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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ヒト-有蹄類キメラの作出:最初の試みの中身と背景

昨年移植用臓器のソースとしてヒト-有蹄類のキメラの可能性を探るような研究が計画されていることを書いた。昨年夏こうした研究に対する米連邦政府機関からの研究補助金の交付にゴーサインが出た。

 

先月のセルにこの流れの仕事では初めての論文が出た。タイトルは "Interspecies Chimerism with Mammalian Pluripotent Stem Cells"。ヒト細胞と有蹄類細胞による異種間キメラ作成に関する内容で、主にマドリードの複数の研究機関が主導した研究だ。論文に付随する記載から研究組織、資金源に関する情報もある程度は読み取れる。こうした意味でもこの論文はたいへん興味深い。この論文はたくさんのメディアに取り上げられているが、一例としてBBCのものを挙げておく。以下の私の紹介とは異なる視点での議論がなされているので参照されたい。

以下、この論文の内容の要約。

ラット→マウスのキメラ

既にげっ歯類どうしの異種間キメラの研究は進められているが、この論文でも最初の部分ではラット−マウス間でのキメラ形成のデータが出されている。それらの要約は以下のとおり。

⒈ ラットESC(胚性幹細胞)、iPCSはいずれもマウス胚盤胞に注入するとキメラができる。異なる四つの細胞株でいずれも移入細胞が約20%の割合でキメラができた。

⒉ ラットは胆嚢を持たない動物種だが、注入されたラット細胞からマウス体内で胆嚢が形成された(注1)。ラット幹細胞自体に胆嚢を作る能力が無いのではないことが示された。著者らの言葉では胆嚢形成はそのためのニッチがあれば良いということになる。

⒊ CRISPR-Cas9を用いた種間相補システムによる器官レスキュー

様々な器官についてそれらが正常に発生するために必要な遺伝子が同定されている。このような遺伝子を欠損させると器官形成不全でマウスは致死となる。こうしたマウスにラットのPSC(pluripotent stem cell)細胞で相補することにより個体を生存させるシステムを試みた。CRISPR-Cas9を受精卵に注入し器官形成に必要な遺伝子を欠損させた上で、胚盤胞に進んだ段階でラットのPSCを注入する。

この方法で試した遺伝子は、Pdx1膵臓)、Nkx2.5(心臓形成)、Pax6(目、鼻腔、嗅脳その他の形成)で、これらすべての遺伝子でレスキューが成立した。但しこのうち成個体が生存するまでのレスキューが認められたのはPdx1のみ。

マウス→ブタ、ラット→ブタのキメラ

げっ歯類のナイーブPSCが非げっ歯類動物とキメラを作れるかどうかは知られていなかった。マウスiPSCまたはラットESCをブタ胚盤胞(blastocysts)に注入した上で代理親(偽妊娠)ブタの子宮内に移植した。これを胎齢21−28日のタイミングで取り出して胎児の生育とキメラ形成の有無を調べたところ、いずれの場合もキメラ形成は確認できなかった。のみならず約半数の胎児では生育遅延が認められた。

少なくとも今回の条件ではマウス、ラットのPSCからはブタとのキメラはできなかった。

ヒト→ブタ、ヒト→ウシのキメラ :内部細胞塊への参入(着床前キメラ)

次いでいよいよ有蹄類を土台にしたヒト細胞の異種キメラの試みだ。ヒトのiPSC(hiPSC)をブタなどの有蹄類の胚盤胞に導入するわけだ(注2)。これにより有蹄類の体内でヒト臓器を作らせるための基礎データを得ようとする(注2)。

この目的のために線維芽細胞に由来するヒトのiPSCを5種類得た(注3)。これらはナイーブPSC、プライムドPSC、それにそれらの中間の性状のものであった。これらのiPSCをブタ、またはウシの胚盤胞に注入した(注4)。注入したヒト細胞が胚盤胞の宿主の内部細胞塊(ICM)に合流し、ホストのエピブラストと共存するかどうかを見ようとするのだ。エピブラストは後に胎児の全て部位になる細胞群である。

ウシ胚盤胞へhiPSCsを注入した2日後にヒト細胞が存在するかどうか、すなわちキメラになっているかどうかを分析した。その結果、ナイーブPSCと中間型PSCからはICM内でのキメラが形成されたが、プライムドPSCからは作られなかった。これらのキメラ内のヒト細胞は未分化細胞のマーカーであるSOX2を高い率(70−90%)で発現していた。この段階のICMは概ね未分化なので、これは良い兆候だ。

ヒト→ブタのキメラ :着床後のキメラ維持能

上の実験で着床前のキメラ形成能が確認された4種類のhiPSCについて、長期間のキメラ維持能を調べた。これが本当にやりたいことだ。上と同様の方法で培養hiPSCsを胚盤胞に注入した後、代理母ブタの子宮内に移植する。21−28日齢の胎児を取り出して、ヒト細胞の存在を調べる。このような流れである。

実に膨大な量の実験をこなしていることがわかる。計41頭の代理ブタが各々30−50の胚を移植された。一つの胚盤胞は10個のhiPSCを注入されている。これに用いられた胚は計2,075個だ。41頭中妊娠が成立したのはわずか18頭であった。胎齢21−28日に回収されたのは186胎児であった。したがって移植された胚のうち着床が成立したのは10%に満たない(注5)。

着床率そのものではなく、キメラの形成率はより重要である。着床した胎児のほぼ半数が生育遅延を示し、サイズが小さかった。正常サイズの99胎児中17胎児ではSOX2の発現が認められた。一方小さい87胎児中50胎児がSOX2陽性であった。SOX2は多分化能のマーカーである。

一方特異的マーカーによる免疫染色により、ナイーブなhiPSCからは各細胞系統の分化がうまくいっていないことがわかった。一方中間型からは種々の細胞系統の分化が起こっていた。前述の通り、プライムド型からはキメラそのものが形成されていない。

 

以上をひとことでまとめると、ヒトのPSCsをブタ胚に注入してブタ子宮に移植すると、少なくとも着床後もキメラを維持している。これらキメラのヒト細胞は幾つかの分化マーカーを発現している。

しかしこれがラット→マウスの膵臓のように、器官全体を作れるかどうかは今回の結果からは結論することはできなかった。

こういうことだと思う。

本研究の含意

繰り返すが、この論文はヒトの幹細胞を有蹄類の胚に注入し、さらにそれを子宮に移植してキメラを生育させた最初の仕事である。しかし著者らの考察では、そのこと自体を喧伝しているわけではない。むしろ複数のパラグラフを使ってラット→マウスキメラについてこれまで得らている知見と比較して細部の考察を加えている。

ヒト臓器の供給源としては主にブタやヤギが考えられている。これは主に臓器のサイズが近いことが理由である。しかし一方妊娠期間も相当に異なる。これは胎児発生のスピードの違いを反映しているので、あまりにサイズの違った動物同士ではキメラ形成がうまくゆかない可能性が考えられていた。実際のデータはこれを裏付けるもので、マウスまたはラットとブタのキメラの作成はできなかったが、一方ヒトとブタのキメラは作成可能であった。そうしたキメラ形成のしやすさは種どうしの系統的近さを反映しているのだろうと述べている。

いずれにしても、おそらく臓器移植のための異種間キメラが実現するとしたら、ブタがその宿主として用いられることになるのだろう。 しかし今回のデータを素直に読むと、移植用臓器の供給源としてこのヒト→ブタキメラを用いるアイデアの実現にはまだまだ道遠しと言わざるを得ない。

研究組織、研究資金

この野心的、かつ大規模(著者37名)な研究プロジェクトがどのようにして実施されたかについて知っておく必要がある。といっても現実的には論文の最後に載っているAuthor contributions(著者の役割)とAcknowledgments(謝辞)の記載から読み取るしかないが。

既に冒頭に書いたように、米国ではヒト細胞を含んだ異種キメラの作成には政府機関から研究補助金の交付が凍結されていた。これが解除されたのは昨年(2,016年)夏である。この論文が投稿された日付をみると、2,016年の2月である。ということは、NIHなど連邦政府の補助がない状態で行われたとみられる。

有蹄類とは要するに家畜だが、これらの研究は畜産学領域でなされている。この研究にもカリフルニア大学デイヴィス校(UCD)の畜産学(Animal Science)のグループが加わっている。Author contributionsにはこのUCDの人々がブタとウシの実験を実施していることが明記されている。一部の細胞培養はマドリードで行われている。全体の研究デザインとヒト細胞の培養は主にソーク研カルフォルニア)で行われたようだ(注6)。

この論文で家畜の実験が行われたソーク研とUCDの研究者への研究補助金を謝辞の記載から拾い上げると、米連邦政府のグラントは記載されていない。そのかわり複数の民間財団からの資金が出ている。私自身はこれらの財団の性質については今のところ把握していないが、ここに大きな問題がある。米国ではNIHなどの政府グラントがなくても独自に資金とポジションを確保すればいかなる研究も”法的には”可能なのだ。

 

(注1)胆嚢を持たない哺乳動物は他にも存在する。例を挙げるとウマがそれにあたる。胆嚢は不規則な摂食行動と関わっているとされる。たまにありついた獲物を消化するために胆汁を一時的に消化管内に放出することが必要だ。その貯蔵場所として胆嚢ができたというわけだ。ウマのように常に草を食べているような動物種には胆嚢は必要ないという解釈である。私自身も胆嚢を摘除しているが、日常生活には全く支障がない。どうやら現代人的生活様式にも胆嚢は不要であるらしい。

(注2)逆の実験(ブタ、ウシ→ヒト胚盤胞)はヒト子宮内に胚移植することが含まれているので人体事件そのものだ。これは到底実施不可能であるし、実施するメリット(目的)が存在しない。

(注3)このヒトPSCの作り方は実験方法のキモの部分だが、残念ながら私は十分に評価できるだけの知識を持ち合わせていない。興味のある方は原文に当たっていただきたい。

(注4)ブタの場合、人工授精(IVF)を行うと多精などの問題が頻繁に起こるので、電場をかけてやることにより単為生殖(parthenogenesis)を開始させてやる。これで胚盤胞を得ている。ウシの胚盤胞IVFにて得られたものを用いている。この際透明帯(zona pellucida)をレーザーによって除去することで胚盤胞の生残性を向上させている。受精後7日後にhiPSCを注入している。

(注5)このような妊娠成立率はブタ一般でどの程度かは元資料に当たっていないのでここでは評価できない。全体のプロセスにおける各ステップの効率は移植用臓器の供給時には大きな問題となるであろう。

(注6)ソーク研の日本人も複数含まれているが、基本的にこの研究グループはスペイン語話者を基本にした人的組織だ。世界的にこうした言語を媒介とした共同研究が盛んに行われている。この点日本は少々不利である。