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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

NIHは”動物−ヒトキメラ研究の凍結”を解除する:科学の倫理的問題の取り扱い

先週(8月4日)、NIH(National Institutes of Health) は昨年9月に凍結していた”ヒト–動物キメラ作成実験への研究助成”を解除する方針を発表した。同日、米国メディアもこれを報じている(NPRNYTScienceの記事)。

この件に関しては昨年10月にNIHの”凍結(moratorium)”の決定後に記事を書いた。その直後の11月にはNIHはこの”ヒト–動物キメラ”実験の取り扱いについてワークショップを開催した。このときの議論をふまえて出てきた結論が今回の発表である。今後、30日間このNIHの案が公開され、広く意見を求めた上で最終的な指針が決定される運びとなる。

生命科学の諸領域におけるNIHの研究助成における指針は、研究者にとってはたいへん重要な意味を持っている。NIHの指針を逸脱するような研究プランにはグラントは交付されない。この仕組みよってアカデミアに所属する研究者の研究内容が倫理的にみて穏当なものとなる。これまで生命科学領域における新領域はこうした仕組みよって倫理性、安全性が保証されてきた。(注1)

この”ヒト–動物”キメラを作ることの研究上の意義は以下の二つ。

(1) 特定のヒト臓器、組織を他種動物体内で作らせ、これを用いてヒト疾患の病理発生の機構を解明する。

(2) こうして得られる臓器をヒトの移植医療に用いる。

(1) に関しては、とりわけ精神科の医師/研究者が渇望している。精神疾患の実験的研究はヒトを対象にしている限り大きな限界がある。そこで”ヒト型脳”を持った動物を得ようとするのだ。

(2) に関してはその意義は理解しやすい。現状のようのうな脳死患者を待ち、移植コーディネーターの指示に従って摘出臓器をヘリコプターで運ぶ、といった状況から脱することができる。さらに臓器ならびに人身売買への対策にもなる。各種HLAの臓器を持っている動物個体を取り揃えておくことで、よりスケジュール化された移植医療が実現できるというわけだ。患者個々人のiPSに由来する臓器をこれで作ることができる。少し気が早いが、再生医療と移植医療の融合と言えようか。(注2)

”ヒト→動物キメラ”的実験は既に盛んに行われている。それはヒトがん細胞をマウスで維持する異種移植(xenograft)だ。この場合は移植したがん組織を放置すれば、ホストのマウスは死んでしまうので、こうしたマウスが生き続けて”異形”を晒すわけではない。今回の問題は分化能を持った正常ヒト細胞を動物個体に入れようとするわけだ。

一方NIHは逆方向の実験、”動物→ヒト”の実験についてはより厳しく制限する方針である。これはヒト胚の操作を厳しく制限しているNIHの全般的傾向と一致している。こうしたNIHによるガイドラインの作成は研究者にとっても良いニュースである。なぜならば、これまで研究者は一体どのような実験が許され、何が許されていないかがわからず、実際の研究に踏み出せなかったからである。

 

(注1)ここで記載したようなNIHの意思決定の過程で、必ず先行しているのは科学者自らの、または米国科学アカデミーのような民間団体の主催する会議だ。1,975年のアシロマ会議では科学者主体の議論が行われた。昨年は米・英・中の科学アカデミーの共催で、ゲノムエディティングのヒトへの応用の倫理的側面が議論された。こうした議論の内容を受けてNIHが素案をつくるのだ。

きわめて健全なやり方だと思う。

(注2)少し考えればわかるが、この問題は言うほど簡単ではない。そもそも動物体内でできたヒト臓器をヒトに移植する際の科学的、技術的諸問題が熟考されているわけでは全くない。

 

追記 8/8/16

日本における”脳死”概念の受容がうまくいっていないことを鑑みると、こうして作られたキメラ由来の臓器を移植に用いるのは良い方法かもしれない。このような研究は日本でこそ必要かもしれない