿主細胞表面のFc受容体と結合してそのまま細胞に取り込まれるというものだ。その際IgGの特定のサブクラス(IgG3)が関与するときにはADEが引き起こされる、という実験結果が発表されている。IgG3は比較的短期間に血中から消失することが知られている。このことから初回感染からそれほど時を経ずして再感染を受けた時に、こうした劇症型が発症すると解釈されている。

 

問題はコロナウイルスだ。

これまでに広い範囲の動物種にコロナウイルスが発見され、そのうちのいくつかは家畜や伴侶動物に病気を引き起こす。それらの中にネコ伝染性腹膜炎(FIP, feline infectious peritonitis)がある。FIP猫腸コロナウイル(Feline Enteric Coronavirus, FECV)の変異型によって起こるが、未だに謎に満ちた疾患だ。重症の腹膜炎が抗体存在下で実験的に再現されることがわかっている。このADEに関与するのも抗Sタンパク抗体であることが確認されている。

さて本丸のCovid-19だ。PubMedで[Covid-19 antibody-dependent enhancement]で検索すると、既に7報の論文が上がってくる(5月1日現在)。研究者たちがいかにこの問題を危惧、ないし懸念しているかがよくわかる。

この中の一つの論文(総説)では、中国で見られたCovid-19患者の症状の特徴を記載している。それは、重症化したケース、特に死亡例では白血球減少と炎症の持続が見られる。これらは2,003年に流行したSARSの重症化例と同様である。しかしこうした重症化例は武漢のある湖北省以外では高頻度では見られていない。このような違いを説明するのに、過去に感染した近縁ウイルスに対する抗体で引き起こされるADEが有力な仮説であると述べる。

この仮説が出された理由はSARSウイルス(SARS-CoV)について2,005年に出された実験データがあるからだ。そこではヒトSARS患者から分離された3株と、ジャコウネコ(civet)から分離された2株について、ヒトウイルスSタンパクに対する抗体がウイルス感染をどの程度中和するかを調べている。これら5株のSタンパクのアミノ酸配列は同一ではないが、各々の種内では比較的近い関係にある。一方ヒトSタンパクの配列とジャコウネコSタンパクの配列の間には若干の違いがある。ヒト由来ウイルスのSタンパクの抗体(抗血清)を作製し、各ウイルスに対する中和能を調べた(注)。その結果、ヒトSタンパクのウイルスは抗体で中和されたが、ジャコウネコSタンパクのウイルスは抗体により感染増強が起こった。要するに、抗体作製に用いられたのと同一の抗原を持つウイルスをよく中和するが、似ているが異なる配列を持つウイルスに対しては逆に感染を助ける、すなわちADEを起こすことがわかった。これは上に述べたデング熱でみられるADEとよく似た現象だ。

これに続くデータも同様のことを示しており、こうした研究結果はCovid-19でもADEが引き起こされる可能性を予想させる。場合によってはSARS-CoVSARS-CoV-2とが、似てはいるが同じではないことにより、以前SARSの流行した地域でADEが高頻度で起こるかもしれない。

 

仮に実際のSARS-CoV-2の感染に際してADEが起こるとすれば、これはたいへん厄介な話だ。現時点で考えられる留意点を列挙しておく。

(1) 既に広く報道されているように、Covid-19では急激に症状が悪化する例がある。このようなケースへのADEの関与は?

(2) ワクチン開発でのADEへの配慮。

(3) 抗体検査の段階でのADEに関与する抗体の検出。

最重要課題は、臨床経過に従って血中に出現してくる抗体の性格づけをすることだ。これら個々の点についての考察にはさらなる紙面が必要なので、ここではひとまず置いておく。

 

ここで再び抗体検査の問題に戻りたい。

(続く)

 

(注)ここで抗体のウイルス中和能は、SARSウイルスそのものを用いている訳ではなく、各Sタンパクを表面に人為的に発現させたレンチウイルス(pseudovirus)を用いている。Pseudovirusを使うことの利点はいくつか考えられるが、これにより実験に由来するバイオハザードが避けられることが大きい。