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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

"How to Clone a Mammoth" by Beth Shapiro, 2,015(読書ノート)

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本書は単に“マンモスを復活させる”という夢物語を語った本ではない。ハウトゥーものでもない。

 

絶滅動物を復活させることをde-extinctionと呼ぶ。著者は初めに学生に対してde-extinctionを施すとすると、それにふさわしい動物種は何かと問いかける。これに対する答えを探るうちに、de-extinctionの目的が次第に理解される。(何と著者はUCSCの学部学生の講義でde-extinctionの時間を持っているらしい。)本書でShapiroは本来あるべき生物叢を復活させるための方策としてde-extinctionの有用性を説く。著者は一見破天荒に思えるこの方策の唱導者の一人である。

 次いで著者はde-extinctionの定義として、絶滅動物を丸ごと復活させる(すなわちタイトルにあるようないわゆるクローニング)のみならず、現存種に絶滅種に特有の形質を導入することによって、当初の目的を達成することも包含されるとしている。概念的には後者はトランスジェニック動物に近い。

マンモスはゾウに近縁の絶滅種である。この動物はその巨大さと、比較的最近まで棲息してヒトとの関わりがあったとされている。(といってもそのサイズはアフリカゾウよりも小さかったらしいが。)このためマンモスは絶滅動物の中では最も人気がある種であろう。マンモスをde-extinctionの対象として捉えて実際に研究を進めている研究グループが複数存在する。著者を含む米国のグループ、韓国のHwang Wu-Suk (Sooam Biotech Research Foundation) のグループ、それに日本の入谷明教授(近畿大)のグループなどである。このうちHwangグループは得意の核移植によりアジアゾウを借り腹にしたクローンの作出を目指している。 入谷グループは家畜の凍結精液技術からヒントを得て、マンモスの凍結死体から取り出した精子アジアゾウ卵子体外受精する。この際X染色体を持っている精子を選択的に取り出し受精に用いる。この受精卵をアジアゾウの子宮内で育てて(借り腹)マンモス−アジアゾウのハイブリッドを作る。ここで産まれた雌に再びマンモスの精子によって受精させる。この方式でバッククロスを繰り返してマンモスの遺伝子の含有量を増やしてゆこうとする方式である。(ちなみにマンモスと遺伝的に最も近縁な動物種はアジアゾウであって、アフリカゾウではない。他の絶滅種であるマストドンはこれら類縁3種とはかなり縁遠い関係にある。)

 この両者の方式だと基本的にはマンモスのゲノム情報はほとんど不要である。しかしいずれの方法も極めて質の高い細胞核、あるいは精子が必要である。マンモスの死骸はシベリアの永久凍土中に凍結状態で保存されているので、絶滅種としては保存状態は良好である。しかし現段階ではクローン化に必要な質をもった細胞や精子は得られておらず、これらの方式によるクローン化の実現はほとんど絶望的であると思われる。

 これに対して著者らのグループは解読されたゲノム情報を元にマンモスに特有の形質を決定していると思われるDNA情報を決定する。このうちのいくつかのDNA情報をアジアゾウのゲノム上に導入して“マンモスの形質をもったアジアゾウ”を作出しようとするのだ。この場合“形質”とは、例えば“体毛があること(woolly)”、あるいは“耐寒性”である。こうしたマンモス的形質を持ったアジアゾウを繁殖してシベリアの野に放とうというのである。

 絶滅動物のゲノム配列の決定は今世紀に入ってから技術的な進歩を背景に猛スピードで進行している。この流れに先鞭をつけたのはネアンデルタール人のゲノム配列を決定したSvante Pääboである。マンモスゲノムの決定は本書の出版とほぼ時を同じくしてスウェーデンのグループとペンシルバニア州立大のグループから発表された。後者のグループの解析によると、TRPV3という遺伝子が耐寒性に関与しいるという。

ゲノム上のDNA塩基配列の改変は最近爆発的に普及してきたCRISPR/Cas9に代表されるgene editing法を用いることで可能である。しかし改変されたゲノムを持った個体を作るためには当該動物種での胚操作技術、あるいは全能性の幹細胞 (embryonic stem cellやiPS) がなければ個体を作ることはできない。これは最も発生工学が進んでいるマウスの状況を考えれば理解しやすい。これらの技術は多くの研究者の20年以上に亘る努力によって確立されたものだ。昨年有名となった若山照彦教授(山梨大)はこの分野の第一人者である。若山は−20Cの冷凍庫に16年間保存されていたマウスの組織から、発生技術を駆使してマウス個体を再生(クローン化)した実績を持つ。21世紀初頭には凍結組織から丸の個体を再生することは限られた条件下では可能になったのだ。

マンモス的形質を持った動物を胚から発生させるために必要な借り腹となる動物種 (surrogate animal、あるいはレシピエント) を準備してやる必要がある。これは当然最も近縁なアジアゾウを用いることになる。近い将来アジアゾウを借り腹として用いることが可能であろうか? 答えは完全にNoである。アジアゾウの繁殖サイクル、例えば性成熟に要する年数、一回の排卵数、妊娠期間、一回の分娩での産仔数、次回妊娠に必要な期間、これら何れもが人為的繁殖操作には馴染まない。その上基礎研究の蓄積がきわめて乏しいのだ。

こうした状況を考慮すると、アジアゾウを土台にしたマンモス再生の実現性は現時点では極めて悲観的に考えざるを得ない。

以上のように、de-extinctionの対象動物として見ると、マンモスはそれにふさわしい動物種とは言い難い。しかしこれに対する著者の明確な見解は述べられていない。こうした大型動物の環境中への放出は、その地域の生物叢の多様性を維持するのに大きな効果をもたらすという。その一例としてShapiroはオオカミ (gray wolf) のイエローストーン国立公園への再導入の例を挙げる。ここでは再導入の結果オオカミに捕食されるアメリカアカシカ (elk) の頭数が減り、アメリカアカシカによる食害から植生が守られるようになったことが述べられる。(この再導入プロジェクトについてはかなり評価が確定しているようである。)同様にマンモスのシベリアへの導入は極地地域の生物叢維持に貢献すると予想している。しかしながら、当然こうした予想が正しいかどうかは誰にもわからない。本書ではこうした大型動物種の生態系保全における効用を明らかにした実証的研究に関する文献引用は皆無である。

 著者らのde-extinctionの試みに対しては研究者、一般人の両方から強い批判があることが述べられている。当然であろう。生物種多様性の維持のためにはde-extinctionによることなく、他に多くの選択肢があることは著者も認めている。私見ながら、今後生命科学の知見が蓄積されても、de-extinctionの優越性が劇的に向上するとは思えない。その理由は、コスト、有効性、倫理性、そのいずれにおいても決定的にポジティブな評価が得られていないからである。

にもかかわらず、本書はたいへん魅力のある書である。著者の学問的背景は進化分子生物学であり、生物多様性の維持・復活への強い希求がある。生物多様性の分野の書物が得てして事項羅列型になりやすいが、本書は全く新鮮な切り口を提示している。

一読することをお勧めする。これが2,015年におけるde-extinctionの現状である。