メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

環状RNAの衝撃

もう三週間前のことになるが、Pier Paolo Pandolfi(Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Stem Cell Institute, Boston)の話を聴いた(10/28)。内容は衝撃的で、まさに未開の荒野を突き進むといった話だった。中身を一言でまとめると、”細胞内に環状RNAが生成し、これが発がんに寄与している”という話だ。10/19記事に続いての”RNAもの”だ。RNAは今すごくホットだ。

筆者は環状RNA(CircRNA)で想起したのは環状DNAであった。環状DNAはゲノム上の繰り返し配列が細胞の相同組み換え機構によって切り出されて染色体から出てくる現象で、ある種のゲノム不安定性と捉えられている。しかし今回の環状RNAは繰り返し配列の関与はあるが、全く素性の異なるものだ。

CircRNAはmRNA前駆体がスプライシングされる過程で、一つのエクソンに続いて前の(5’側)エクソンが出現することによってできる。子犬が自分の尻尾を追いかけて廻るような感じだ。これが異常なスプライシングによるものかどうかは議論の分かれるところで、いわゆるオルタナティブスプライシングもかなり確率的な現象であると捉える向きもある。

CircRNAは正常細胞中で作られているが、Alu配列の存在により促進される

Pandolfiらの仕事に先行する論文ノースカロライナ大学(University of North Carolina)から2,013年に出されたもので、ヒト繊維芽細胞に見出される環状RNAの配列を決めたものだ。そこでは環状RNAを濃縮するために、RiboMinus kitリボソームRNAを除去した上で、さらにエクソヌクレアーゼ活性を持つRNaseRで直鎖状RNAを消化した。残ったRNA塩基配列をIlluminaで決定したのだ(注1)。その結果あるエクソンの下流に先行するエクソンの先頭が出現するようなものが得られ、これをCircRNAと同定した(注2)。単一エクソンでからでもCircRNAができることもある。

これらのCircRNAは細胞内では同じ遺伝子から転写された直鎖RNA(mRNA)よりも安定であった。さらに興味深いことに、二つのイントロン内に逆向きのAlu配列が存在する場合はCircRNAがより多く産生された。

こうした逆向きの繰り返し配列が一本鎖RNA上にあると容易に対合して二重鎖となり。その結果、巾着型の構造を作る。そのため本来近傍にはないスプライシングドナー(SD)とスプライシングアクセプター(SA)が近づいてしまう。その結果、スプライシングの着地点が先行するエクソンになるのだ。こうした”異常な”スプラシシングの結果できるRNA配列をbackspliceと呼んでいる。この過程を視覚的に分かりやすく示した図が論文中Fig. 10に出ている。

この論文によって正常細胞内での環状RNAの存在は確定したといってよい。

白血病細胞の転座遺伝子からできるCircRNA(F-CirRNA)

Pandolfiの話に戻る。

彼らの興味は特に染色体転座に際して生じるCircRNAの腫瘍発生における役割だ。この講演の中身は今年Cellに出された論文に出ているので筆者はそれに当たった上でこの記事を書いている。

がん細胞(特に白血病細胞)では融合遺伝子を生み出すような染色体転座が往々にして認められる。こうした融合遺伝子(およびその産物である融合タンパク)は腫瘍発生にポジティブに寄与する(注3)。だからこうした”がん特異的染色体転座”のがん化機構はもっぱらこれら融合タンパクの発現によるとされてきた。

ところが、染色体転座は往々にしてAluのようなゲノム上に散在する繰り返し配列が近傍に出現することを許す。そのため正常細胞よりも多量のCircRNAが作り出される可能性が考えられたのだ。

白血病細胞の転座遺伝子から作られるF-CirRNAはがん細胞の性質に寄与している

Pandolfiらは融合遺伝子に由来するCircRNAを特にF-CircRNAと呼んでいる。この論文では急性前骨髄性白血病(APL)でよく見出されるPML/RARα融合遺伝子からF-CircRNA(F-CircPR)が作られていることを患者細胞で示した。他に急性骨髄性白血病(AML)で見られるMLL/AF9融合遺伝子からも、F-CircRNA(F-CircM9)が作られていることを細胞株で明らかにした。最初の解析として、これらF-CircRNAの腫瘍原性への寄与を明らかにする一連の実験を試みた。

まず細胞内でCircRNAを発現させるために実際にF-CircRNAで見られたエクソンとそれを挟んだイントロン二つをを持ったレトロウイルスベクターを作って細胞に導入した。最初にこれからできる環状RNAの存在を確認した上で、不死化したp19Arf-/-マウス線維芽細胞でCircRNAを発現させた。その結果細胞はベクターのみを導入された細胞に比べて高い増殖能とフォーカス形成能を獲得していた。これらは要するにがん化した細胞の特徴だ。この段階ではF-CircRNAによるこれらのフェノタイプ(すなわちcellular transformation)が真にF-CircRNAによるものかは不明であった。同時に発現している直鎖RNAに起因するかもしれないからだ。この最も重要なポイントは、F-CircRNAのみを壊すようなshRNAを発現によってフェノタイプが消失することで証明された(注4)。

F−CircRNAは転座タンパクによる腫瘍原性を促進する

次いでHSC(造血幹細胞)にF-CircRNAを発現させたときに白血病ができるかどうかを調べた。マウスHSC(KLS−cells、これは全く正常な細胞群)にF−CircM9を発現させて、これをメチルセルロース中でのコロニーアッセイに用いた。その結果、血液細胞の分化、増殖には全く影響がなかった。さらにこれら細胞をγ線照射したマウスに移殖して、3ヶ月間観察した。しかしマウスは特に白血病を発症するものではなかった。したがって、F-CircRNA単独の発現だけでは白血病形成には十分でないものと判断された。

もともとF-CircRNAは元の転座融合遺伝子がゲノム上に存在するときのみにできる。さらに転座融合遺伝子はそれ単独の導入で白血病を作らせることができる。そこで次の疑問は、F-CircRNAが転座融合遺伝子(タンパク)で引き起こされる白血病形成を促進するか否かということだ。

そこでHSCにMLL/AF9のcDNAを発現させた細胞(これらはGFP陽性となるように仕組んである)をソーティングで集め、これをγ線照射したマウスに移殖した。このような細胞はpre-leukemic phaseになることが既に確立している。移殖後2ヶ月でマウスは白血病を発症し始める。これを土台にして本実験を試みた(注5)。

発症したマウスからGFP+細胞をソーティングし、これにF-CircM9を発現するベクターを導入する。ここではF-CircM9陽性細胞がdsRedを発現するように仕組んでいる。対照として、空ベクターとF-CircM9-Mutを発現するベクターを並べて用いている。後者はback splicingが起こらなくなるようにSDの配列に塩基置換を加えたものだ。この場合はF-CircM9が形成されない。再びdsRed+細胞をソーティングし、それらをin vitroとin vivoの実験に用いた。

結果を要約すると、F-CircM9はMLL/AF9によるin vitroでの細胞増殖と、コロニー形成能の効果を増強することがわかった。対照として用いたF-CircM9-Mutは同様の効果をもたなかった。だから環状RNAが確かに寄与していることが明らかである。

F-CircM9がIn vivo白血病系性能に寄与しているかどうかを明らかにするために、in vitroの実験で用いたのと同様の細胞500個を用いた。これは比較的少ない細胞数である。γ線照射したマウスに移殖して、3週間後にマウスを殺処分した。その結果、F-CircM9はを発現している細胞のほうが、対照に比べてより多くの白血病細胞が脾臓と骨髄に認められた(注6)。

以上のことから、MLL−AF9融合タンパクを発現している細胞ではF-CircM9の発現が白血病形成に寄与していることが結論された。

F−CircRNAは白血病の薬剤感受性を低下させる 

F-CircRNAが白血病形成を促進する事実だけでも十分エキサイティングだ。しかしPandolfiらはさらに、F-CircRNAが白血病細胞の化学療法剤への耐性を賦与するかどうかを調べた。この点は無論がん治療においては重要な性質だ。(但しこの疑問が論理的必然に導かれているわけではなく、トップジャーナルに掲載させるために苦闘した結果だと思う。)

この疑問に答えるために、上述のHSC [MLL/AF9]を用いた。白血病治療に用いられている三酸化ヒ素(ATO)で細胞を処理した後に、in vitroのコロニー形成能と細胞増殖を調べた。その結果、F-CircM9を発現している細胞はコロニー形成、増殖とも対照(空ベクター)に比べると旺盛であった。

同様の結果は別の実験系、すなわちK562細胞にF-CircM9を発現させた上でAraC処理した際にも観察された(注7)。したがってF-CircM9を発現している細胞は化学療法剤にin vitroで耐性であるが判明した。さらに上述のマウスの実験系により化学療法剤への耐性はin vivoでも起こっていることも確認された。こうした化学療法剤耐性の機構の解析はこの論文では全く不十分だが、F−CircRNAがアポプトーシスを抑えているといったデータを付け加えている。

論文のDiscussionの最後にはおきまりのように今回示したF-CircRNAの生成、または活性を阻害することによって、新しいタイプのがん治療が可能になるかもしれないと述べる。しかしこれは道遠しであって、今回はF-CircRNAの白血病形成における意義が明らかにされたことで十二分と思う。

次のステップは、このようなF−CircRNAの白血病形成促進能のメカニズムの解明ということになる。これをどう攻略するかを考えることはとても良いトレーニング(頭の体操)になる。私も体操中だ。

 

最後になるが、Pandolfiとは20年近く前にお話ししたことがあるが、当時はいかにもスマートでシャープな研究者(あるいはビジネスマン)という印象であった。しかし彼も年齢を重ねてある種の重みを醸し出していた。しかし仕事の中身はたいへんチャレンジングだ。

 

(注1)このプロセス全体を"CircleSeq"と呼んでいる。細胞内のリボソームRNAは量で他のRNA種を圧倒しているので常に問題となる。

(注2)最終的に環状RNAであることの確認は、RT−PCRおよびノーザンブロットとRT−PCRを組み合わせることによって行っている。

(注3)このような染色体転座は代表的ながん遺伝子活性化のメカニズムの一つ。

(注4)具体的にはback splicingで生じる環状RNA上に生じる繋ぎ目の配列を攻撃するように設計したのだ。こうした実験には未だにsiRNA(あるいはshRNA)法がはなはだ便利だ。

(注5)白血病細胞を移殖する際には、骨髄などにある血液系細胞の数を減らすことにより移殖細胞のニッチを作ってやる。γ線照射はそのための有効な手段だ。

転座融合タンパクの発現は転座遺伝子のcDNAを導入することによるので、いわゆるback splicing起こるためのエクソン/イントロン構造は存在しない。だからこの操作によってF-CircRNAは生じない。 F-CircRNAに関してはこの点で”きれいな”実験系と言える。

(注6)血液系細胞のin vivoでの増殖能の比較は、2群の細胞を同数に揃えて混合した上でマウスに静脈注射してやることが多い。各群の細胞はマーカーを検出することでその比率、すなちどちらが優先的にin vivoで増えたかがわかる。幹細胞としての能力を調べるときにはこれをcompetitive repopulation assayと呼ぶ。今回の研究ではこうした厳密な比較の方法が用いられているわけではない。こうした競合的アッセイは、微妙な比較を試みる際に大変有効である。

(注7)これは論文著者ら自身が指摘していないポイントだが、K562細胞はBCR-ABL転座(t(9;22)(q34;q11))を持っている慢性骨髄性白血病(AML)細胞株だ。F-CircM9の元であるMLL−AF9転座とは配列が異なる。すなわちheterologousである。これから言えることは、がん細胞における環状DNAの存在は、転座を起こしている遺伝子座以外に由来するものでも良いということだ。このことからF-CircRNAの発がん促進における機序が推定されるが、ここでは深入りしない。これも頭の体操。