メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ジーン・ドライブは世界を救うか?(続き)

前回からの続き)

 

Nature誌のgene-driveに関する5つの以下の疑問とそれらへの答えをみていこう。

1.そもそもGene driveは有効に働くのか?

Gene driveによって有害昆虫を撲滅(または無害化)するということは生態系に対する挑戦である。野外では人の作ったものは最初はうまく機能するが、我々はやがてそれは自然の仕組みよって無効化される例を見てきた。GMOがそうだ。

Gene driveにおいてもショウジョウバエやハマダラカ(Anopheles gambiae = マラリアの媒介カの中で最重要な種)の研究室内の実験では、CRISPRの標的配列の変異が集団内で蓄積してくることが明らかにされている。しかしこれを克服する術は存在し、標的遺伝子を適切に選択することでなされる。その例としてCrisantiらの実験が取り上げられている。そこではネッタイシマカdoublesex遺伝子が標的とされている。doublesex遺伝子の失活変異はメスの繁殖能力を失わせる。だからこの遺伝子の変異を持った個体は子孫を作れず集団中に蓄積しない。したがって耐性個体が蓄積してこない。この遺伝子をCRSPRの標的とすることで100%の変異を誘導できたという(注)。

一方、マウスでのgene driveの実験では変異率がそれほど良好ではない(約70%)ことが報告され、さらに多くの実験が必要であるという。

2.他のどんな領域でgene driveが役に立つか?

カはこの領域では主要な標的動物だ。それ以外にどんな標的が考えられ、さらに実験に供されているのだろうか?

ある種の生物は遺伝子改変が困難である。例えばCandida albicansだ。ここではgene driveを用いてC. albicansで100%の変異率を達成した仕事が紹介されている。未だラボラトリーマウスでのgene driveの試みは満足できる結果をもたらしていないが、Genetic Biocontrol of invasive Rodents  (GBIRd)という団体のプランは野心的だ。このGBIRdというのは大学、政府、非政府機関からなる共同プロジェクトで、離島に侵入した外来齧歯類の駆除を目標としている。これを主導しているのはテキサス農工大学(Texas A&M Univ.)と豪アデレード大学のグループだが、現在はまだ実験室段階で実現にはさらに数年を要するという。

カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究者はネッタイシマカAedes aegypti)を対象とする研究を進めている。これはデングウイルスの四つの血清型に対する抗体を産生するカを作出し、これらウイルスを媒介できなくするのが目標だ。さらに野心的な試みは、いかなるウイルスがネッタイシマカに感染してもある種の毒素が産生されるようなカを作ろうとしている。これによりネッタイシマカがウイルス媒介昆虫として働かないようにしようとするものだ(注2)。

3.Gene driveは制御可能か?

Gene driveの概念はこれまでの遺伝子改変生物とは全く異なる。それは変異体が環境中で同じ変異を持った子孫で野生型を駆逐するようにデザインされている。こうした改変体が自然界で繁殖して制御不能になったらどのように対処するのか? CRISPRを用いたgene driveの創始者Kevin EsveltとGeorge Churchは、一度作った変異を上書きして元に戻すようなgene driveを作成している。

現在米国ではUS Defense Advanced Research Projects Agency (DARPA)とUS Department of Defense (DOD)が多額の研究資金鵜を投じてこうしたgene driveを無力化する方策の研究を進めている。ここでは詳細は省略する。余談ながら、米国政府はこのgene driveが安全保障上の重大課題と考えているようだ。

4.Gene driveの野外試験はどのようになされるのか?

上記Crisantiらはこれまでの実験室スケールを上回るサイズのより自然界に近い条件での室内(ケージ)実験を実施した。その主眼の一つは、自然界で起こるオスのスウォーミングという行動がgene driveの伝搬に寄与するかどうかの確認だ。このスウォーミングは繁殖においてメスを引きつけるための行動だ。結果は有望であったという。こうした大型ケージでの実験においても、これまでのところ耐性個体は見つかっていないと言う。

こうした大規模ケージでの複数の実験で問題が見つからなければ、これら技術を他の研究主体に引き渡すつもりであるという。そこで野外試験が計画され、政府の当該部門からの認可に向けての仕事が始まるわけだ。

Target Malariaという団体は名前の通りgene driveでマラリアを媒介するハマダラカの撲滅を最終目標にしている。この団体はブルキナファソ国内と周辺国の4万箇所に上る放飼拠点を設定し、地形や降雨などの影響を考慮しながら、放出されたカの動態を把握しようとしている。これまでの結果は一回だけの放出では不十分で、2−3年間隔での再放出が必要であることを示している。

大きな懸念はgene driveの実施が自然界の生態自体を変えてしまう懸念、あるいは仮にマラリア媒介昆虫としてのハマダラカが撲滅されても、他の種がマラリアを媒介するようなことが起こらないとも限らない(注3)。こうした諸問題についても専門家の間で議論されている。

5.誰がgene driveの実地応用を決定するのか?

通常の医薬品であれば認可申請に必要な準備期間は1−2年である。しかしgene driveではさらに長期間を要する。昨年NIH内に設置された15名よりなるワーキンググループはサハラ以南でのgene drive実施について多くの勧告を出した。

この中で力説されたのは、現地のコミュニティーと科学者が協力してこの技術に関して理解を深め、それによりこの技術をより適切にコントロールするべきでるというものだった。昨年NIH内に設置された15名よりなるワーキンググループはサハラ以南でのgene drive実施について多くの勧告を出した。この中で力説されたのは、現地のコミュニティーと科学者が協力してこの技術に関して理解を深め、それによりこの技術をより適切にコントロールするべきでるというものだった。

さらに現地(ブルキナファソ)の研究者は、近い将来こうした技術が当該国の研究機関で作出されるようになることを希望していると述べている。また既に現地では従来型の改変昆虫の試験的放飼も開始されている。こうした身近な営為は人々の新技術に関する理解を深めさせるのに役立つと予想される。

 

最後になるが私見を簡単に述べる。

Gene driveにかかわらず、いかにして新しい技術が社会で実施されてゆくかというのは現代の大問題である。特にgene driveはその技術の性質上、変異体の野外放出が最初から想定されてきた。仮にgene driveの効率が100%であって、環境中の当該生物の全てが置き換わった際に、予期せぬ不都合が生じたときにはどのように対処すれば良いのだろうか? 

それへの対処法として、その有効性、結末を確認するためには地理的に隔離された場所から実施するのが良いと思う。Gene drive以前の技術を用いた遺伝子改変ネッタイシマカの野外試験が英領ケイマン諸島で実施されている。実際この試験の成績はそれほど芳しいものとは言えなかったが、このケースは一つの試金石となろう。仮にgene driveで同様の野外試験がこうした離島で奏功するならば、さらに大陸での大規模試験の可能性が開けるように思う。同時に年余にわたる観察の結果、上に述べたような不都合が事態の存在も明らかになろう。

さて今回のNature記事の最後の部分(誰がgene driveの実地応用を決定するのか?)に特に注目して読んだわけだが、やや期待はずれの感がなかったわけではない。それは国際的なガイドラインの策定などに関する記述がなかったからだ。そうした国際的な枠組みの議論はどこでなされているのだろうか? 記事では比較的明るいトーンでgene driveの未来を記述しているように思えたが、これはよろずpro-technologyの態度を持っているNatureの性格を反映していると思う。

 

一般論だが、こうした社会に対して大きな影響を与えうる技術の開発や規制に関する議論が日本では十分でないように思われる。Gene driveはCRISPRをベースにしているので、手法的、原理的にはゲノム編集の一部と考えることができる。しかしgene driveで野外に放出する変異体が上図に描いたようにCRISPR-Cas9カセットを持っているはずなので、単なるIn-del変異体とは異なり”外来遺伝子”を持った変異体が野外に放出されることになる。ゲノム編集生物の評価についてはこの外来遺伝子が含まれるかどうかがポイントとなる。したがって、これら変異体の環境への放出については十分議論がなされることが必要だと思う。但し日本でgene driveが必要となる事例が存在すかどうかは今のところ定かではない。しかしこの点に関しては、現時点では人々の頭が最初からその可能性を排除しているように思う。そして何よりもgene drive自体に関する理解が全く普及していない。

 

(注)当然この遺伝子のgene driveを仕組んだオスを放つことになる。

(注2)この場合はネッタイシマカの生態そのものに影響を与えるわけではない。

(注3)マラリアを媒介するカは世界全体では60種にも上る。

ジーン・ドライブは世界を救うか?

もう4年も前になるが、gene drive(ジーン・ドライブ)という技術に関する記事を挙げておいた。最近のNature誌にこのgene driveのその後の展開に関する記事が載ったので紹介したい。

 

最初にこの技術について原理をを簡単に要約する。

CRSPR/Cas9によるゲノム編集の機構については既に広く理解されている通りだ。最初にガイドRNAに導かれてCas9タンパクによる部位特異的DNA鎖の切断が起こる。次いでこの二本鎖DNA切断の修復が行われる。この際Non-homologous end joining (NHEJ)による修復が発動すれば、切断部位の欠失や挿入が生じる。これにより当該遺伝子の失活が起こるわけだ。

この技術の発展型として、両端に相同配列を持った外来遺伝子を共存させてやれば、この配列が切断された座位に収まる。これは相同組み換え修復(Homologous recombination, HR)によって行われる。

Gene driveはこのHRによる外来遺伝子の挿入を利用している。下にgene driveのプロトタイプの模式図を前回の自分の記事からコピーしておいた。最初の段階で、CRISPRによって標的配列の二本鎖断裂(DSB)が起こる。この際両端に相同配列を持ったCRISPRカセットがあれば、このDNA断片はHRにより標的配列の座位に収まる(II、Allael 1)。次にAllele 1から産生された CRISPRによってAllele 2の標的配列でもDSBが起こる。この断裂がHRで修復される際にHRの鋳型としてAllele 1が使われる。結果としてCRISPRカセットがホモ接合になった細胞が得られる(III)。この状態においては、既にCRISPRの標的配列がゲノム上に存在しないので、CRSPRは無害である。

もしこのホモ接合のCRISPR産生細胞が生殖細胞系列に入れば、ホモ接合の精子または卵子が次世代(F1)の受精卵のゲノムを構成することになるが、これは本来ヘテロ接合だ。しかし受精卵中でCRISPR→DSB→HRによる相同組み換えが生じ、結果F1の体細胞全体もCRISRホモ接合となってしまう。

すぐに分かるように、仮に自然界に(特にオスの)CRISPRカセットのホモ接合体の個体を放ってやれば、野生型個体と交尾した結果ヘテロ接合の受精卵が生じる。これはすぐにホモ接合になる。したがって、自然界での野生型は少ない世代数で駆逐されてしまうことになる。これは離島のような隔離された場所では特に有効だ(注)。原理的には駆除が成立することになる。

したがって、CRISPRによる標的遺伝子として有害な形質を与えるような遺伝子を選んでやれば、その地域に生息する集団中から有害な個体が排除されてしまうわけだ。この有害な形質には、例えばある種のウイルスを媒介するのに必要な性質などが想定される。

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Nature誌の記事では、アフリカにおけるマラリアの媒介昆虫である蚊を制御することを目標として、gene driveを進めているAndrea Crisanti(Imperial College London)らの取り組みが紹介されている。順調にゆけば3年以内に野外への応用が実現するであろうという。

この技術の野外応用に際し最も重要な課題は技術そのものではなく、それをめぐる制度の策定、社会的受容の獲得、あるいはアフリカのような大陸国家群では外交的協調などが重要であると関係者は口を揃える。既にCRISPRの実地応用について中国での未承認のヒト臨床応用で大騒ぎになったように、こうした革新的技術の実地応用については最初の試みが失敗すると長い期間の休止状態になることが多い。社会的アレルギーが形成されるからだ。初期の遺伝子治療の試みもそうだったし、古くは日本で最初の心臓移植など(の失敗)の例を挙げればすぐに理解できると思う。

 

さて世界の科学情報局ともいえるNature誌はgene-driveに関する5つの以下の疑問を設定して、それらへの答えを提出している。これらはいずれも妥当な問いだと思われる。

 

1.そもそもGene driveは有効に働くのか?

2.他のどんな領域でgene driveが役に立つか?

3.Gene driveは制御可能か?

4.Gene driveの野外試験はどのようになされるのか?

5.誰がgene driveの実地応用を認可するのか?

 

(続く)

 

(注)離島における従来法による害虫駆除については、以前南西諸島のウリミバエの成功例を紹介しておいた。駆除における数理的予想はgene driveでも似ているが、世代ごとの野生型の減少効率が著しく向上するところが異なる点だ。

デニソヴァ人:アミノ酸配列を手掛かりにする

Paleoproteomics(古タンパク学?)の話。

 

進化という現象に多少の興味があるのでこのブログでも進化関する記事は比較的多く書いてきた。

これまで私が書いた題材の中で最も印象的だったのは、Svante Pääboらによる”ネアンデルタール人のゲノム配列の決定”という輝かしい業績だ。この一連の業績のうち、最も衝撃的だったのは現生人類とネアンデルタール人との交雑がゲノム配列から明らかになったこと、さらにそのことが人類の進化的形成に対する我々の見方を一変させてしまったことだ。

 

もう一つ、Pääboらの業績の中でも突出したものにデニソヴァ人(Denisova hominin)の発見がある。この”発見”というのが凄い。シベリアの洞窟で発掘された人骨というのは、実は歯だけだったのだが、ここから抽出されたDNAからゲノム配列を決定したところ、現生人類とも、またネアンデルタール人とも異なる人類であることが確定したのだ。これは身体の一部でも残っていれば、そこから取り出したDNAから例えそれが人類の仲間であっても新種を発見することができることを示している(注)。そういう時代のさきがけとなった発見だったのだ。

さらに重要なことは、ネアンデルタール人のときと同様にデニソヴァ人のDNAの一部が現生人類(この場合はアジア人)の間に残ってることが明らかにされたことだ。アフリカを脱出した人類(の祖先)は、行く先々で遭遇した人類の仲間と交雑を繰り返しながら現生人類を形作ってきたらしい。当然地域ごとに異るグループと交雑したことが予想されるが、実際現生アジア人とオセアニア人のゲノム中にはデニソヴァ人のDNA配列が数%の頻度で見出される。これはヨーロッパやアフリカの現生人類には存在しない。一方ネアンデルタール人のDNAはヨーロッパ人、アジア人とも2%程度の割合で存在している。これはアフリカ人には存在しない。これらの事実から、人類はアフリカを脱出してまもなく、既にユーラシア大陸に分布していたネアンデルタール人と交雑した。さらに東(つまりアジア方面)に向かったグループは、既にそこに生息していたデニソヴァ人と交雑した後、アジア、オセアニアに広がっていったと考えられる。

さて、上に述べたようにデニソヴァ人は残存していた歯から抽出したDNAによって新たに旧人として同定されたものだ。DNA配列以外には形態などの手がかりはない。ところが今年になって、チベットで発見された約16万年前の顎骨がデニソヴァ人のものであると同定された。この発見の面白いのは骨からは使えるDNAが全く回収できず、代わりに回収されたたんぱく質アミノ酸配列が利用できたことだ。

我々実験者は”DNAは安定、RNAは不安定、タンパクも不安定”という常識を持っている。しかしいくつかのタンパクは例外で、長い時間を経ても安定である。その一例がコラーゲンで、今回の発見もコラーゲンのアミノ酸配列によっている。特定のアミノ酸残基が現生人類とも、ネアンデルタールとも異ること、およびそのアミノ酸配列がデニソヴァ人のゲノム配列から示されるアミノ酸配列と一致したことが決め手となった。

 

また新しい時代に突入したようだ。

こうしたきわめて古い検体からタンパクを抽出し、そのアミノ酸配列から進化や生態を探ろうとする分野をpaleoproteomicsと呼ぶらしいが、当然この言葉は大変新しい。しかしこうした分野にもパイオニアがいて、 1,980年代から試行錯誤しながら手法を確立したらしい(注2)。既に最古のものとして約380万年前の動物検体からのアミノ酸配列決定に成功している。この目覚ましい進歩は主に質量分析法(mass spectrometry)の高性能化によっている。

21世紀になり、ネアンデルタール人、デニソヴァ人のゲノム配列が明らかにされた。だから、さらにそれ以前に地球上に生存していた原人のゲノム配列が明らかにされることが強く望まれてきたのだ。しかし、こうした原人の骨が高頻度で発掘される大陸はアフリカだ。アフリカはいうまでも暑い場所である。当然DNAの保存には不向きだ(注2)。もう一つ、原人が発掘される場所がある。それはインドネシアをはじめとするアジアだ。ここも高温多湿である。こうした事情から、旧人よりも遥か昔に生きていた原人のDNAを入手はほぼ不可能と思われている。

H. erectusは14万年前まで、またH. floresiensisは6万年前まで生存していたことがわかっている。これはpaleoproteomicsの対象として十分射程に入る古さ(新しさ?)だ。こうした努力の先に、現生人類がいかにしてできてきた(進化してきた)か、そのヒントが得られることだろう。

しかし当然のことながら、ゲノム配列に比べるとタンパクの情報量は圧倒的に小さい。実際チベットのデニソヴァ人の場合は、トータルで約2,000アミノ酸残基しか読めなかったのだ。この場合は現生人類、ネアンデルタール人、デニソヴァ人のゲノム配列がレファレンス(参照)として利用できたのが幸いしたのだ。しかしゲノム配列が未知の動物(人類)ではこうは行かない。

もう一つの大問題は、検体に現代人(特に研究者)や動物のタンパクが混入している可能性だ。これはDNA配列の際にも遭遇した問題である。ゲノム解析においてこれを解決することなくしてPääboの業績はなかったことは明らかだ(注4)。 先覚者達はこれらの諸問題を早くから認識していて、現在は慎重にことを進めているということだ。

ますます面白くなってきた。

 

(注)デニソヴァ人(ネアンデルタール人)と現生人類とが別の種であるかというのは定義の問題。この件に関しては、Pääbo自身も問題があることを著書の中で認めている。

(注2)例えばコペンハーゲンMatthew Collins

(注3)DNAは低温かつアルカリ性環境で安定である。ネアンデルタール人のゲノム配列が決定された検体は、クロアチアの洞窟で採集されたもので、洞内はアルカリ性であった。デニソヴァ人の場合は気温の低いシベリアの洞窟だった。

(注4)興味のある方はPääboの著書を読まれると良い。

生物多様性の話題(2):新種探索のコンソーシアム

現在は第6大絶滅の真っ最中である。人類が”生物は絶滅する”ことを発見してから僅か200年余り、この絶滅の勢いは人類が絶滅する以外止めるすべはおそらくない。毎年多くの種が新たに発見されてるが、それを上回る数の生物種が絶滅している。

 

DNA塩基配列に基づく新種発見の国際コンソーシアムが立ち上げられた。これはカナダのグェルフ大学(University of Guelph)が率いたグループで、International Barcode of Life(iBOL)という。このコンソーシアムの特徴は、生物種の同定をミトコンドリアDNA の中にある1kbの以下の領域(バーコード)の配列決定で種同定を行うものだ。この部分の配列がデータベース上にある配列に該当しなければ、それは新種である。

世界中の生物種の総数は870~2,000万種と見積もられているが、これまでに記載されているのは180万種にしか過ぎない。このコンソーシアムでは200万以上の新種の発見を目指している。特に昆虫については種の同定が手付かずの状態だ。バイオマスとしてみたとき、地球上の昆虫の総量は、野生の脊椎動物の総量を上回るとされていて、それらの種同定は重要である。

コンソーシアムには世界30カ国の研究機関が参加し、計2,500カ所で試料収集を行う(注)。7年間に要する費用は1億8,000万ドルだ(米ドルか加ドルかは不明)。検体の運搬、保存の手間を省くために、現地で核酸抽出と配列決定を実施するのだ。このために力を発揮するのがMinIONと呼ばれるポータブルシークエンサーだ(注2)。シークエンサー自体は携帯電話程度のサイズなのでどこにでも携帯可能だ。現地でバーコード配列を決定し、それをグェルフ大学に送付すれば良い。この転送のためのシステムをシークエンサーの製造元(Oxford Nanopore Technologies)が開発中とのこと。今のところ、すべての工程に要する費用は約1ドル/検体ということだが、さらに安くなる見込みだという。

さて、以上紹介したように現地での採材配列決定(On-Site Barcoding)が安く行えるということだが、このことはアマチュア研究者にとって朗報である。近い将来学校のクラブ活動で新種同定が行えるようになるかもしれない。ドローンを併用すれば面白いアイデアが実現するかもしれない。

 

(注)残念ながら今のことろ日本からの参加は記載されていない。

(注2)この安価なシークエンシング法については以前の記事で紹介した。

生物多様性の話題(1):シカゴのフィールドミュージアム

先週シカゴに滞在した際、かねて行きたいと思っていたフィールドミュージアムField Museum of Natural History)を訪れた。米国最大級の博物館だ(注)。ミシガン湖に面したシカゴダウンタウンの最南端を固めるように立地している。その巨大なギリシャ・ローマ様式の外観と同じく、内部の展示内容も壮観だった。全部を丁寧に見て回ると数日でを要するので、今回の初訪問ではいくつかの展示に焦点を絞って見て回った。

こうした大規模な博物館はPhDを持った研究者を多数抱えていることが普通だが、フィールドミュージアムにもこれは当てはまる。こうした研究者達の活動の一部を記録・展示した一画があり、それはアマゾン地域での熱帯雨林の保護に関する年余にわたるプロジェクトだった。このプロジェクトに参加した研究者は生物学者のみならず、文化人類学者、社会学者も含まれている。実際の活動は、研究対象となった地域における生物種の記載、および地域に暮らす人々の調査、さらにそうした人々への啓蒙活動である。こうした活動には現地語での会話能力を持った研究者が派遣される必要があるが、スペイン語を話す研究者が複数含まれているようであった。

この展示の中で一つ驚かされたことは、毎年熱帯雨林の破壊によって大気中に放出される二酸化炭素の量は、他の全ての人間の活動によって放出される二酸化炭素の総量を有に上回るという事実だ。一度破壊された熱帯雨林は再生できないという事実(注2)と共に、銘記されるべきことだと思う。

 

もう一つ興味を惹いたのは、上層階の広い通路に面してPritzker Laboratory of Molecular Systematics and Evolutionという分子生物学的手法で研究を行うための研究室が設置してあったことだ。パネルの説明には、世界各地で採取された生物試料が凍結した上でシカゴに送られ、それらのDNA配列がこの研究室で決定されるということだ。研究室の名称から判断すると、塩基配列を基に生物分類と進化を捉え直すことを目的としているらしい。

廊下に面した側はガラス張りになっていて、一般の見学者が研究室の内部を覗けるようになっている。さらにマイク越しにスタッフに質問できるようになっている。本来これは学童や科学に素人の人を対象としているのだろうが、周囲に人がいなかったので、私も質問を試みた。”こうした塩基配列に基づいた分類の試みは、Field Museumの膨大なコレクションの再分類にどのように貢献しているのか?”という問いに対して、”それは良い質問だと思うが、個々のセクションのマネージャーの考えに委ねられていると思う。”というのが回答であった。欧米の博物館では、膨大なコレクションの中には分類が手付かずの状態の標本が少なからずあり、その中から新種が発見されることも時々あることを聞いていたからだ。

 

生物分類が生態学的研究に必須であることを強く認識してヒトの腸内細菌学を確立したのは光岡知足である。先に紹介したアマゾンにおける新規生物種の記載はこうした思想に従っている。最新の塩基配列決定技術を駆使すれば、試料を丸ごと配列決定することにより生物種の動態を定量的に解析することができる。こうしたメタゲノム的アプローチについては特に展示で説明されていなかったが、当然ここでも既に行われているものと推察される。

 

(注)博物館とは”博物学(Natural History)”に関する展示を行う場所(Museum of Natural History)。日本で一般に使われている博物館の語は実際はMuseumの訳として当てられている。しかし本来Museumはより広い意味を持っていて、普通展示物を特定するための語句が付いている。例えばMuseum of (Fine) Artsは美術館だ。したがってMuseumの語は狭義の”博物館”よりも広い意味を持っている。ワシントンDCのNational Museum of Natural Historyは国立自然史博物館、ニューヨークのAmerican Museum of Natural Historyアメリカ自然史博物館と訳されているが、本来はともに”自然史”は余計である。誤訳と決め付けるわけではないが、文明開化期の翻訳がやや不適切であったと思われる。

 

(注2)この点で温帯林と事情が異なる。温帯林は林が破壊されても土壌が残っているのでやがて再生する。かつて神奈川県にあった有名なゴルフクラブが廃業したところ、芝地が約15年で雑木林になったらしい。一方熱帯雨林ではもともと高温なので土壌の厚みが貧弱である。有機物が早く分解してしまうからだ。上部の森が破壊されると、強い日射と激しい降雨によって貧弱な土壌が容易に流失するため短期間に裸地化が進行してしまう。

 

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Pritzker Laboratory of Molecular Systematics and Evolution
 

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 恐竜展示室から見えるシカゴダウンタウンミシガン湖。20世紀に発展した市街地の最高傑作。 

 

平成の終りを飾る上野千鶴子の”祝辞”

あまりにも多くの人々が論評している例の件だ。私が一万キロ東から常々感じていたことを書いてみる。(但し、私は政治学者でもなく、社会学者でもないので、かなり変なことを書いてしまうかもしれない。)

このブログのテーマである”主に生命科学と社会を考える”とはあまり関係ないようだが、微かに関係があることはある。

 

ここ米国では共和党のトランプという人物が大統領の職に就ている。この人物は見かけ通りに自身の欲求とか欲望に忠実なのであろう。今日の論点(というほどのものではないが)の一つは、この”欲望に忠実”ということである。

 

民主主義を構成している二大原理というものがある。言うまでもなくそれは”自由”と”平等”だ。原理と書いたが実際は民主主義社会が実現しようとしている理想である。だからこれらは原理ではなく”イデオロギー”と呼ぶべきなのだ。

実際この”自由”というのが曲者だ。各人が各々の自由を極限まで追求すれば、世の中は相当鬱陶しいことになる。どこかの先生が学士会報に書いていたが(失礼ながら、著者名は失念)、フランスとイギリスでは自由の概念が多少異なるという。前者(仏)では主に政治的自由が、後者(英)では経済的自由が大事だというのだ。米国はアングロサクソンの国として成立したので、この国では経済的な自由が重きをなしている。

問題は、各人が経済的自由を追求すると、誰かは金持ちになれるがすべての人がそうなるわけではないと言う冷厳な事実だ。だから経済的自由の追求は結果として不平等をもたらす。

この観点に立つと、”自由”と”平等”は相反するものである。別の言い方をすると”自由”と”平等”は対立概念であるということができる。(この点で日本の政党は自由も平等も一緒くたで、その点においては与野党に違いがない。だから常に対立軸がはっきりしない。)

 

ある時期に経済的自由が追求されると、それは富の分配の不平等をもたらす。これは放置すると社会に不満が蓄積して社会不安(暴動など)を引き起こすので、いずれ解消されなければならない。それを富の再分配(例えば累進課税)とか、社会福祉とかで解決しようとするのだ。(ちなみに消費税は逆進性があるので弱者をいじめる馬鹿な制度だ。)

大雑把にいうと、前者(自由)の実現を目指しているのが共和党で、後者(平等)の実現を目指しているのが民主党だ。だからトランプという人物が欲望に忠実であるように見えるのはとても自然なことだ。共和党政権で富の総量を増やし、その蓄積でもって民主党政権がその再分配をする。パイの拡大とその分配が交互に行われるわけだ。これが米国流二大政党による政権交代の大雑把なメカニズムだ。伝統的には英国の保守党と労働党の関係もこれに近い。(尤も最近の英国は多数党乱立の傾向のようだが。)

 

例によって前置きが長くなったが、平成時代の日本について考えてみよう。すでに多くの人々が書いているので今更の感があるが、私はこの間の日本では”人々の欲望が自己抑制された”と考えている。経済的自由を追及する(つまり金持ちになろうとする)ことは自己の欲望の発露の代表的なものであろう。多くの人々が経済的成功を目指そうとすれば、リスクを取って投資がなされ、それは結果として国の経済の活性化につながるであろう。

しかし実際はどうか? 人々はリスクを取らなくなった。今またマイナス成長になったいるらしい。経済的リスクはもとより、対人関係のリスクも取らなくなった。その結果が童貞率や未婚率の急上昇であり、少子化の進行である。欲望はどこに行ってしまったのだろうか。

結果、経済的にも対人的にも平等に貧しくなった。それでいいのだろうか?

 

話が飛躍するようだが、平成は過剰なコンプライアンスの時代だったと言われる。コンプライアンスとは欲望の発露と対立するものだ。世にいうリベラルの人々は差別とか、平等とか、こうした観念ばかりを強調して、人が本来持っている欲求とか欲望などをおよそ無視している(ふりをしている)、ないしは抑え込もうとしている。間欠的に出現する不倫報道はその最たるものだ。不倫は不道徳なものだが有史以来それが無くなったためしはないのに。こうした傾向は大手マスコミを始め、政治家、官僚、さらには大学教授の間に蔓延している。(そのくせ保身への欲求は高度に発達している。)

戦後教育の成果、ここに極まれりというべきか。

 

世の中で飛躍的な進歩を産み出すのは、どのような人々なのだろうか。ホンダやソニーを裸一貫で気づいた人々を見れば良い。あるいは科学的大発見を成し遂げた人々はどんな人々か。山中新也を見よ。本田宗一郎は部下をスパナで殴ったという。これは現代的には当然コンプライアンス違反だし暴力行為だ。私の年配の知人で国立の研究所で上司にバットで殴られた人がいる。昭和の頃にはこうしたことは結構あったのだ。しかし当人たちは強い信念と使命感を持っていた。本田はとてつもなく大きな目標を持っていたのだ。その一つは今ホンンダジェットとして結実している。こうした人々は他人のコンプライアンス違反とか差別的行動を咎めたりしない。なぜなら自身の目標追及に忙しいから。そうではない人々がそれを声高に叫んでいるように思う。日本はいつから暇人だらけになってしまったのだろうか。

 

最初の部分に戻る。 

タイトルで今回の東大入学式での祝辞を”平成の終わりを飾る”と書いた。これは皮肉でもなんでもない。この上野千鶴子の”祝辞”こそ平成という時代を体現していると思う。元号というのは便利なもので、変わると新たな気分を持てる。新元号になり日本は再生しなけらばならない。今、元気のない日本で必要なことは何か。東大の入学式で平成の次の時代に羽ばたく若者に対する祝辞としては、誠に覇気がない話ではないか。日本に必要なことは若者の欲望を解き放ってやることなのだと心底思う。

東大自身が変わる必要があるのだ。

 

最後に女性差別に関して私見を述べる。

私は女性差別の存在を否定するものではない。女性の”社会的”地位の向上に反対するわけでもない。私の考えはいわゆるリベラル系の人たちの考えと変わるものではない。職場での女性の地位を考えるとき、やはり間近に見る米国の職場環境は素晴らしく思える。(こういうことをあまり書くと、アメリカ出羽守といわれるので普段は控えているが。)しかしその米国でもここまで来るのに100年かかったのだ。

日本の女性差別については独自の歴史的、文化的条件に起因している。しかしそれに加えて多くの物理的条件が影響しているように思う。私の考えるその最大の条件は東京の存在である。この人口3,700万人の世界最大の大都市圏の存在が男女平等参画を阻んでいるのだと思う。そのメカニズムについてはここでは詳しく語らないが、素直に現状を観察すればわかることだ。東京大都市圏は人間が人間らしく生活するには大きすぎるのだ。こうした物理的条件を解消せずに女性差別解消だけを主張するのは単なる精神論に近い。精神論は乱暴だというならば、イデオロギーだ。こうした負の物理的条件が解消されてから、さらに長い時間(100年?)が必要なのだと思う。

私は東京の存在が男女共同参画の最大の障害であるという論に未だお目にかかったことがない。それはそうだろう。一極集中の東京でいい思いをしている(あるいはそのように錯覚している)識者たちが東京解体論を主張するわけもない。

皆さんが素直に自らの目で見て、頭で考えてほしい。

 

とりとめのない話になってしまったが、来たる令和の時代がより元気な時代になることを祈りつつ、筆をおく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワクチンが効くのは何年?

これはとてもは大事なことだが、あまりホントのことは知らされていない(注)。

Scienceサイトの4月18日付のニュース記事にこれに対する答えが書いてある。公開記事なので、興味のある方は読まれると良い。

 

結論を言うと細菌毒素の3種混合、これは破傷風ジフテリア、百日咳だが、前2者に対する免疫はほとんど終生持続するが、百日咳だけは数年で消失する。

生ワクチンの3種混合、麻疹、風疹、おたふく風邪だが、これも前2者に対する免疫は終生持続する。おたふく風邪のみが10年程度で効果を失う。

したがって、これらに対しては再びワクチン接種を受ける必要がある。

面白いのは(面白くない?)のはインフルエンザワクチンだ。これは約90日で感染防御効果が失われる。米国ではインフエンザワクチンの接種は、流行が始まるかなり前に開始される。例えば9月に接種を受けた人は、流行期の1月、2月には既にそのワクチンによる感染防御能は失われている(笑)。インフルエンザに関しては他にも大きな問題がり、もしワクチン株にかなり近いタイプの感染を受けた場合でも罹患することが多い。しかしその場合でも症状の重篤化は防げるので、やはりワクチンを受けることは有益なのだそうだ。

2016年にWHOで、黄熱ワクチンのブースター接種(初回接種で生じた免疫を増強するための追加接種)の必要性が議論された。これは、過去70年間にワクチン接種を受けた540万人の中で、黄熱に罹患したのがわずか12例であったことを根拠にしている。しかしブラジルの報告では過古35年間に黄熱ワクチンを受けた人のうち、459人が黄熱に罹患したという。WHOが根拠にしたデータがどこから出てきたかよくわからないが、ワクチン接種後10年で感染確率が上昇するらしい。WHOが根拠にした数字は、当該ワクチンによって世界のかなり広い地域が黄熱の清浄地になったことに起因しているらしい。

記事ではあまり詳しく触れられていないが、記事中のグラフによると天然痘ワクチンの効果は一生の間に徐々に低下してゆくようだ。既にワクチン(種痘)を受けている人の大部分は感染防御能が低下している。したがって再び天然痘の流行が起これば大惨事になることは想像に難くない。もっとも再流行の可能性はかなり低いが。

最近接種が開始されたワクチンでは、パピローマウイルス(HPV)ワクチンが優れている。まだ30年程度しか歴史がないが、血中中和抗体は良好に持続している。本当にこのワクチンの日本での再開が望まれる。私見だが、女性が接種を受けるのが普通の考え方だが、女性の代わりに男性がもれなく接種を受けても効果は同じで、その集団(つまり日本人)の女性の子宮頸癌の頻度は劇的に低下する。一考を望む。

 

さて科学的(免疫学的)に重要な課題は、なぜワクチン(病原体)によって効果の持続期間が異なるかだ。これについては何人かの専門家のコメントが載せられているが、いずれも”解らない”と言っている。これがわかれば持続期間を延ばせる可能性が出てくる。

 

(注)無論、知ろうと思えば文献に当たれば良い。しかし何しろ病原体の数が多いので門外漢が自分で概略を知るには無理がある。