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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

テロメア維持の機構:(5)テロメア姉妹染色分体交換(T-SCE)

 (前回から続く)

T−SCEに限らず、テロメアという特異なゲノム領域を追求する手法には研究者の知恵が込められている。テロメア姉妹染色分体交換(telomere sister-crhomatid exchange、T-SCE)について少し考察したい。

生細胞中のゲノム変異を追求する方法

生細胞のゲノム上での変異頻度を求める実験手技は限られている。古典的にはHPRT遺伝子の失活頻度をもって遺伝子変異率を求めるやり方だ。HPRT遺伝子はプリン体のサルベージ経路の代謝酵素で、この遺伝子が失活していてもふつう培養細胞の増殖には影響しない。そこでHPRTのみによって代謝経路に入って細胞を殺す(自殺基質)ヌクレオチド類縁体(例えば6-thioguanine, 6-TG)を利用することができる。6−TGの代謝産物は細胞内で強い毒性を示すので、6−TG存在下で増殖してくるのはHPRT遺伝子が失活した細胞のみである。このことにより全細胞数(コロニー数)のうち6−TGに耐性の細胞数(コロニー数)の割合を求めることにより変異頻度が求められる。さらにここから得られた6−TG耐性細胞クローンのDNAを解析することによりその際生じた突然変異やDNA修復のしかたが解析できる。

現在は第二次ゲノム時代である。さらにこれがナノポアシークエンシングの登場によって今年のうちに第三次ゲノム時代に突入することが予想される。要するに機能があろうがなかろうがゲノム上のDNAの配列を全て読み込んでしまうことで、全ゲノム上の変異頻が求められるようになてきた(注1)。こうした実験の効率が飛躍的に向上しようとしている。こうなると、上に挙げたような”機能喪失”を手段とした変異頻度の算定は不必要になってゆく可能性が高い。

しかしこうした配列変化を読み取ることに抵抗するゲノム領域がある。それは繰り返し配列である。同じ配列、または同じような配列が多数回繰り返している領域では、それらの関与するゲノム変化を読み取ることは困難である。テロメアはこうした”難しい”領域に属する(注2)。

姉妹染色分体交換(SCE(この項は読み飛ばしても良い)

まずはT−SCEの前にSCE

SCEは相同組み換えによるDNAの修復頻度をうかがい知ることができる手法だ。姉妹染色分体(sister chromatids)とは染色体のDNAがS期で複製されたものが、その後の細胞分裂時に凝縮して観察可能になったものを指す(写真下左)。もともとG1期で1コピーだったものがS期では2コピーに複製されるので、これら姉妹染色分体は”過誤がなければ”全く同じものである。

しかしゲノムDNAは常になんらかの”傷”を負い、そのほとんどすべてはDNA修復システムによって正しく直される。この修復装置の中には本シリーズでたびたび登場してくる相同組み換え(homologous recombination、HR)がある。HRは最も信頼性(fidelity)の高い修復機構であり、特に染色分体どうしでのHRは両者の塩基配列が全く同じなのでその痕跡を残さない。このことは研究者にとっては厄介なことであり、HRが起こったことを識別・定量することはほとんど不可能だ。

In vivoでのHRの検出(他の多くの手法と同じく実際には事後検出)を可能にした唯一の方法が姉妹染色分体交換(sister-crhomatid exchange、SCE)だ。この手法自体は早くも1,956年に開発されている(注3)。しかし組み換えの頻度が安定して計測できるようになったのは改良型が出現してからであった。簡単に方法を言うと、BrdU存在下で二回細胞分裂させた後染色体を調整する。これをHoeschst 33258で染色した上で蛍光顕微鏡化で観察する。これによって染色分体が分染される。さらに改良されて現在ではギムザ染色での普通の顕微鏡下でも観察できるようになった(写真下右)。

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これによって染色体標本上で染色分体間でのDNAの組み換えが検出できるようになった。例えばマイトマイシンCなどの処理によりSCEの頻度が上昇する。SCEはきわめて高感度であり、染色体の構造異常が全くみられないような薬剤濃度でもSCEが上昇していることが多くみられる。このため変異原性試験などにも加えられている(注4)。

テロメア姉妹染色分体交換(T-SCE)検出法の確立

テロメアでも姉妹染色分体交換が起こるはずである。ところが分染されたテロメアの交換の検出は極めて困難である。その理由はテロメアが短く、かつ末端に存在するからだ。

この問題を手法的に解決したのはMichael Cornforthのグループで、テロメア配列のG-rich strand [(TTAGGG)n]とC-rich strand [(CCCTAA)n]の各々を特異的に認識する蛍光オリゴプローブを用いることによって実現した(2,001年)(注5)。これはいわゆるCO-FISHの応用で、Chromosome orientation fluorescence in situ hybridizationの略だ。

テロメアのCO-FISHは簡単に言うと、S期で新たにできた新生鎖を選択的に破壊することによりG-rich鎖とC-rich鎖を区別して染色する。これによりテロメアでの染色分体が分洗される。普通(TTAGGG)6と(CCCTAA)6の配列をもつオリゴヌクレオチドを各々赤と緑の蛍光色素でラベルしてやることでこの分染は可能となる

染色体標本で観察できる染色体はM期のものだ。各染色分体は二本鎖DNAからなっているが、その片方の鎖は直近のS期におけるDNA複製で作られたものだ。こうしてできる新生鎖の破壊は細胞をBrdUとBrdCでラベルすることで可能となる。前者はG−rich鎖に、後者はC−rich鎖に取り込まれる。これらのヌクレオチドを取り込んだDNA鎖は長波長紫外線処理の後にエクソヌクレアーゼ処理すると破壊されてしまう。そこで残った鋳型鎖をFISHで検出する(図参照)。各分体のテロメアは片方が緑、他方が赤のシグナルを発する。これらのテロメア分体間での組み換えが起こると、緑の部分と赤の部分が隣接することになる。これは実際は顕微鏡下で黄色のシグナルとして認識される(注5)。

このようなCO-FISHの手法によってALTでのT−SCEの上昇を明らかにしたのはReddelShayの二つのグループだ(2,004年)。ALT細胞ではテロメア断片が別の染色体に”飛ぶ”ことを述べたが、T−SCEの上昇はALTがHRに基づいた現象であることをさらに示すものとなった。

 

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(テロメラーゼ陽性細胞(HeLa細胞)では対角線上パターンにシグナルが出る(白矢印)。ALT細胞(SAOS2細胞)では高頻度で姉妹染色分体の両方のテロメアにシグナルが観察される(黄矢印)。二色プローブのCO-FISHの写真は手元にはない。)

 

続く

 

(注1)このナノポアシークエンシングのインパクトに関しては近々議論することにする。

(注2)他にはセントロメア、およびその周辺、あるいはrDNAがある。

(注3)これはヒトの正常染色体数が確定した直後のことである。

(注4)”変異”(または”突然変異”)とは、DNAが物質として何らかの傷(損傷)を受け、それらが修復された結果元とは異なる配列としてゲノム上に固定されたものを指す。(したがって仮に変異があっても物質としてのDNAは正常なものである。)SCEはこうした元とは異なる配列や構造を検出するものではないので厳密には”変異”を検出しているわけではない。染色分体間の組み換え現象の頻度を観ているのだ。

(注5)当然G-rich strandを認識するプローブは(CCCTAA)6、逆にC-rich strandを認識するプローブは(TTAGGG)6である。これらを各々Alexa Fluor 488(緑)や555(赤)のような蛍光顕微鏡下で鑑別可能な蛍光色素で標識したものを用いる。

CO-FISHの発明者は私の知る限り、Cornforthグループだと思う。

(注6)実際のオリジナルの方法は片方のプローブだけを用いている。これだと片方の染色分体テロメアしか染められない。分体間の交換があると、両方の分体に同じ色のシグナルが出る。