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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

アジア人はマダガスカルのどこまで行ったか?

変なタイトルになったがヒトの移住の考古学の話である。

以前米国で栽培されている米はどこからもたらされたかという記事を書いた。カリフォルニアには中国系や日系の移民がいるので、稲の起源はアジアではないかと思うのは自然だ。しかし米国での稲作発祥の地はサウスカロライナ州チャールストンの近郊の湿地帯(ジェイムズ島)とされ、これは17世紀末のことだ。米国での主要な品種であるアメリカ長粒種(American long grain)はマダガスカルからもたらされたとされている。この品種は200年の歳月をかけて南部諸州に広がっていった。但し、稲はマダガスカルから来る以前からアフリカ大陸から奴隷とともにもたらされたという話もある。しかしアフリカ大陸で栽培されているもの(Oryza glaberrima)と、アメリカで広く栽培されている長粒種(Oryza sativa、長粒種の品種はすべてもともとはアジア起源)とは遺伝的には異なる。だから米がアフリカ大陸とマダガスカルの両方から導入されたとしても、現在まで産業的に生き残ったのはやはりマダガスカル米である。

マダガスカルという島はいろんな意味で興味深い場所だ。ジュラ紀後期にアフリカ大陸から、また白亜紀後期にインド亜大陸から切り離されたので、生物種がアフリカ本土とは違い独自の進化を遂げている。例えばいずれも絶滅種だが、飛翔できない大型の鳥とか、体重150 kgのlemur(サルの種類)である。これはオーストラリアでの独自の進化とやや似ている。しかしそこに棲む人々はどこから来たのか? 遺伝学的分析によるとマダガスカルの人々には、アフリカ大陸と東南アジアの双方からの遺伝子の流入がある。言語的には主にいわゆるオーストロネシア語族の言語と、これにバントゥー系の言葉が混じっている。要するに東南アジアとアフリカ大陸の両方から来たのだ。オーストロネシア語族は台湾に起源があるとされているが、驚くことに台湾先住民はもとより南太平洋全域のとてつもなく広い地域で話されている。その東の端は南米チリからわずか3,800 Kmしか離れていないイースター島である。西の端がマダガスカル島なのだ。この島はアフリカ大陸から400 kmしか離れていない。言語の詳しい分析によると、マダガスカルの言語はボルネオ島南部の言葉と最も近いのだそうだ。マダガスカルインドネシアとの類似性を示すもうひとつのものは栽培植物である。マダガスカルでは人々は米を食べる。しかも米を“主食”として食べ、それに加えて“おかず”を一緒に食べるという。これは日本などの一部のアジアの食生活とよく似たスタイルだ。このインドネシアからの人と米の移入は数次に亘って行われたらしい。

しかし意外なことにマダガスカルにおける東南アジア系の移住を示す考古学的証拠はこれまで得られていなかった。

今年オーランド(フロリダ州)で開催された米考古学会で、マダガスカルでのアジア人の足跡に関する興味深い発表がなされた。そこでは米以外の栽培植物に着目してアジア人の到達した先端(フロンティア)を決めたというのだ。これはNicole Boivin(Max Planck Institute, Leipzig)のグループの仕事だ。 そこでは紀元700年から1,200年にかけてオーストロネシア系の人々の移住の波があったことを示している。その証拠としてオーストロネシア系の人々に特徴的なパン屑が見つかった。注目すべき新知見はこうしたアジアからの移住はマダガスカル島にとどまるのではなく、さらにアフリカ大陸に近い島嶼コモロ諸島)にまで及んでいたことだ。Alison Crowther (University of Queensland)はこのコモロ諸島が東南アジア食文化の最先端であると結論付けた。彼女らはアフリカ大陸、マダガスカル、これに島嶼部、計20箇所にて 計2,400の植物の遺残物を採取した。このうち43サンプルの穀物を放射性炭素法にて年代を決定した。これらの結果アフリカ大陸とコモロ諸島に明確な境界があることがわかった。アジア由来民族の移住はやはり紀元700年から1,200年にかけて起ったことが示された。

興味深いことに約千年あるいはそれ以上前にインド人やアラブ人商人が東アフリカとインドの間を往復していたことがわかっている。にもかかわらずインドに特有の食物の遺残物は見つかっていない。同様に紀元700年以前のヒトの移住を示す決定的証拠は見つかっていない。しかし考古学者たちは様々な兆候を頼りにヒトの移住の時期について考察を巡らしている。例えば、マダガスカルの特徴的な動物相は紀元700年から1,000年の間に急激に絶滅の速度が上がったという。これは上のようなオーストロネシア系の人々の移住で説明できる。農耕を持ち込めば当然動物相に大きな影響が及ぶからだ。しかし実際は期限500年頃に既に絶滅が開始していたという。これはオーストロネシア系の移住以前にも、たぶんアフリカ大陸からの人々の移住が起こっていたことを示唆するといった具合だ。研究技術がいくら進んでも、こうした想像力を働かせる余地があることが人を考古学に惹きつけるのだろう。これは人類学も同じだ。

多くのマダガスカル人の起源はインドネシア辺りということだが、このような海のモンゴロイドの分布の広さと、彼らの形態の多様性には驚かされる。モンゴロイドほど多様な環境適応を遂げた人種は他にない。またモンゴロイドが開拓精神に富んでいたことも明らかである。