メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Covid-19の今後 (1)

約2週間前にCovid-19に絡む記事を書いた。しかしブログの設定変更などの事情のためグラフ付きの文書のアップロードがうまくゆかず、そうこうしているうちに中身が旧くなってしまったので新しく書き直すことにした。

 

かくいう私自身は3月24日から自宅勤務となり、ちょうど1ヶ月が経過したところだ。ここテネシー州シェルビー郡では4月25日現在、感染者数2,001名で郡の人口の約 0.2%、死者数は42名である。もとより在宅では基本的に新データを出す術がないので、もっぱら文献渉猟と過去データからの発掘作業に集中してきた。デスクワークを続けるだけでは不健康になるので散歩をする。この散歩中に一度だけだがアジア人差別に類する被害にあった。しかし暴力を伴うものでもなく、私の心に傷を残したわけでもない。とりたてて騒ぐほどのものではなかった。人の心から差別の感情が完全に消えることはない。有事の際にはこうした差別感情が必ず噴出するのは歴史が示す通りだ(注)。外国で住むためには人との距離感を俯瞰しながらマネージすることが必要なのだ。

さて、日本では緊急事態宣言が出されて3週間近くが経過した。自粛要請から一週間で感染者数の増加が鈍り、さらにその後新規感染者数の減少傾向が見られる。いわゆる自粛によるsocial distance政策はある程度奏効しているようにも見えるが、この減少が始まったタイミングはかなり早い(注2)。この体制を続けるならば新規感染者の発生は徐々に減少していくだろう。しかしそれでは国の経済の破綻を招いてしまう。どのようにして今行われている感染対策を緩めていくかという大問題を解いてゆかなければならない。

 

4月25日現在の日本国内での感染者数を見てみる。これは要するにPCR陽性数だが、Johns Hopkinsの集計によると12,829人である。ざっと1万人に一人ということになる。PCR検査数が少なすぎるので、実数はもっと大きいという批判がある。この批判を考慮してこの数字の10倍を感染者数と仮定する。そうすると約1,000人に一人(全人口の0.1%)が感染歴があるということになる。想定されている基本再生産数R0が2.5とすると、Covid-19の流行が拡がらないために必要な集団免疫は1-(1/R0) = 1-(1/2.5) =0.6 となり、約60%の人々が免疫を獲得することが必要だ。したがって今の社会的経済的制限下での自然感染による集団免疫の成立には、気の遠くなるような時間が必要であることがわかる。一方これを緩めれば集団感染の成立はより短期間で達成される。

問題の焦点は以下のように整理される。

移動制限を緩めて経済活動を再開して感染拡大を受け入れる。しかしこれは患者数の急増をもたらすので医療崩壊を引き起こすであろう。したがって、医療崩壊を起さない方策をとりつつ最大限に感染の拡大を許すということになる。

 

⒈ 抗体検査からわかること

米欧ではCovid-19の流行の実態を明らかにするために大規模な抗体調査が開始されようとしている。目的の一つは感染歴を持つ人々の動態を知ることで、今後の流行の推移を予想すること、もう一つは既感染者の社会復帰をの可能性を探ろうとするのだ。これはその基本に”Covid 19に対する血中抗体を持っている人は、Covid-19に再び感染することがない(すなわち免疫が成立している)”という認識がある。だから抗体保有者から先に”社会復帰させれば”経済活動の再開がスムーズに達成されるという期待が込められている。

抗体検査待望論は要するにこういうことだと思う。

Covid-19の流行で抗体検査を行った最初の仕事はおそらくドイツ(ボン大学)でのものだと思う。これがどの媒体に出された(あるいは出される)のかよくわからないが、とりあえずPDFで見ることができる。内容を要約する。現文はドイツ語だが、Google Translateを用いるとほぼ完璧に英語に翻訳される。日本語でも理解できるレベルに翻訳される。

ドイツ西部、オランダ国境に接するGangeltという人口約 1万2,529人の町がある。ここでは 2月15日にカーニヴァル(謝肉祭)が開催された。これを目当てに多くの人々がここを訪れた結果、地元民が SARS-CoV-2に感染し、その流行は終息していない。この町における流行の状況を把握するために、抗体検査とPCR検査を500人の住民に対して行った。その結果、14%もの住民に抗体が検出された。一方PCR検査で陽性は2%であった。抗体陽性者と累積PCR陽性者の双方から求められた総感染率は15%であった。この新たに求められた感染率15%から致死率(死亡数/感染者数)を算出すると0.37%となった。Johns Hopkinsのデータから求められたドイツでの致死率(死亡数/感染者数[PCR陽性数])は1.98%なので、感染履歴のある人の実数はこれまでPCRで捕捉されてきた数よりも大幅に多いと思われる。

というわけだ。

さらに米国でも、ニューヨークやカリフォルニアでも抗体検査が試みられ、特にカリフォルニアのサンタクララ郡の調査では、PCRで捕捉された感染者の50倍もの人々が抗体を持っていることが明らかにされた。

これをどう捉えるか? もし日本でもPCRで陽性となった人の50倍もの人が感染歴があるとすると12,829 (PCR陽性数) x 50 = 641,450 (既感染数) となり、全人口の0.5%の人々が既感染者ということになる。これは200人に一人だ。さらにこの50倍の感染者数で死亡率を求めると、僅か0.05%と計算される。死亡数/PCR陽性数で計算した従来法での死亡率は2.7%だ。

これを素直に受け取ると、SARS-CoV-2に感染しても大部分は症状を発することなく経過する。発症してもそれなりの治療を受けることにより、ハイリスク群でなければ概ね治る病気であると理解される。巷間よく言われているのは、季節性インフルエンザによる毎年の死亡数を考えるとCovid-19は大した病気ではないということだ。私もそう思う。医療崩壊を無視すればの話だが。

さらに大部分の不顕性感染(inapparent infection)を経た人のかなりの部分が”おそらく”SARS-CoV-2に対して免疫となって、再びこのウイルスの感染を受けるはなく集団免疫の形成に寄与することになるだろうと期待される。

この考えは正しいのだろうか?

続く

 

(注)米国における戦前・戦中の日系人差別の実態を知りたければロスアンゼルス全米日系人博物館に足を運ばれると良い。

(注2)東洋経済のサイトでは移動平均線が出せるので便利だ。