メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Covid-19の今後 (2)

前回から続く)

 

⒉ Covid-19の免疫に関する知見:最初のデータ

SARS-CoV-2のヒトでの感染過程での免疫の成立に関するデータは3月12日号のNatureに掲載された。これは武漢の研究グループから出された論文で、Covid-19の信頼できる最初の報告だと思う(注)。内容はたいへん充実していて、新規ウイルス感染症の最初期の論文が載せるべきデータが最低限揃っている。この研究内容の充実度は中国の医学生物学の高い実力を示すものだと思う。

免疫に関するデータの一部を抽出すると、(1) 発症後7日目の患者の血中抗体を調べたところ、IgM抗体は既に出現しており、その2日後にピークを迎えその後低下する。一方IgG抗体はやや遅れて出現し、10日後(発症後12日)に高い値を示しているが、その後の増減は調べられていない。(2) 患者血清中にウイルス中和抗体が検出された。これらは通常ウイルス感染における抗体応答で見られるのと同様の経過である。

この抗体がどのような抗原に対するものかが重要だ。

実験方法の詳細を読むと、ELISA法でSARSウイルスのRp3 N抗原に対する患者血清中のIgM、IgG各クラスに属する抗体量を測定したとある(注2)。SARSウイルスとは今回のCovid-19のウイルスではなく、2,002-3年に流行した初代のSARSのウイルス(SARS-CoV)である。このRp3 Nというタンパクはウイルスの内部のタンパクである。論文にはアミノ酸配列の近縁性を示すグラフが載せられているが、このRp3 Nタンパクのアミノ酸配列はSARS-CoV-2を含むSARS類縁ウイルスの間でよく保存されている領域だ。本来SARS-CoV-2に対する抗体を検出するためにはSARS-CoV-2ウイルスそのもののタンパクを検出抗原として用いるべきだが。推測するに、著者らはこの論文をいち早く出すために、既に手元にあった(フリーザーの中にあった)SARS-CoVのRp3 Nの標品を流用したのだと思われる。ただしこれは大きな問題ではない。実際複数の患者血清を調べたところ、IgM、IgGとも健常人よりも高い抗体値を示したので、SARS-CoV-2感染では一般的なウイルス感染同様に抗体が産生されることが確認された。

しかし最大の疑問はこうして検出された抗体がウイルスの感染を防ぐ能力(中和能)を持つかどうかだ。上のデータで使われたELISA法ではウイルスの内部に存在するタンパクだ。一般に”中和抗体”はウイルス表面のタンパクを標的とするので、別の抗体検出法を用いる必要がある。

中和抗体を検出するためには、実際に感染が起こるような実験系を用いなければならない。既にCovid-19の発生から時を経ずして中国では細胞培養を用いたウイルスの分離、培養に成功している。培養細胞にウイルスを感染させる過程で患者血清を加えてウイルス感染が阻止されるかどうかを調べれば良い(注3)。この論文ではVero E6細胞のウイルス培養系を用いているが、武漢の患者血清がSARS-CoV-2ウイルスの中和能を持つことを示すデータが示されている。

以上を要約すると、3月中旬に武漢から出されたNatureの論文によって、感染の経過に伴ってSARS-CoV-2に対する抗体、なかんずく中和抗体が産生されていることが示された。これらのデータは、このウイルスの免疫応答に関する最低限のデータセットだ。最初の論文としてはこれで十分であり、希望を持たせる結果だ。

⒊ Covid 19の感染防御抗原とは

話を先に進める前に、SARS-CoV-2の感染防御抗原とはどのタンパクなのかを知る必要がある。

ウイルス中和能を持つ抗体を”感染防御抗体”という。”感染防御抗原”はこの感染防御抗体の標的となるウイルス抗原のことだ。

中和抗体の検出はたいへんだ。これは字義通りウイルス感染の中和を”生のウイルス”を用いて調べなければならない。だから一度にこなせる検体数は限られるし、ウイルス感染のための物理的封じ込め施設を備えた場所でしか実施できない。

次回にコロナウイルス一般の感染の初期の過程について振り返ってみたい。このことは中和抗体に関する理解の助になると思う。

続く

 

(注)一般にNature掲載論文を見るには購読していることが要求されるが、Covid-19関連論文はオンラインで誰でも読むことができるようになっている。

(注2)IgMクラスの実験方法については記載が誤っていると思われるが、私の理解が間違っている可能性もある。

(注3)普通は血清の希釈列を作り、何倍希釈までウイルス感染を阻止できるかということで、血清中の中和抗体の力価として表現する。