メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Covid-19の今後 (5)

前回から続く)

続きを書こうと思っていたら発熱して中断。この時期の発熱は多少の緊張を強いられるので始末に負えない。そうこうしているうちに職場の再開プログラムの第一段階が始まろうとしている。熱は一日で引いたので、続きを書くことにする。

 

⒌ 最初の抗体サーベイランスは意味を成すか?

抗体検査の意味するところと、その課題についてはJohns Hopkins University School of Public Healthから出されているインタビュー動画が簡潔に本質をまとめているのでお薦めしたい。英語だが字幕もついているので理解しやすい。字幕についてゆけない人は再生速度を遅くして見ればよい。

 

そうこうしているうちに、日本で最初の抗体調査の結果が発表された(これも2週間程前の話になってしまったが)。これは既に報道されている通り、大阪市大と神戸大の共同研究で行なわれたものだ。さらに抗体検査キットを開発したMokobio Biotechnology(Rockville, MD)という会社との共同研究となっている。ここで用いられた抗体検出法は比較的新しい方法で”量子ドット法”と呼ばれるものだ。私はこの方法には未だ馴染みがないが、最終的なアウトプットの原理はFRETによるものらしい。これによりあらゆる抗原–抗体反応の検出について回る”洗浄”の過程を省略できる、すなわち検査時間を大幅に短縮できる。量子ドットの特質から検出波長のバンドパスが狭く取れるので、S/N比を高くできるという利点があるようだ。

ここでは大阪市大病院にCovid-19以外で来院した患者の残余血清で、312人中3人が陽性だったという。すなわち1%が感染履歴を持っていると思われた。検出抗原としてはSタンパクを用いているので、一応中和抗体を含む抗体を検出していると思われる。この点については次回また議論したい。

Covid-19は短期間で流行が拡大し、かつ国内では感染率に地域差がある。本日報道された厚生労働省日本赤十字社の調査では、東京で3/500(0.6%)、また東北で2/500(0.4%)となっている。これは献血検体を用いている。但し、この調査の目的は抗体検査キットの評価のために行なったとしている。したがって上の値も最大3検体(東京)、あるいは最大2検体(東北)が陽性だったという書き方になっていて、要は検出キット間で結果に不一致が見られている。抗体検出法の詳細については今のところ元情報にたどり着けていない。

東京と東北ではこれまでPCRで見つかった感染者数は50倍程度の違いがあるので、その差は抗体陽性率にも反映されるても不自然ではない。今回公表された陽性率の僅かな差が信用できるだろうか? あえて理由を探すならば、献血に出向くのは概ねCovid-19と無縁と思っている人々なので、両地域とも不顕性感染者の割合が出てきている可能性がある。これが両地域でさほど差が見られない理由かもしれないが、偽陽性の可能性もある。

いずれにしても、さらなるデータが必要だ。

 

これまで書いてきたことからわかるように、抗体検査においてはとりあえず地域、国のなかでの感染履歴を持つ割合の把握することが目的となる。この目的を達成してゆくために必要なことは、まず検出されている抗体が真に感染後だけに出現することが保証されなければならない。

このことを示すにはどうすれば良いか?

これは比較的単純な話で、ある程度の数のCovid-19患者について、入院時と退院時のペア血清について抗体価を調べてやれば良い。前に紹介した武漢からの論文にあるように感染初期にはIgM抗体が、ある程度時間が経つと(これは10日から2週間が目安)IgG免疫抗体が上昇してくる。だから入院時にはIgMのみが検出されるか全然検出されない、一方IgGは退院時のみに検出される。このパターンが明瞭に出てくれば良い。さらに陰性対照として、SARS-CoV-2に感染していないことが確実な人の血清も加えてやり、これらからはIgM、IgG抗体のいずれもが検出されないことを確認してやれば良い。検体数の目安はとりあえず各群数十検体といったところか。陰性対照としてはSARS-CoV-2の存在しなかったはずの過去の凍結血清を用いるのがベストだ(注)。

感染経過におけるこうした抗体の動態を把握した上で、 既にあまた出回っている検査キットの評価をすれば良い。厚労省の発表では検査キット間にばらつきがあり陽性者数を確定できないというが、それはその通りだろう。すべてのキットが同じ原理、材料でできているわけではないから。中途半端な段階で結果が公表されたことには疑問符がつくが、一応日本では5月初めの時点で0.5%程度の陽性率と仮定してみる。すると全部で63万人程度の人が既に感染したことになる。当然この値は集団免疫にはほど遠い。

しかしこの値から計算される致死率(死亡者数/抗体陽性数)は0.07%となり、これは毎年流行するインフルエンザと同等か、低いということになる。未だ時期尚早ながら、これがCovid-19の正体ではなかろうか?

すなわち、致死率から見たCovid-19は恐れるに足らない。しかしその潜伏期の長さから感染拡大が容易に起こる。しかも現時点では抗体保有者の割合が1%にも満たないことから、放置すればさらなる流行拡大が容易に起こる。さらに発症してからの経過が長いことから医療資源を占有してしまう。その結果、Covid-19のみならず他の一般患者の診療にも不具合が生じている。問題の本質はこの後半部分だと思う。

 

世間では”PCR教”とでも呼べるような固定観念が流布している。中には54兆円をかけて全国民にPCR検査を実施することを主張しいるグループがあるらしい。愚の骨頂である。公的費用の分配はリスクと便益を天秤にかけて行われるべきだが、上に述べたように”日本では”Covid-19のリスクはそれほど高くないのだ(注2)。

社会はあらゆることについてそのリスクと利益を天秤にかけて費用を算出してきたのだ。その代表的例を挙げると飛行機だ。航空機事故の一回ごとのハザードは巨大だ。しかしその確率は驚異的に低いので、これらを掛け合わせた値、すなわちリスクは低い。そのため飛行機の利用は圧倒的に利益が大きい。だから航空機による旅客数は飛躍的に伸びたのだ。同様の考えは、自動車、原発、ワクチン等、社会が利用しているすべての技術システムのバックグラウンドにある。

何によらず、ゼロリスクを追求すると巨額のお金が必要で、それを国民が求めるのは愚劣だ。それを煽るマスコミや政治家(さらには思考停止している学者)には早く退場してもらいたい。

続く

 

(注)凍結検体が使えるのは抗体検査の良いところだ。この凍結は−20Cフリーザーで良い。PCR検査では不安定なRNA検体を用いるので普通は即時反応に供する。もし保存するならば−80Cフリーザーが必要だ。−80の数はどの施設でも多くない。

(注2)こういう人々に共通する心性として欧米のデータ、欧米の言説をありがたがる傾向が強いように思う。日本のデータを見ると欧米諸国に比べて流行拡大のスピードが際立って遅く、このことは一ヶ月以上も前から明らかだ。これは対数グラフで見たときの傾きの違いでわかる。この傾きの違いは一貫して変わらない。むしろ他のアジア諸国との類似性が高い。思考停止は正しい答えを得る上で最大の敵である。