メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

CRISPR/Cas9に関するUSDA(米農務省)の決定

CRISPR/Cas9を用いて作出された植物に対する米国農務省(USDA)の態度が公表された。

これはAgaricus bisporusというキノコに関するものである。どこのスーパーにもおいてあるキノコで、common white button mushroomとか呼ばれている普通の食用キノコである。買ってきて冷蔵庫に入れておくと数日で褐色に変色するので調理に使えなくなってしまう。 こうした褐変化(browning)にはpolyphenol oxidase (PPO)という酵素が関与している。ペンシルバニア州立大(Penn State Univ.)の植物病理学者Yinong Yangは6つあるPPOの一つをCRISPR/Cas9を用いて失活させた。その結果PPOの活性が30%低下したキノコを得た。褐変化はキノコにできた小さな傷から始まることが多く、そのための収穫は手作業で行う必要があった。褐変化が防げれば廃棄食物の量も減らすことができる。さらに得られた新品種は機械による収穫を可能にすると期待されている。

先週USDAはこのCRISPR/Cas9によって作られたキノコを規制対象から外すことを明らかにした。(USDAがYangに宛てた通知の手紙がなぜかネット上で見つかる。)

USDAは先行する他のゲノムエディティング法、つまりZFNとTALENを用いて作出された植物についてはすでに審査の対象外にした例がある。こうしたエディティングによる新しい作物を審査対象外にする主な理由は、それらが異種生物やベクターのDNA配列を持っていないことだ。これらの品種はゲノム上の配列が欠失しているか、または短い配列が挿入されているだけである。したがって、こうしたゲノム上の変化は自然界でも(きわめて低頻度ながら)起こりうると考えられる。

自然に出現したゲノム変異を“模倣した”ものとして、以前筋肉量の増量したブタの作出の例を紹介した。このブタのモデルは自然に農場で出現した品種、ベルギー青牛(Belgian Blue Cattle)である。このウシでは胎児発生の途上で骨格筋の発達を抑制する遺伝子があるが、これの遺伝子中に欠失変異が自然に起こっていることがわかっている。この失活変異と同様の変異をTALENを用いてゲノム中に導入したブタが中国で作られた。(これもまたリバーステクノロジーの類だが。)結果得られたブタの新品種は筋肉の量が多い以外には普通のブタと違いはない。ベルギー青牛の筋肉が普通に食用に供されている以上、このブタの新品種の安全性については疑問の余地がない。

最初のキノコのニュースを報じたワシントンポストによると、GMOの安全性の認識に関して興味深い傾向を紹介している。普通の人々(非科学者)では半数を越える人々がGMOには不安を感じている。一方科学者は90%近く が安全であると考えている。これは大きな違いだ。この違いは対象に対する理解度を反映していると思われる。

当のワシントンポスト自体はGMOやCRISPR/Cas9で作出された生物の社会的許容に関しては特定の態度を表明しているわけではない。研究者は自ら培った科学的知識と、それに基づいた判断能力によりある程度自信を持って判断を下すことができる。しかし一般の人々はこうした判断の基準となる知識を持ちあわせていない。彼らの知識の元は主に報道によるものである。しかし報道機関もこうした科学的知識を豊富に持っているわけではない。だからこの点において一般消費者とあまり違いはないのだ。何よりも科学的知識を持っていうことが疑わしい人々が重要なポジション(デスク、その他)にいて記事が世に出るための関門を仕切っているのだ。

何度も書いているが、分子生物学の基本知識に基づいたモダン生物科学を理解するためのリテラシーが社会の各分野(科学者、報道機関、行政その他)で共有されることが重要だと思う。

最初のキノコに話を戻すが、これが実際に商業用に栽培可能になることは確定していない。実際こうした改変生物を審査する連邦政府機関はUSDAに加え、FDAEPAがある。これらの機関が独自の基準のものとに審査を行い、認可しなければそこで終わりである。このことはUSDAがYangに宛てた手紙の最後に記載されている。今回の決定でUSDAは一応の基準を示した。(すなわちCRISPR植物は審査の対象外とする基準である。)今後奔流のように同様の作物(及び動物)の改変がなされるであろう。尤も州ごとの規制という厄介な関門が残っている。これが米国のややこしいところだ。

今回は米国の規制当局の動きを書いてみたが、欧州の米国よりも慎重である。これについては以前の記事をご覧頂きたい。