メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

がん研究での再現性の大問題

先々週はトランプ氏が新大統領に就任したので一般のメディアは無論これがトップニュースだった。しかしがん研究者にとってはeLifeに出た"Reproducibility in cancer bilogy: Making sense of replications"が無視できない。

再現率は2/5

がん研究の再現性を検証しているのはThe Reproducibility Project: Cancer Biologyというプロジェクトだ。このプロジェクトを遂行している主体はCenter for Open Science(COS、Carlottesville、VA)という非営利団体である(注1)。

ここで取り上げられた論文は2,010年から2,012年に公表された5つで、Cell、Science Translational Medicine、Nature、PNAS、それにScienceといった一流誌に掲載されたものだ。いずれも新たな抗がん剤の候補となりうる化合物、抗体を見出した研究で、この5報の引用回数は計2,500を超えてる。これらの研究内容を再現するべく追試を行ったところ、2つは再現され、1つは再現性は明瞭ではなく、残りの2つは技術的な問題のため再現実験自体がうまくいかなかったというのだ。これら5つの研究はいずれも実験的治療のデータを出しているが、そのうちの幾つかはすでに治験が進行している。それでこれらの元の仕事の再現性については強い関心が持たれていたわけだ。

この再現性が乏しいという結果に対しては二つのタイプの反応があった。一つは医学生物学研究自体の持つ欠陥を反映しているという意見、もう一つはここで取り上げられたような高度な研究はもともと再現するのが難しいという考えだ(注2)。

”再現実験”を検証する:特に研究組織

このeLifeに公表された結果を云々する前に、この”再現実験”がどのようにして行われたかについて知る(および考察する)ことは重要だ。どこで、誰によって、さらにどのようにして行われたかということだ。いわば再現実験自体の評価である。

ことの始まりはBayer社とAmgen社が自社で開発した新薬について、その後の経過を追跡したところ、89%の高率で結果が再現されていないことを報告したことだ。これは文献的検証だった。この報告では詳細が公表されなかったので、2,013年に至り新たに設立されたCOSが新たな検証プロジェクトを立ち上げたのだ。要するにどの薬が”本当に効くのか(または効かないのか)?”を確かめようとするのだ。

COSという組織は再実験を行うための”実働部隊”を持っていないので、今回の検証ではScience Exchange(Palo Alto、CA)という営利企業と提携している(注3)。さらにScience Exchangeは必要な実験を追行可能な機関を探し、実際の業務(実験)を委託しているのだ。

CellやNatureに出たオリジナルの研究ではその分野の最先端にいる研究者たちが刻苦勉励して出したデータが載っている。しかしこの再現実験ではそれらの追試のために”委託業社”が同じことをやっているのだ。このインセンティブにおける差は如何ともしがたいものがあると思われる。実験研究では強いモチべーションは”結果をもぎ取る”ための大事な要素だ。さらに実験者の質についても大きな差がある可能性は高い。実際に最初に列挙された論文の著者らは既にその内容が複数の他の研究室でも再現に成功していると述べている。こうした意味ではアカデミアの内部ではreserach integrityは常に検証されているのだ。

だったらどうしたらよいのか? ここで結論的なこととして何も言えないのがもどかしい。こうした再現実験の必要性は認めるとしても、実際にどのようにして検証実験を行うかについては問題山積と言わざるを得ない。

 

(注1)Center for Open Scienceは2,013年にヴァージニア州に設立された非営利団体。資金を提供しているのはLaura and John Arnold Foundationという財団で、John Arnoldというヘッジファンドマネージャーの資産を基金にしている。この財団の主な活動項目が4つ挙げられているが、research integrityはそのうちの一つだ。research integrityとは”研究の完全性”とでも訳せるか。日本語にするのはとても難しいが、一つの研究がそれ自体として成立していて、訂正されたり否定されたりしない”完全なもの”だということだ。例えば”STAP細胞”の件では当然research integrityは損なわれている。再現性はintegiryを構成するための最重要項目だ。

(注2)前者の意見の例はJohn Ionnidis(Epidemiologist、Stanford UniversityCA)、後者の例は(Charles Sawyer、Memorial Sloan Kettering Cancer Center、NY)。Sawyerはイマティニブ(imatinib)を世に出した立役者の一人。こちらに関しては”身びいき”批判が出るかもしれない。

(注3)Science Exchangeという会社はcontract research organization(CRO、契約研究機関)と呼ばれる企業の範疇に属する。CROは製薬企業やバイオテック企業が自ら必要な実験や試験を実行できないときに、それを代行するような一群の企業だ。Science Exchangeは実際にはこの両者のコーディネーターとして機能している。したがって、このCancer Biologyプロジェクトというのは、プロジェクトの主体からさらに二つ離れたレベルで実験が遂行されている。

CROが米国西海岸に多く所在しているのは偶然ではなく、この地に数多くのベンチャー企業が生まれていることに起因する。これは最初は医学生物学系の分野から起こったが、現在の自動運転車の開発が同様のスタイルをとりつつあるように思う。こちらについてはあまりよく知らないのでこれ以上は書かない。