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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

トランプ科学予算の概要

トランプ大統領の予算案の概要が明らかとなった。この2,018年度予算は来年の10月から開始されるもので、議会は今年末までこの予算案の可決はしない方針というが、とりあえずそこでの科学関連予算についてまとめておく。

一つ大きな原則があるが、それは地球温暖化に関わる調査・研究予算が徹底的に削られていることだ。これにはEPA環境保護庁)、DOE(エネルギー省)、NOAA(海洋大気庁)、NASA(航空宇宙局)、ARPA-E(Advanced Research Projects Agency-Energy)、USGS(地質調査所)の該当する部分が含まれる。温暖化への化石燃料の寄与を否定しているので、代替エネルギー開発の研究予算も当然抑制されている。

NIH(National Institutes of Health)予算には全米の医学生物系研究プロジェクトへ交付されるグラントが含まれるので、NIHへの予算カットは国の医学生物系研究全般に大きな影響を与える。予算案では58億ドル(18%、約6,500億円)の削減となっている。実はこの金額は2,016年度にNIHが交付しているグラントのうちいわゆる”間接経費(indirect costs、overhead payments)”と呼ばれる費目の総額とほぼ一致している。”間接経費”とは各研究者に交付される予算(直接経費)の他に、大学等の研究機関に支払われる経費のことだ。これは研究機関の運営費の補助、あるいは共用の施設(動物施設など)の費用として使われる。大学関係者はこのNIH予算の削減が、間接経費削減による大学の運営費の不足につながるのではないかと危惧している

しかしNIH予算に関しては、NIH内部ではより強い危機感を募らせている。それはトランプ政権がNIHに包含される全27部局の再編を進める方向性を打ち出しているからだ。再編とは統廃合であり、これはNIHの総予算削減を目論んだものであろう。

米国の科学研究を財政的にサポートしているもう一つの機関がNSF(Nationa Science Foundation)だ。今回の予算案ではこのNSFの予算がどのように位置付けられているかは不明だ。その理由はNSFが閣僚レベルで扱われる組織ではない(日本的にいうと省庁以下)ので、実際の金額が表に出ていないからだ。しかしNSFの今年度予算は294億ドル(約3兆3千億円)となっており、これは十分規模の大きい予算規模だ。これについてはやがて詳細が明らかにされるだろう。

いずれにしても、トランプ政権(トランプ氏)の科学に対する無理解がこうした予算案に反映されていると考えられる。どうやら今の政権(というより大統領本人)にとって、最重要課題は3年半後に再選されることで、10年後の競争力ではないということらしい。確かに伝統的に共和党政権は研究政策は消極的だったが、今回は極端だ。

 

以下、私が思っていたこと。

確かに研究予算は直接的にGDPを増やすようなものではない。しかし米国から出される研究論文は世界中の研究への影響力が大きい。例えば、シグマの試薬やイルミナのシークエンサーなどは、米国発の論文に記載されることによって世界中の研究機関で同じようなものが購入される。いわばグラント予算を国内で消費することによって、それを補うような製品輸出が促されている。そこでは米国のトップの研究者が論文に記載することが、最大の宣伝効果となるのだ。公的な研究予算が間接的に国内経済を潤しているわけだ。いわば公共事業の”乗数効果”のような現象が見られるように思う(注1)。しかし米国の研究が世界のトップの地位を失えば、この乗数効果は消失してただのバラマキ予算になる。

 

(注1)こうした科学研究グラントの波及効果に関する定量的な分析が実際にあるのかどうか、それを確定的にいうだけの情報は今のところ持っていない。

 

テロメア維持の機構:(6)ALT細胞のテロメアの組み換えメカニズム、BIR?

(だいぶ間が開いたが前回より続く) 

テロメアの話を進める。このシリーズの最初に述べたことを思い出したい。

”がんで認められるテロメア維持の機構(telomere maintenance mechanisms, TMM)が確定したようなのでまとめたい。”と私は書いている。これは昨年後半にSarantis Gagos(Biomedical Research Foundation of the Academy of Athens)、Thomas Halazonetis(University of Geneva)とRoger Greenberg(University of Pennsylvania)の両グループから、ALT細胞のテロメア維持の機構に関する独立した論文が出されたからこのように書いた【1, 2】。

テロメラーゼに依存しないテロメアの維持の仕組み(alternative lengthening of telomere、ALT)が、相同組み換え(homologous recombination、HR)を用いていることは既に述べた(注1)。上記二つの論文ではBreak-induced replication(BIR)と呼ばれる機構が働いているとするデータを提出している。これはHRの一つのタイプだ。

BIR:HRの一形態

HRの機構は動物細胞に先駆けて出芽酵母(budding yeast、Saccharomyces cerevisiae)で盛んに解析された。酵母のHRの機構の多くの部分はJames Haber(Brandeis University)らによって明らかにされたが、その中にはBIRの機構解明も含まれている。これを簡単に要約すると、染色体上のある地点でDNA切断が生じたときに、そこから塩基配列を共有する染色体(または染色分体)を鋳型としてDNA複製が行われる。この複製は数百kbの長さに及ぶこともある。下の図は複製前のDNA上に一本鎖切断があり、そこに複製フォークが到達した時に起こることを示している。これはBIRが起こる一つの典型的な場合だ。この図はHastingsらの総説から借りてきた。

f:id:akirainoue52:20170324114931j:plain一体どのような状況でBIRが発動するのか? 通常の二本鎖DNA断裂では断裂点の上流、下流の両側に相同配列を持った鋳型鎖が存在する。しかし場合によって片側にしか相同配列が見いだせないことがある。DNA複製フォークで生じる片側(one-ended)二本鎖断裂はこうしたケースである(上図)。複製フォークの下流には未だ複製されてない二本鎖DNAが一本だけ存在するので両側の相同配列を鋳型にできないのだ。

BIRは断裂したDNAの3'末端が傷ついていない二本鎖DNAに入り込んでDループ(D−loop)を形成することで開始する(D)(注2)。このDループの中で逆向きの複製も開始される(破線矢印)。これは複製フォークそのもので、リーディング鎖、ラギング鎖の双方の新生鎖の伸長が起こる。この構造はやがて解消される(F)。しかし再び3’末端の侵入が起こって以上の過程が繰り返される(G、H)。最終的にこの複製の中間体が分かれて完全な二本鎖となる(I)。こうした複製は長いサイズで起こり、多くは染色体の末端(すなわちテロメア末端)まで至る。このモデルでは修復終了後では、一方の染色分体(これは二本鎖)の両方の鎖が新たに合成されたものとなり(図では上の鎖(破線))、他方は合成されていない(実線)。このような複製の様子は"conservative replication"と呼ばれている。

哺乳動物細胞でのBIR

哺乳動物細胞においては最近までBIRの確たる証拠は最近まで得られてなかった。しかしがん細胞での非相互転座の存在などの状況証拠から、BIRが起こっていることが推定されていた。こうした中で、Halazonetisグループは2,014年にサイエンス誌に出た論文で、BIRが実際にヒト細胞で起こっているとする証拠を提出した。

これを簡単に紹介すると、彼らはsiRNAのスクリーニングにより、U2OS細胞でDNA複製ストレスに際してDNAの複製が起こるのに必要な遺伝子を同定した。その中で、POLD3とに着目した。これらはDNAポリメラーゼδ複合体の構成メンバーだ。DNAポリメラーゼは通常はDNA複製におけるラギング鎖の複製に関与している。酵母のBIRではPOL32遺伝子(POLD3に相当)が必須であることが知られている。

U2OS細胞(ALT細胞)に二本鎖断裂が生じた際にBIRが起こったことを検出できるようなプラスミドを組み込んで、候補遺伝子のsiRNAによってBIRの頻度低下がおこるかどうかを検討した。組み換えられた配列から起こった出来事を読み取るのである。その結果、POLD3がBIRに必要であることがわかった。

このプラスミドは染色体上の(テロメア以外の)普通の場所のどこかに組み込まれていると思われるので、テロメア外のどこかで起こるBIR一般についてはPOLD3が必要であると結論された。

以上から、酵母に加えて哺乳動物(ヒト)細胞でもBIRが起こっていることが判明した。テロメアではどうか?

(なかなか進まないが、次回に続く)

 

(注1)最近では"nomology-directed DNA repir(HDR)という呼び方も定着してきている。

(注2)D−loopの由来はその形がアルファベットの”D”に似ているから(図中D、Gにある構造)。

 

21世紀の麻疹

先週ジョンズ・ホプキンス大学Diane Griffinの講演があった。タイトルは”Understanding Measles in the 21th Century”だ。

話は1,846年のフェロー諸島での観察記録から始まった。Peter Panumという医師がこの諸島での麻疹(measles)の発生を注意深く観察した結果、その潜伏期と終生免疫を発見したという。ここでは離島という閉鎖空間での観察が奏功したのだ。

そのとおり、麻疹ウイルス感染では終生免疫が続く。それに先進国ではワクチンが普及したことによって、麻疹の流行は大きな問題ではなくなっていた。そのために麻疹自体の研究は滞ってしまった。昨日の講演は、こうした少し置き去りにされた麻疹の研究についての比較的新しい知見を含んだ話だった。

最初に麻疹の免疫の話。麻疹感染では免疫抑制がかかる。麻疹感染による致死率とは、この免疫抑制に起因する二次感染の寄与が大きい。麻疹ウイルス(MeV)の感染後約2週間でIgMが、約3週間でIgGが誘導される。麻疹の主兆である皮膚の発疹はこうした特異免疫が出現してくる頃に見られる。この発疹の病変にはCD4、CD8陽性のT細胞がともに存在し、免疫細胞の関与が明らかである。この時期を過ぎると、ウイルスは”概ね”排除される。

しかしMeVに対する免疫についてはよくわかっていない。上のように獲得免疫は感染後2−3週間で上昇してくるが、体内(主にリンパ節)のウイルスは完全に駆逐されることはなく、半年程度リンパ節に残っている。こうした知見はアカゲザルの感染モデルによって明らかにされた(注1)。こうした長期間にわたるウイルスの持続がなぜおこるかについては不明だが、麻疹ウイルスに対する中和抗体価は長期間にわたって上昇を続け、かつ抗体自体の親和性も徐々に上昇してくる。このことから、MeVに対する免疫はストレートに成立するのではないことがわかる。

後半はワクチンの概略についての話だった。麻疹ワクチンは孵化鶏卵で長期間継代して作出した古典的生ワクチンである。感染防御抗原はウイルス表面のヘマグルチニン(H)タンパクだ。この分子自体は抗原的にきわめて安定で、1,906年に作出されたワクチンが現在も有効だ。ただし麻疹ワクチンが接種後何年程度有効かについては不明である。

最近の問題としては、先進国におけるワクチン接種率の低さがある(注2)。スイスの事例が示された。スイスでも麻疹の発生がほぼなくなったので、ワクチン接種を”任意”にしたところ、今世紀になって多数の小児感染がおこったことが紹介された。

集団免疫に必要な接種率と有効性はどの程度かという見積もりがあった。ともに95%程度が必要であり、特に接種率については、特に途上国では大きな問題であることが述べられた。アンゴラでの調査では、ワクチン接種に消極的な理由が調査で明らかになっている。それらは(1) ワクチン接種のための時間が取れないこと、(2) ワクチンが危険であると考えられていること、(3) 接種のための列に並ぶことが億劫であること、であった。演者はワクチン開発はほんの一部であって、deliveryこそが大事な部分なのだと述べた。このdeliveryについては、途上国では貧弱な社会インフラと予算の不足が、先進国では宗教的、信条的理由によるワクチン不接種が指摘された(注3)。

最後にSSPEの問題について言及したい。SSPEとは亜急性硬化性全脳炎(Subacute sclerosing panencephalitis)の略である。これは麻疹の自然感染の後、6−10年の後に起こり、致死的である。自然感染小児10,000人のうちの1人がSSPEを発症する。感染したMeVの一部が神経細胞に親和性を獲得し、cell-to-cell型の感染を起こすようになったものだ。この神経細胞での持続感染は液性免疫から免れている(注4)。SSPEの存在は、小児への麻疹ワクチンの接種が必要であることを示している。

麻疹の例からわかる通り一つの感染症を無くするには科学研究も重要だが、その先のこと、つまり公衆衛生の政策としての実現可能性が問われる。これは統治の安定性、インフラ整備、さらに最も重要なことは教育・啓蒙である。

 

(注1)小動物では麻疹の感染モデルは存在しない。

(注2)カリフォルニア州では88%が麻疹ワクチンを接種していない。先進国でワクチン接種を受ける必要がないと考える人々は比較的高学歴でリベラルな考えの人が多い。私見だが、概ね反原発、反ワクチン、反原発が3点セットになると思う。こうした人々は国や社会の安定にある程度のコストが必要であるということを理解していない。私は、主権国家の保持、経済活動の維持、公衆衛生の向上、この3点セットを意識することが人々の幸福にとって重要であると考える。この点については再び議論してみたい。

先進国におけるワクチ忌避の感情を広めたきっかけは、麻疹を含む3種混合生ワクチン(MMR)が自閉症を起こしたとする英国の医師による論文である。これは後に捏造論文であることが発覚し、著者Andrew Wakefieldは英国での医師免許を剥奪された。この間12年に反ワクチン感情が広まってしまった。

(注3)途上国の多くが統治機構に問題があったり、内戦状態になっていることがある。こうした国々ではワクチン接種が計画どおりに実行されることは困難だ。エボラウイルスのワクチン試験でもこうした困難があったことを私も紹介している。

(注4)MeVに近縁なウイルスに、牛疫ウイルス(rinderpet virus)、イヌジステンパーウイルス(canine distemper virus、CDV)がある。これらはともに重要な家畜の感染症の原因だ。ジステンパーの主要な症状は神経症状であり、このウイルス群の神経向性は明らかである。こうした動物種を越えた比較感染症学は疾患の発症機序を理解する上で重要だ。

言語と生物種

先週ケニヤ人が加わった。これで研究部の中にスワヒリ語話者が3人になった。国名でいうとケニヤとルワンダだ。この人たちは皆自分のことをスワヒリ語を話すというが、お互いのスワヒリ語は相当違うという。

同じ階にはたくさんのインド人も働いている。しかしこの人たちの母語はそれぞれ違う。テルグ、タミル、カンナダ、ヒンディ、ベンガルパンジャブなどだ。インドは広い国だが中国などに比べると面積はずっと小さい。にもかかわらず多くの言語が共存する。なぜこうなのかはインド人に訊いても確たる答えは返ってこない。(答えを聞き取ることも難しい(笑)。)

言語というのは面白い分野だ。世界にはいくつの言語が使われているのか? これに対する答えをネット上で探すと、とても優れた要約に行き着く。それは米国言語学会のホームページだ。タイトルは文字通り"How many languages are there in the world?"。

これを読むと、一つの言語の単位というのは生物の種という単位とやや似ていることがわかる。個々の言語は語族(family)に属すると述べられる。そしてこれらの語族は遺伝的(系統的)に(genetically)関係があるという。これは生物を分類する時の考え方にそっくりだ。確かに言語も生物も、放っておくと徐々に違ったものになる性質がある。さらにこれらが独立したものとして固定されるためには地理的隔離が必要だ。ただし言語の場合は自然地理的に隔離されなくとも社会的に隔離されれば独立したものが成立しうる。

使用されている言語が年々減少していること、および年々学者が新しい言語を発見していることも、生物種とよく似ている。さらに失われた言語は二度と復活しない。なぜならこうした言語は文字として記録されていないからだ。言語と生物種は復活しないことにおいても似ている。但し、進化も絶滅もそのスピードは言語の方がずっと速い。

 

比較的狭い地域に多数の言語が存在している例としてパプア・ニューギニアが挙げられている。計390万人の人々が832の言語を話している。単純計算すると一つの言語が平均4,500人に使われていることになる。これは僅か40−50家族だ。このことを認識するならば、世界にはさらに未知の言語が多数存在していると考えてもおかしくはない。

この言語学会のページによると、世界の言語の数は6,909であるという。しかしこのうちの半分はその話者の数が1,000人に満たず、3,000以上の言語は今後100年以内に消滅すると予想されている。

しかし世界中にいくつの言語が存在しているかは実のところは誰にもわからない。

その主な理由は未だに言語学者の知らない言語がどこかで話されているからだが、さらに重要なことは一つの言語の単位が不明確だからだ。これにはおそらく二つの意味がある。一つは地理的に近い場所で話されている複数の言葉を、どのようにして異なる言語として認識できるかということ。これについては上記言語学会のページでも認めている。独立した言語であるとの認定は科学的にではなく、政治的に決められると述べている(注1)。もう一つは言葉自体が常に変化するので捉えどころがないということだ。

この後者の意味するところは、言葉というのは書き言葉として記載されなければ、それが一つの言語として固定されることがないということを意味している(注2)。文字記録されなければ厳密な言語単位として認定されないとしたら、これは相当高い基準である。というのは歴史上文字に記録されたことのある言語の数はごく僅かだからだ。古くから文字が使用されてきたユーラシア大陸ではことばを記録することは盛んに行われてきた。しかしアフリカ、南北米州(の大部分)、オセアニアではこれは最近までほとんどなされてこなかった。

北米だけでも相当な数の言語が存在してきた。コロンブスが到着した時点では300を超える言語があったが、その全てが文字による記録がなされていなかった。(少し南下するとマヤのような文字を持った文明が例外的に存在したが。)こうした記録されない状況は彼らがヨーロッパ人と接触しても基本的に変わることはなかった。唯一の例外はチェロキー族だ。シクウォイア(ᏍᏏᏉᏯ(チェロキー文字による表記))という若者が、白人たちの書く文章を見て、これは便利だと思った。それで英語を模して、独自のアルファベットを作り上げ、文書として書き表す方法を作り上げたのだ。これは独力で人口的な文字体系を作り上げて、それが使用されるようになった世界史上唯一の例とされている。結局300以上のうち、現在残っているのは165言語のみだ。私とって興味深いのはチェロキー語以外の全ての北米言語は文字を導入しなかったことだ。彼らはなぜ文字を使わなかったのだろうか?

こうして絶滅した言語は二度と復活することはない。それらは記録されていないからだ。この点で生物種と似ているが、生物はDNAに設計図が書いてある。DNAさえ残っていれば、その塩基配列をもとに絶滅種を復活させることは可能かもしれない。こうした考えのもとに、幾つかの絶滅種の復活の試みが続けられていることはすでに紹介した

書き言葉を基礎とした高度な文化が発達するためには、やはり経済的に発展した都市に人々が集まることが必要だ。さらに紙の大量生産や印刷術など、関連する物質文明が確立していることも必要なのだろう。さらにより高度な文明と接触すると、それに滅ぼされるか吸収されてしまう。

ヘブライ語イスラエル公用語だ。この言語は長い間使用されなかったが復活することができた。これは書物から言語そのもの研究が継続して行われてきたからだ。そう考えると文字記録されていない言語の再生はほとんど不可能であろう。

この言語学会のページは言語の分類の諸問題を要領よくまとめてあり、目からウロコの気分を何度も味わえる。興味のある方には勧めたい。

 

最後に付け加えておくが、言語も生物種もグローバルな人の移動と経済的一体化がその絶滅の最大の原因である。だからこれらの絶滅を防ぐ手立ては基本的には存在しない。

 

(注1)相互理解能を一つの基準にしようという話はある。言語Aの話者と言語Bの話者がお互いに自分の言葉で話し、それを相手が理解できれば同じ言語とするのだ。これも相互ではなく一方通行の関係であることが多く、なかなかクリアカットではない。

(注2)日本語の文字表現の変遷もたいへん面白い領域だが、日本語はたいへん古くから記録され、文化を育んできた。しかし日本語の変化(進化?)の速度は速い。以前ラジオでモーツァルトの”魔笛”がかかっていたときのことだ。魔笛モーツァルトのそれまでのイタリア語のオペラとは違い、アリアの間をドイツ語のセリフで繋いでいる。だから演劇に近い性格がある。たまたまそこにドイツ人がいたので、”お前このドイツ語のところで何を言っているかわかるか?”と聞いたところ、ほぼ完全に理解できると言っていた。それで私はドイツ語というのは200年前からそれほど変化していない言語なのだと理解した。日本語だとこうはいかない。200年前(江戸時代)の歌舞伎をいきなりそのまま見て(聴いて)ほぼ完全に理解することはふつうありえない。

まずは一安心か?:H7N9トリインフルエンザ

前日のトリインフルエンザの続報がUSDA APHISサイトに出た。

全ゲノム配列を決定した結果、このウイルスはH7N9と同定された。しかし中国でヒトへの感染を起こしている系統とは異なり、北米の野鳥に生息している系統であることがわかった。中国から北極経由で来たものではないらしい。

まずは一安心ということか。 

ゲノム配列決定がとてつもないスピードで実行されたことに驚かされる。

米国での新型トリインフルエンザ(H7N?)の発生

本日、テネシー州の養鶏場でトリインフルエンザが発生し、約7万4千羽が処分されたというニュースが流された。APHIS(農務省の動植物防疫部門)のページに過不足ない記事が出ている。

この養鶏場はテネシー州南部リンカン郡に所在し、大手食肉流通のタイソン(Tyson)と契約している。ロッキー山脈からアパラチア山脈に至る平原地帯は渡り鳥の飛行路になっていて、The Mississippi Flywayと呼ばれる。ここを南北に通過する野鳥からウイルスがもたらされたと考えられる。ちなみにテネシー州は私の住んでいる州だ。

州の診断センターでヘマグルチニンのタイプはH7と同定された、これは農務省の機関アイオワ州エイムス)でも確認された。ノイラミニダーゼ型は48時間以内に同定される見込みだ。現在ウイルス培養が試みられている。

もしこれが既に中国でヒトへの感染が広がっているH7N9型と同じものならば、トリからヒトへの感染が懸念される。このヒトへの感染は高い致死率を示している。そのため今回発生が見られた養鶏場と周辺の養鶏場のサーベイランスが強化されている。ウイルスは一見健康な野鳥からもたらされる可能性が高いので、生きた、または死んだ野鳥との接触を避けるよう注意を呼びかけている。

これが米国初の養鶏場におけるH7型の発生だ。渡り鳥によって媒介されるのは、いきなりミサイルを撃ち込まれるようなもので、ほとんど防ぎようがない。

ZIKAウイルスのmRNAワクチン:小頭症が防げるか?

予想した通り、ZIKAウイルス(ZIKV)に対するmRNAワクチンの論文がCell最新号に上がってきた。

核酸ワクチンの利点については既に広く認識されている。Cell最新号にZIKVの感染防御抗原をコードする遺伝子をmRNAしたワクチンが、ワシントン大学(Washington University in St. Louis、通称Wash U)のMichael Diamondを中心とするグループから発表された。このグループはZIKVの実験感染ではトップグループの一つ。

 

核酸ワクチンの状況については一昨年本ブログの前身で紹介した。再度この核酸ワクチン、特にRNAワクチンの利点を私なりに整理しておく。

⒈ 短期間で作成できること

mRNAを発現するようなプラスミドベクターに対象とする遺伝子(cDNA)を組み込んでやる。これは一週間でできる。さらにこのプラスミドを鋳型にしてmRNAを酵素的に生産して精製する。これらの過程も定式化されている。これをナノ・パーティクルなどに取り込ませるだけである。

⒉ 物理科学的性質をコントロールしやすいこと

病原体が異なっていても体内に接種されるRNAとしての性質は共通だ。その取り扱いは一度マニュアル化すればその後は変更を加える必要はない。

⒊ 流行が起こったときに直ちに検定試験、安全性試験が行えること

現代のように次々と新しい感染症の流行が立ち現れるような状況では、いかにして流行にキャッチアップするかは大きな課題だ。ワクチンの大量投入を前にして流行が収束してしまうことはあり得る。実際先回(2,014ー2,015年)の西アフリカでのエボラ出血熱の流行に際しては、組み換え型生ワクチンが登場した。現地での効力試験ではこのワクチンは優れた防御効果を示した。しかしこのワクチンの試験開始がもう少し遅れたならば、流行の終息の時期に重なっていたのでワクチンの効力は不明のままで終わっていたと予想される。こうした意味で、新型病原体に対するワクチンの投入は常に急がれるのだ。核酸ワクチンは製造、検定に要する時間が短いのでこの点で大きなアドヴァンテージをもっている。

 

ZIKVに話を戻す。

ZIKVなどフラビウイルス一般についてはpre-membrane/membrane [prM/M]-envelope [E]と呼ばれる領域から作られるウイルス構造タンパク(外被タンパク)に対する抗体が、良好な感染防御能を持つことが知られている(注1)。さらにこの抗原をコードする遺伝子をmRNA上に乗せ、これから当該タンパクをマウスやサルの体内で発現させると良好な感染防御が成立することも知られている。[prM/M]-[E]については最近作られたZIKVワクチンでも感染防御効果が確認されている

しかしZIKVのRNAワクチンに関してはこれまでのところデータは公表されていない。既にZIKVのDNAワクチンについてはその有効性が昨年6月に公表されている(注2)。今回のCellの論文はmRNAワクチンである。この両者は何が違うのだろうか? 実はこの点について、今回の論文では十分な議論がなされていない。しかし後述のように既報のワクチンに比べるとより高い抗体価が得られている。結果オーライということか。

実験的感染防御から見たワクチンの効力に加え、この論文のもう一つの狙いはデング熱ウイルス(DENV)への交叉免疫を取り除くことであった(注3)。こうした交叉免疫は、ZIKVワクチン→DENV自然感染に際して、antibody-dependent enhancement of infection(ADE)と呼ばれる劇症型の感染を引き起こす可能性がある。ZIKVのmRNAからこの共通抗原を除去することによって、ワクチン接種を受けた人がDENVに感染した際に起こりうる問題を回避しようとするのだ。

 

こうした流れのもとに今回の研究が企画された。すなわち”効力”と”交叉免疫”だ。以下に内容を要約する。

 ⒈ IgEsig-prM-E LNP、10 ugをAG129マウスに筋肉注射すると、6週間後には中和抗体が血清中に産生された。初回免疫の3週間後に追加免疫した時の中和抗体価(EC50)は1/10,000であった。感染性ZIKVで攻撃してやると、すべてのマウスが生残した。対照群ワクチン(タンパク非産生性RNA-LNP)では100%死亡。ここで用いたAG129マウスはα-、およびγ-インターフェロン受容体を欠いたマウス系統だ(注4)。

⒉ 免疫的には完全なC57Bl/6系でも上と同様の結果が得られた(注5)。

⒊ DENVとの交叉免疫を引き起こすE-DII-FLと呼ばれる領域に4つのアミノ酸置換を導入することで、免疫原性を失わせる。この配列を持つIgEsig-prM-E LNPによりC57Bl/6マウスを免疫してやると、ZIKVの攻撃に際して良好な感染防御が成立した。このときの中和抗体価はEC50で1/5,000であった。

さらに免疫原性を上げてやるために、mRNAの先頭にあるシグナル配列をIgEのもの(IgEsig)から日本脳炎ウイルス(JEVsig)に交換した。これによって抗体価の上昇(EC50: 1/5,000→1/10,000)に成功した。

⒋ 上記の変異型E-DII-FL配列を持つmRNAワクチンによるADE惹起能を調べた。マウスで産生された抗体(血清)を感染性ウイルスと混合し、培養細胞(K562細胞)に加えた。その結果、変異型ワクチンで産生された抗体は培養細胞中での感染増強(ADE)を引き起こさなかった。野生型配列のワクチンではADEが観察された。

同様に、マウス体内でのADEも見られなかった。

 

以上のように、今回発表されたデータは誠に立派なものだ。しかし一般的にげっ歯類によるデータが良好であっても、いざヒトを対象としたときには効果が芳しくないような例は枚挙にいとまがない。この観点から霊長類のデータが待たれるところだ。

もう一つ、著者らが議論しているのは実際にこのワクチンが母体内で十分な抗体を誘導するかどうかである。”十分な”というのは胎盤への感染、および経胎盤感染を防げる抗体価ということになる。要するに小頭症が防げなければ意味がないわけだ。ここではその点に関する実験的検討はなされていない。今頃実験が行われているものと思われる。

さて核酸ワクチンの最大の障害はデリバリーだ。一般に複数の脂質を混ぜ合わせ、同時に核酸を加えてナノ粒子と呼ばれる巨大構造物を作成する。脂質のうちの少なくとも一つは核酸分子を抱えるために陽性荷電を持っているのが普通だ。既に類似の試みはsiRNAのデリバリーなどにも応用されていてかなりの蓄積がある(注6)。今回の結果を見る限りデリバリーについても有望であるようだ。

最後に大きな観点からまとめてみる。

ZIKVのワクチンについては既に複数のものが臨床試験に入っている。フラビウイルスについてはウイルスが違っていても[prM]-[E]が有効であることがわかっていたので、ZIKVについてもワクチン開発は比較的strainght-gowardであると考えられてきた。唯一DENVとの交叉免疫が潜在的な問題であったが、これも今回の試みで排除できそうである。

 

今回のタイトルに戻ろう。”小頭症は防げるか?”という問いである。それに対する答えは、妊娠マウスではじきに答えが出るだろう。そこまでのデータでおそらく臨床試験にゴーサインが出ると思われる。

 

(注1)これらにはデング熱、黄熱、ウェストナイル熱、日本脳炎、ダニ媒介性脳炎の各ウイルスが含まれる。

(注2)既にこのDNAワクチンを含む6種類のワクチンが臨床試験が開始されたが、まもなく開始される運びとなっている。当然今回のmRNAワクチンはこれ先行するワクチンと同等かそれ以上の効力を示さねばならない。

(注3)DENVには4つの血清型が存在する。ある一つの血清型のDENVに感染すると、抗体が生じてその同じ型のウイルスの再感染に際しては感染防御が成立する。しかし他の血清型のDENVが再び感染した場合には、激しい症状を呈するいわゆるデング出血熱となる。DENVとZIKVとの間には抗原的な類似性があり、このためZIKVの感染、またはワクチンによって上昇した抗体のせいで、その患者が後にDENVに感染した際に上述したようなデング出血熱を引き起こす可能性が捨てきれていない。しかしZIKVとDENVとの間の交叉免疫に起因すると思われる事例が、実際に起こっていることを示す疫学的証拠は今のところ存在しない。

ZIKVとDENVはともにネッタイシマカAedes aegypti)により媒介される。そのため熱帯地方でこの両者が相前後して同一個人に感染する可能性は高く、この他のウイルス群では見られないような不足の事態に備えておく必要がある。

(注4)LNPはlipid nanoparticleの略で、複数の脂質と核酸を混合することで作ることができる。この脂質には陽性荷電を持ったものを入れておく。それにより核酸分子をトラップするのだ。今回のLNPは80−100 nmのサイズとなっている。

マウスへのZIKVの感染実験はインターフェロン系を欠損している系統で感染が成立しやすいことが知られている

(注5)この場合でも感染を容易にするために抗インターフェロン受容体抗体を感染直前に腹腔内に投与されている。

(注6)今回用いられたLNPは既にsiRNAでの有効性が確認されている。慢性疾患のsiRNAに基づいた治療薬についても大きな進展が見られる。これについても近々紹介したい。

 

追記 3/8/17

追いかけるようにして最新号のネイチャーに同様の内容の論文が出された(Drew Weissmanグループ、University Pennsylvania)。しかしこちらの方はマウスに加えてアカゲザルRhesus macaque)への感染防御能も確認している。この点でよりヒトに近づいたと言える。但し、こちらの論文ではDENVとの交叉免疫の問題は考慮されていない。

何れにしても、これらワクチンの経胎盤感染と小頭症の防御能につては不明だ。サルへのワクチン接種に際しては50 ug RNAの一回接種で十分な効果を示しているので、ヒトに対しても100−200 ug程度の接種で効果が出るものと推定される。1、000人分としても100−200 mgが必要で、とりあえずこれは必ずしも莫大な量ではない。

もう一つ付け加えると、ZIKVワクチンに関しては当初から科学的見地からはさほどの困難は予想されていなかったが、そのとおりになっている。現在治験に乗っているものと、これから上がってくる候補のうちから実用化されるであろう。