メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

マストドンサイト

f:id:akirainoue52:20161015023201j:plain

ミズーリ州セントルイス南郊の丘陵地にマストドンサイトがある。この一帯は19世紀初めころからマストドンを初めとする様々な絶滅動物の骨が発見された場所だ。アメリカマストドンMammut americanum)は北中米に生息していた 長鼻目の動物、要するにゾウの仲間だ。

長鼻目動物では現存するアジアゾウアフリカゾウに加えて絶滅したマンモスがよく知られている。一方マストドンは絶滅した時期が早く、人との関わりもよく知られていない。マストドンは長鼻目の他の種からは系統的にやや遠いことがわかっている(といっても最終的な系統関係はゲノムの塩基配列を比べる必要があるのだが)。このアメリカで発見された絶滅種の命名は19世紀初めににフランスのキュビエ(Georges Cuvier)によってなされたが、この経緯については以前記事にしたのでそちらを参照されたい。

生物学史的にはこの種が最初の“絶滅動物”であったことが特筆される。それまでは“種絶滅”の概念がなく、この概念自体がキュビエによって発明される必要があったのだ。この種絶滅の概念は発表当時、学界や言論界から猛反発を受けた。キュビエは絶滅種の化石をひたすら集めることでこの新説を認めさせようと努力して、やがてそれは受け入れられた。ひとたび受け入れられると絶滅動物のファンタジーは大衆の間にも広まっっていった。面白いことに、北米で発見されたマストドンの骨は欧州(フランスと英国)で全骨格に組み上げられて、それは見世物として再びアメリカに戻って大衆的人気を博した。

マストドンサイトには小さな博物館があり(入場料は4ドル)、アメリカマストドンの全骨格(写真上)やその当時の動植物叢やヒトの生活の様子の展示がある。全骨格の大きさには圧倒される。マストドンの命名の由来となった特徴的な歯の実物も展示され、触れることができる(写真下)。この歯の形態から、マストドンの食性が推定され、他の長鼻目の種とは異なり若葉や針葉樹の小枝、あるいは潅木を食べていたらしい。さらに当時(更新世)の植生から考えて、マストドンは林地、ないし森林に生息していたと推定されている。これは草地にいたマンモスとは異なっている。

現代は第6大絶滅時代といわれ、日々多くの種が絶滅している。この現代の絶滅のほとんどすべては、直接、間接にヒトの活動の量的増加によるものだ。しかしそれ以前の種絶滅の多くについては、その原因を特定することはきわめて困難である。

昨年のことになるが、マンモス(そのうちのWooly mammoth, Mammuthus primigenius)のゲノム配列が公表された(注1)。他の種とのゲノム配列の比較は種の分岐年代を推定する最も信頼に足る方法だ。マンモスと最も近縁な種はアジアゾウElephas maximus)であり、これらは約250〜500万年前に分岐している。アフリカゾウLxodonta africana)とは約400〜900万年前に分かれている。ここにマンモス再生に際して最も近縁なアジアゾウの雌を“借り腹“として用いることの根拠がある。一方マストドンはこれら3種の共通祖先から約3千〜6千500万年も前に分岐したとされる(注2)。要するにマストドンはゾウに近いがゾウからは少し離れた類縁関係にあるわけだ。一方のマンモスはゾウそのものである。

マストドンのゲノム配列の決定は不十分である(注3)。これは骨から回収されるDNAの質と量によるものであり、ひとえに骨の保存状態に依存する。この事情についてはネアンデルタール人のゲノム配列の決定を成し遂げたパーボの書に詳しい。北米大陸でマストドンが絶滅したのは約1万500年前とされる。これは欧州でネアンデルタール人が絶滅したとされる約4万年前よりはだいぶ新しいできごとだ。そうすると、近いうちにマストドンの骨から質の良いDNAが回収され、全ゲノムが決定される可能性はある。

さてゲノム配列から何がわかるのか? 現存動物ならば、多数の個体のゲノム配列を調べることで、各形質に影響を与える遺伝子を特定することができる。あるグループが特徴的に持っている形質を決定する遺伝子を特定するためには、そのグループのゲノム上に特徴的な配列を見つけ出せば良い。(但し、有意なアミノ酸置換を伴う必要がある。)例えば“キリンの首の長さ”を決める因子などだ。ではマストドンではそれは何だろうか? 例えば上述の“歯の形態”を決定する遺伝子もこれに入る。さらに長鼻目全体では“ゾウの鼻はなぜ長いのか?”という問いに行き着くであろう。しかしシベリアで凍結死体が発見されるマンモスとは違い、マストドンの実際の姿を見た人はいない。だからマストドンが本当に長い鼻を持っていたかどうかは未だ分からないのだ。(軟部組織の再現は、古生物学共通の課題なのだ。)だから、逆にゲノムの配列からマストドンの鼻が長かったことが裏付けられる可能性もある。しかしこれらはいずれもDNA待ちである。

この鼻の長さに関しては、興味深い知見がある。南部アフリカにいるトガリネズミと思わる新種の小動物(elephant shrew)が発見された。トガリネズミはモグラと近縁である。しかし実際にはこの新種はゾウ目に比較的近縁であることがゲノム配列から明らかとなった。したがって、長い鼻 はこうしたゾウ以外の動物でも見い出される。このelephant shrewを含めたやや大きめの範囲の動物種のゲノムを比較することで、形態を決定する遺伝子を特定できる可能性がある。

f:id:akirainoue52:20161015023320j:plain

( 写真はいずれもMastodon State Historic Site (Imperial, MO) にて撮影した。)

 

(注1)この研究の主たる目的は、マンモスの集団の遺伝的不均一性(genetic heterogeneity)の程度を知ることによって、総個体数の推定等、絶滅に至る道筋を辿ろうとすることだ。

(注2)最新の算定ではこの分岐は約3千万年前だ。

(注3)今のところ、僅か1.76Mbの核ゲノムが決定されているにすぎない。これは全ゲノムの200分の1程度と推定される。

 

追記 10/20/16 最近はアフリカゾウ二つの種からなるということが受け入れられているらしい。サバンナにいる巨大なLoxodonta africanaと、森林にいる小さめのLoxodonta cyclotisだ。これらの系統的な距離は、アジアゾウとマンモスほどの違いがあるという。