メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

"Reverse global vaccine dissent"

Science誌最新号の巻頭言のタイトルである。”反ワクチン主義を押し戻せ”とでも訳せるか。著者はHeidi LarsonとWilliam Schultz。ともにLondon School of Hygiene and Tropical Medicineの所属で、前者は教授、後者は大学院生。

 

以下、私なりの翻訳(要約、意訳)。

WHOが今年世界の人々の健康を脅かす10項目のリストに入れているのが”反ワクチン運動(ないしは感情)だ(注)。記事ではナイジェリアでのポリオワクチンへの忌避とそれに起因する世界規模でのポリオの再流行や、日本、デンマークアイルランド、コロンビアにおけるワクチン接種後の疾患が、接種の中止を引き起こしたことが述べられる。さらに特定の宗教では戒律をもとにワクチンの不当性を訴えたり、迷信に基づいて世俗療法でワクチンを代替しようとする動きも絶えない。しかしこうした動きは何も新しいものではない。問題はSNSによってこうした反ワクチン運動、機運が広範囲に拡大している現況だ。

記事の後半では、なぜワクチン接種が必要かという点に論点が移る。そのキーワードとして、集団免疫(Herd (community) immunity)の概念を述べれる。集団が一定以上の割合で免疫を持っていると感染症の流行自体が発生しない。さらに大事なことは、ワクチンを受けられない人々の存在だ。どの社会にも一定の割合で、免疫学的な弱者が存在する。ここには小児、老人、あるいは免疫不全を持った人々が含まれる。臓器(骨髄)移植を受けた患者も含まれる。免疫抑制剤を投与されているからだ。こうしたワクチンを受けられない、あるいはワクチンが無効な人々は、その所属する集団が免役を持っていることにより感染症から守られているのだ。

約20年前、悪名高いAndrew Wakefieldが三種混合(MMR)ワクチンが自閉症の原因となるとする論文を発表した。この説はまたたくまに世界に広がった。これは時を同じくして世界に出現したSNSによるところが大きい。2,010年にWakefieldの論文は撤回されたが反ワクチン感情は一人歩きしてさらに増幅している。

こうした状況を憂慮して、American Medical Association(AMA)は主要なSNS関連企業のCEOに対し、ワクチンに関して科学的に正しい情報だけにユーザーがアクセスできるようにすることを要求した。しかし反ワクチン感情(主義)はすでにその人のアイデンティティーの一部となっていて、そうした人々のネットワークが容易に潰えるとは考えられない(注2)。

最後の部分にこの反ワクチン主義(感情)の克服のための提言が述べられるが、あまりに抽象的なので省略する。

 

以上が巻頭言の内容である。

 

以下、多少の私見を追加する。

 

現実にワクチンによって引き起こされた問題について、記事を書いたことがある。その一つの例はGSKで生産されたインフルエンザワクチンの一つの件。欧州ではこれを接種された人のうち約1.300人(約23万人に一人)がナルコレプシーを発症している。ナルコレプシーは特異な症状を呈する自己免疫疾患だ。GSKの研究者のねばり強い追求の末、製剤に含まれるインフルエンザのNPタンパクの一部が、ヒトの2型ヒポクレティン受容体と類似した配列であることに気づいた。このNPタンパクがワクチンを受けた人の体内で2型ヒポクレティン受容体に対する抗体を作らせ、それでナルコレプシーが引き起こされることが判明した。NPタンパクは本来最終製剤に含まれるべきではない成分だが、どうしても夾雑タンパクとして残ってしまうことがあるのだ。

核酸ワクチンの研究が進んでいるが、この方式だと夾雑タンパクの問題は回避される。

 

ワクチン接種は国単位での仕事だ。世界の主権国家の機能が弱い(例えば内戦状態等の場合)地域では感染症が頻発している。ワクチン接種に伴う副作用、事故など、ワクチンは完全無欠ではない。しかし国、地域で見たときには必ずワクチン接種が行なわれない場合よりも圧倒的にメリットが大きい。

ワクチン接種を推進する側、すなわち国は強い使命感を持ってことに当たる必要があるのだ。最近は問題が起こるとすぐに任意接種になってしまう。当該部局の使命感はあるのだろうか?

国家が責任を持つべき最低限の行政分野は安全保障、外交、公衆衛生等、それほど広いものではない。ワクチン接種の考え方は軍事、国防などと共通する部分がある。全体を守る為に少数の犠牲を受け入れるという考え方だ。この少数の犠牲に報いることはとても重要だが、ここではこの件には深入りしない。少数の犠牲を伴う事業にこそ国が責務を果たす必要がある。この犠牲は理不尽なものであって、ワクチン接種の必要性について、十分に敎育・啓蒙してゆく必要があると思う。

反ワクチン感情を煽る(いわゆる)リベラル系の新聞社は明白に社会の敵である。今後日本で多くの人女性が子宮頸がんで命を失うことが予想されるが、一体誰がこの責任を取るのだろうか?

 

(注)他に気候変動や薬剤耐性菌など。詳しくはWHOのサイトで。

(注2)こうした人々に共通する性向として、反原発、反GMO、向クリーンエネルギーなどがセットで見られることが多い。

ミツバチ殺さぬ「殺虫剤」

日刊工業新聞のサイトに”ミツバチ殺さぬ「殺虫剤」を導き出したAIの貢献度”という短い記事が出ている。あまりに短いのでこの住友化学の試みがどのようなものかは今ひとつ定かではない。

先に昨年11月にScience誌に出された同号に出た研究論文の紹介記事を挙げておく。タイトルは"Pesticide affects social behavior of bees"だ。要するにネオニコチノイド系薬剤が蜂の社会行動に影響を及ぼして、その結果蜂のコロニー維持に支障をきたすという実験結果が得られたという。ネオニコチノイドがミツバチの生死そのものに影響を与えているわけではなく、社会行動の異常によって子孫の繁殖が行われなくなり、結果コロニーが消滅するというわけだ。

但し、ここで紹介された研究ではミツバチではなく、マルハナバチ(bunlebee)が実験材料として用いられているが、この紹介記事ではマルハナを使ったことがこの研究の成功の理由であると述べている。(私にはその理由はよくわからないが。)ミツバチで同じことが起こるかどうかは今のところ不明だが、マルハナバチもいわゆる授粉者(pollinator)として働いているので、この実験結果は実用的価値がある。

最初の住友化学の試みに関する記事では、ハチへの毒性を抑えた殺虫剤の開発にAIを用いたということだ。計算結果に基づいて試作品を合成したところ確かにハチへの毒性の低い成分が合成できたという。

しかし世界的に問題となっているネオニコチノイドもハチへの”毒性”自体ははっきりしない。そこに上のScience誌の論文の価値があるわけだ。住友化学の試みは評価できるとしても、さらにAIには”ハチの社会行動に影響を与えないような”成分を”考えてもらう”ことが必要かもしれない。

 

 

サンタ・アニタ競馬場、ナカタニ騎手

競馬好きの人には馴染みのある名前だと思うが、サンタ・アニタSanta Anita Park)はロサンゼルス近郊にある名門競馬場だ。

3月29日のScience誌のニュース欄に"Wave of horse deaths on famed racetrack poses puzzle"という記事が出た。”名門校競馬場での相次ぐ競走馬の死亡の謎”とでも訳せようか。

記事の内容は、サンタ・アニタ競馬場でここ3ヶ月以内に計22頭の競走馬が脚部の故障のために薬殺処分となった。この間の死亡率が異常に高いことが問題視されている。その原因がサンタ・アニタ独特のターフの性質によると思われたので、米国内で評価の高い研究施設に調査を依頼したが、依然として真因が不明であるということだ。

近年の競馬は競走馬に過剰なストレスがかかる。行くところまで言ってしまった感がある。今回の件で最も敏感に反応したのは動物愛護団体だ。いわば競馬そのものが曲り角に差し掛かっているような気がしてならないが、このことに関しては今回は書かないことにする。

最近サンタ・アニタでもう一頭の競走馬が死亡したので、少なくとも丸一日競馬開催を中止することが決まった。カリフォルニア州の競馬を統轄する組織であるCHRB(California Horse Racing Board)は、来週この問題を討議することを公表した(注)。

 

以下の部分は本質的には競馬そのものとは関係ない。

サンタ・アニタ競馬場は大戦中に日系人の収容施設として使用された(注2)。米国人騎手で日本でもたびたび騎乗しているコーリー・ナカタニCorey Satoshi Nakatani)は日系三世だが、彼の父親は収容所で生まれ、サンタ・アニタで幼児期を過ごしたという。コーリーはその父に連れられて競馬場に行き、騎手への道を選んだ。そのナカタニがサンタ・アニタで勝利した時のTVドキュメンタリーが全米ネットのスポーツ専門局(ESPN)で作られたという。これを製作した人(米国白人)は、周囲の米国人があまりにも戦時の日系人収容のことを知らないので、何とかスポーツに絡めたドキュメンタリーを作ろうと思ったそうである。残念ながらこの番組は結局放送されなかった。

この話はリトルトーキョーの全米日系人博物館でのシンポジウムで聞いた。ロサンゼルスを訪ねる方には全米日系人博物館に立ち寄ることをお勧めする。

 

 

(注)米国には日本のJRAのような全国的な競馬組織は存在しない。州ごとに組織がある。例えばニューヨーク州ではNYRAという組織が、ベルモントサラトガなどの競馬場でレースを開催している。

さらに国民的な人気という点でも日本とは大きな差がある。米国ではケンタッキーダービー(5月初め)から始まる3歳馬の、いわゆる三冠馬を決定する三つのレースだけが全国的に注目される。したがって多くの人々にとって競馬の季節は5月の1ヶ月間だけだ。しかも馬が最も強くなるその後の時期には見向きもされない。

(注2)全米日系人博物館によると正式な日系人収容所は計11箇所とされており、サンタ・アニタは含まれていない。収容所に送られる前に日系人が集められていた集合所の一つであったらしい。

 

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サラトガ競馬場

 

シドニー・ブレンナーのこと

シドニー・ブレンナー(Sydney Brenner, 1,927-2,019)が亡くなった。

 

シドニー・ブレンナーと会ったのは1,996年のこと。当時私は東京の大学に勤務していたが、ブレンナーがカリフォルニア(サン・ディエゴ)に新しい研究所を作ったと聞いて、手紙を書いたのだった。当時はジョブの応募は手紙でやるのが普通で、さらに高齢のブレンナーだとますますメールは使ってないようだった。

しかし手紙の返事は来ず、あれほど高名な学者ならば無視されても仕方がないと諦めていた。ある日ラボのFAXが音を立てて動き始めた。今どきFAXなど一体誰が送ってくるのだろうと思っていると、なんとそれはブレンナーからであった。”来月東京に滞在するので、xx日の朝8時にパレスホテルのロビーに来い"という。

結局カリフォルニアの研究所はできたばかりで、人を増やすだけの予算がないのだという。その代わりというのもなんだが、シンガポールのラボなら今すぐにでも採用できるという。結局のところ家族や子供のことを考えて、米国の他の場所に来ることを考えて現在に至っている。

 

その頃ブレンナーは何をしていたか? それはフグプロジェクトだ。フグとはあの有毒な魚類のフグ(河豚)である。その頃すでにヒトの全ゲノム配列を解読することを目標とするヒトゲノムプロジェクトが始まっていた。しかし、それがいつ完了するかは不明であった。ヒトのゲノム(ハプロイド)の総塩基対数は3,3 Gbもある。しかもそのかなりの部分がいわゆる非コード領域だ。解読された塩基配列のうちのほんの一部が”意味のある”遺伝子であるわけだ。そこでブレンナーはゲノムサイズのより小さいフグに着目したのだ。トラフグの全ゲノムサイズは約400 Mb(0.4 Gb)だ。フグはレッキとした脊椎動物なので、脊椎動物の持っているべき発生・生理に関わる遺伝子を一セット持っている。したがってランダムにゲノム配列を解読してゆけば、ヒトゲノム計画と比べると約8倍の確率で遺伝子に当たると考えたのだ。あとはヒトの類縁配列をクローニングしてやれば良い。

私はこのシステムを用いて、第一染色体短腕上にあることが想定されている神経芽腫のがん抑制遺伝子の探索をしたいと考えていたのだ。神経芽腫では約4分の1のケースで癌遺伝子MYCNが増幅していることがわかっていて、このMYCNの増幅が予後と強い相関を示す。こMYCN増幅は常に第一染色体数短腕(1p36)の欠失を伴うことから、1p36にMYCNの増幅を抑制している、いわば”がん抑制遺伝子”があることが想定されていた。ランダムなヒトゲノム配列の解読により1p36にある遺伝子がを全て洗い出すことは可能である。しかしそれには相当な時間がかかる。そこでフグを使えばこうした遺伝子の探索がずっと容易に出来るのではないかと考えたのだ。

フグプロジェクトそのものは、ヒトゲノムプロジェクトが予想外のスピード完了したため、その存在意義を失ってしまった。世界の叡智のもとに開始されたフグプロジェクトは米国流物量作戦に完敗したのだ。

 

ブレンナーの研究人生はこうしたモデルシステムの開発に捧げられたと言っても過言ではない。線虫のC. elegansの細胞系譜を調べ上げたのもブレンナーの功績である。エレガンス線虫の個体発生はあらかじめ設計図に描かれているように進行する。発生過程で特定の細胞を除去してやると、その細胞が最終的に成体で占めるべき部位が欠損した成体ができてしまう。

この細胞系譜を利用してプログラム細胞死(Programmed Cell Death)の機構を解明したのがロバート・ホロビッツ(Robert Horwitz、MIT)だ。この予定された細胞死の機構解明に対してホロビッツノーベル賞が贈られた(2,002年)。同時にブレンナーにも贈られた。ブレンナーは具体的にプログラム細胞死の機構解明そのものにおいて大きな功績をしたわけではない。しかし私の想像だが、アカパンカビから始まる生物科学への巨大な貢献をなした、この20世紀の叡智に対してノーベル財団が顕彰したのがこの年のノーベル賞だったと思っている。

この決定に誰も異議を唱えることはできなかったと思う。

 

 

 

感染を促進する抗体の正体

これに関連する記事は二年前にも書いた。

 

ジカ熱流行の衝撃

ここ数年世界で問題となった感染症に、エボラ出血熱とジカ熱がある。エボラの場合、感染力、致死性が共にきわめて高く、流行を封じ込めることの重要性に議論の余地はない。一方、ジカ熱自体は致死性は低く、症状も軽い。ところが2,015年5月に始まったブラジルを中心とする中南米での流行で驚くべき事実が明らかになった。妊婦が感染した場合、経胎盤的に胎児が感染し、その多くが小頭症を発症したのだ。

ジカ熱ウイルス(ZIKV)はフラヴィウイルス属に分類される。ここにはデングウイルス(DENV)、日本脳炎ウイルス、ウェストナイルウイルス、黄熱ウイルスなどが含まれる。これらのウイルスの多くは蚊などの媒介昆虫によって伝播され、だいたいは不顕性感染である。こうした特徴はフラヴィウイルスによって引き起こされる感染症を理解する上で重要だ。これまで症状的には軽微にとどまると思われていたZIKV感染が、小頭症を起こすとは、、、。

 

フラヴィウイルスにおける抗原的類縁性

フラヴィウイルスの各ウイルス種の間には多かれ少なかれ抗原性における共通性がある。通常抗原的共通性がある場合はそれらのウイルス間で交差免疫が成立する。しかしフラヴィウイルスでは事情は少し込み入っている。

話をデングウイルスに移す。デングウイルスには四つの血清型(DENV-1 ~ 4)が存在する。血清型とはそのウイルスの抗原性に基づいた分類である。ある血清型のウイルスに感染すると、その後同じ血清型のウイルスに対する感染防御が成立する。これは他の多くのウイルスと同じだ。ややこしいのは他の血清型の再感染である。デングでは他の血清型の際感染に際しては、激症型の感染経過をたどることがあり、これをデング出血熱と呼ぶ。ここではそのメカニズムを詳述しないが、特定の抗体がウイルス表面に結合することにより、ウイルスの細胞への感染を促すようだ。

ここでデングとジカの関係が問題となる。フラヴィウイルス属の各ウイルスゲノムは多かれ少なかれ抗原的共通性を持っている。そこで浮上して来たのがデングの四つの血清型のように、あらかじめフラヴィウイルスに属する他のウイルスの流行があった後にZIKVの流行があった場合どうなるのか。最初のウイルスに対する抗体はZIKVの観戦を防ぐのか、それとも促すのだろうか?

DENVとZIKVはともにネッタイシマカで媒介されるので、流行地域が重なることが多い。これらのウイルスの一方に対する抗体は他方の感染を抑制するのか、促進するのか? この問いに対しては、培養細棒や動物を用いた実験にから双方それぞれを支持するデータが提出されている。

 

2,015年流行での抗体からわかったこと

さて最近のNature誌に掲載された論文だ。

ここではエル・サルバドルとブラジルの住人の約1,500検体の血清につIてZIKV(特にNS1と呼ばれるタンパク)に対する抗体を調べている。但しこれらの検体はジカ熱流行の前後に採決されたもので、両者における抗体値の推移を調べることでいくつかの情報が得られる。

これらの検体では流行後のZIKV抗体は73%が陽性であり、流行がきわめて広範であることが確認された。このZIKV陽性検体の流行前のDENVに対する抗体を調べたところ、興味深い事実が明らかとなった。ジカ流行前のDENV抗体の存在が、ZIKV感染を抑えているかどうかはジカ熱流行後のZIKV抗体の出現の有無で知ることができる。

結果はたいへん興味深く、すべてのIgGサブクラスでのDENV抗体価は後の感染抑制と正の相関を示した。ところがIgG3サブクラスのみでのDENV抗体価は感染抑制と逆相関を示した。

IgG3サブクラスの抗体は感染後短期間で消失してしまう。したがって、比較的最近DENVに感染した人はZIKVに遭遇した際に容易に感染が成立してしまうという結論が導かれたのだ。 

こうした疫学的追求により、結論はDENV抗体はZIKV感染を防ぐとも言えるし、促すとも言えるわけだ。

 

未だ多数の疑問が未解決だが、おいおい答が出てくるものと思われる。

 

 

免疫チェックポイント療法の影

本ブログでも以前紹介したが、免疫チェックポイント療法の影の部分について議論が活発化している。これはScience誌のニュースに掲載されたもの。

免疫チェックポイント療法は既に一般に広く知られている。無論これには2,018年の本庶佑のノーベル医学・生理学賞の受賞によるところが大きい。免疫チェックポイント療法は第四のがん治療法(他は外科手術、放射線、化学療法)であり、特定の種類の腫瘍に対して著効を示すことが明らかとなってる。一方その副作用(自己免疫様症状)は重篤であり、一部で死に至るケースも報告されている。しかしこれまでの治療法が基本的には患者を延命させるのとどまるのに対して、免疫チェックポイント療法ではがんを完全に治癒するようになっている。

おそらく現時点での最大の問題点は、なぜ同じ種類の腫瘍でも患者によって治療効果が著しく異なるのか、ということだと思う。この点に関する世界の研究競争には凄まじいものがあるが。ここ数年以内に治療結果に影響を与える主だった要因が解明されると予想される。

さて、今回のScience誌のニュースではPD-1抗体治療によって、腫瘍が縮小・消失するどころか、逆に腫瘍増殖が増大するケースに関する議論が取り上げられている。こうした症例は、個々の医療施設では各々少数例であり、今のところPD-1抗体が本当に腫瘍の増悪を引き起こしいるどうかは不明である。しかし前回の紹介記事でも述べたように、こうした症例ではMDM2あるいはMDM4遺伝子コピー数の増加、またはEGFR遺伝子の変異が共通して見られるという。

こうしたPD-1抗体によるとみられる腫瘍の増悪の実態は未だはっきりと把握されておらず、医師・研究者の間でも見解が別れている。この状況を打開するために、現在アトランタで開催されている米国がん学会(AACR)でこの問題が議論されることになっている。この議論を主導するのは米国食品医薬品局(FDA)と国立がん研究所(NCI)である。

 

”神経芽種のメカニズムによる分類” 要約と雑感(自然退縮、スクリーニング、福島)【1】

先週号のScienceに”A mechanistic classification of clinical phenotypes in neuroblastomaと題する論文が出た。これはドイツのケルン大学を中心とした欧州のグループによるものだ。

 

まず神経芽腫の概観。

神経芽腫(neuroblastoma)は小児においては脳腫瘍を除くと最も頻度の高い固形腫瘍で、約半数の症例は予後不良である。これまでに様々な予後因子が報告されてきた。最も確定的なものは、”18ヶ月齢以上で発症し、MYCN遺伝子(N−MYCタンパクを発現する)の増幅の見られる症例は予後不良である”ということだ。

一方、MYCNの増幅はテロメラーゼの発現を促す。テロメラーゼの発現はTERT遺伝子のゲノム再構成によっても引き起こされる。これによって腫瘍細胞は無限増殖能を獲得する。さらにテロメラーゼ非依存性のテロメア維持機構(いわゆるALT)によるテロメア維持も見出され、これはATRX遺伝子の失活によって引きこされる(これについては以前の記事を参照されたい)。しかしこの神経芽腫におけるテロメア維持機構の存在は予後と強く関連していることはかなり以前から認識されてきた。

さらにちょうど10年前にALK遺伝子の変異(活性型変異と遺伝子増幅が見られる)が神経芽腫の進行に寄与していることが報告された。このときにはNatureの同じ号に同様の内容の論文が4報掲載され、高い関心を呼んだ。

 

今回の論文は以上に列挙したような個々の予後因子をトータルに見たときに、真に予後と関連するものは何かを明らかにしようとしたものだ。

手法的には特別なものはなく計416例の神経芽腫を対象として、ゲノム配列の決定を行っている。 これらはいずれも治療前に採られた検体である。がん治療ではいずれの治療法がとられても、新たなゲノムの変化や特定の細胞集団の選択的増殖を引き起すので、治療前検体を用いるのは鉄則だ。

まずこのうち218例について、神経芽種のゲノムの全般的な様子を把握するべくWES、またはWGSを行った。ここで目を引くのは、RASとp53経路に着目したことである。RASとp53は各々代表的ながん遺伝子(RAS)、およびがん抑制遺伝子(p53)であり、成人がんではこれら遺伝子の変異頻度はおしなべて高い。ところが神経芽種を含む幾つかの小児腫瘍ではこれら遺伝子の変異頻度が著しく低いことが知られてきた。p53については治療後の再発例について変異が認められることが知られている。本論文で著者らはこれら遺伝子の変異が神経芽種の予後と関連する可能性を考え、RAS経路に関与する17遺伝子とp53経路に関与する6遺伝子について、変異の頻度を精査した。治療前の多数の検体についてRASとp53の変異を調べたことが目新しい。(ここで行われたのは既得データの再評価であって新たなベンチ作業を行ったわけではない。)

興味深いことに、218例中46例にRAS、またはp53経路(あるいは両方)の遺伝子に変異が見出された。さらに198例の別の検体群(cohort)も加えると、76例(76/416、17.8%)にRASまたはp53経路の異常(前者では亢進、後者では失活)が認められた。

言うまでもなく、これらの遺伝子変異が患者の予後と関連していることが重要だ。しかし著者らはRASあるいはp53関連遺伝子の変異は、自然退縮するような予後良好なものにも、致死的となるような進行性の場合にも見られることを述べている。

そこで著者らはテロメア維持機構(TMM)の獲得に着目した。前述のとおり、これには(1)テロメーラーゼの(1)再活性化と、(2)ALTがある。

調べた208例のうち、52例がMYCN増幅を、21例がTERTの再構成を示した。さらにALTの存在をしめすAPB陽性検体は31例であった。単純にいうと、これらがTMMを持った腫瘍である。前述のRASあるいはp53関連遺伝子の変異を持った腫瘍について、TMMとの関連を見てみると、23例中TMM陽性は9例でこれらはすべて予後不良であった。一方残り14例では患者はすべて現在まで生存している。この傾向はさらに追加の症例でも確認された。

論文ではさらにALKの変異の意義についても記載しているが、ここでは省略する。

結論として、この論文では予後判定にヒエラルキーを設けて、最初にTMMの有無によってリスク判定を行う。ここでTMMがない腫瘍は低リスクで、腫瘍は分化に向かうか自然退縮する。現行分類ではステージ1、2、3、および4aがここに含まれる。一方TMMありの場合は多かれ多かれ少なかれ高リスクで、ステージ4が含まれる。

この高リスクグループはさらにRASとp53経路の異常の有無により、高リスク群と超高リスク群に分けられる。

TMMのうちテロメラーゼの発現有無と予後との関係は広島大の檜山らによっ早くも1995年には明らかにされており、今更の感がある。しかしこのNature論文の新規性は、これまで神経芽腫ではあまりにも頻度が低く、その意義が長らく精査されてこなかったRASおよびp53経路の異常のリスク判定における意味を明らかにしたことである。

 

(続く)