メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ジーン・ドライブは世界を救うか?

もう4年も前になるが、gene drive(ジーン・ドライブ)という技術に関する記事を挙げておいた。最近のNature誌にこのgene driveのその後の展開に関する記事が載ったので紹介したい。

 

最初にこの技術について原理をを簡単に要約する。

CRSPR/Cas9によるゲノム編集の機構については既に広く理解されている通りだ。最初にガイドRNAに導かれてCas9タンパクによる部位特異的DNA鎖の切断が起こる。次いでこの二本鎖DNA切断の修復が行われる。この際Non-homologous end joining (NHEJ)による修復が発動すれば、切断部位の欠失や挿入が生じる。これにより当該遺伝子の失活が起こるわけだ。

この技術の発展型として、両端に相同配列を持った外来遺伝子を共存させてやれば、この配列が切断された座位に収まる。これは相同組み換え修復(Homologous recombination, HR)によって行われる。

Gene driveはこのHRによる外来遺伝子の挿入を利用している。下にgene driveのプロトタイプの模式図を前回の自分の記事からコピーしておいた。最初の段階で、CRISPRによって標的配列の二本鎖断裂(DSB)が起こる。この際両端に相同配列を持ったCRISPRカセットがあれば、このDNA断片はHRにより標的配列の座位に収まる(II、Allael 1)。次にAllele 1から産生された CRISPRによってAllele 2の標的配列でもDSBが起こる。この断裂がHRで修復される際にHRの鋳型としてAllele 1が使われる。結果としてCRISPRカセットがホモ接合になった細胞が得られる(III)。この状態においては、既にCRISPRの標的配列がゲノム上に存在しないので、CRSPRは無害である。

もしこのホモ接合のCRISPR産生細胞が生殖細胞系列に入れば、ホモ接合の精子または卵子が次世代(F1)の受精卵のゲノムを構成することになるが、これは本来ヘテロ接合だ。しかし受精卵中でCRISPR→DSB→HRによる相同組み換えが生じ、結果F1の体細胞全体もCRISRホモ接合となってしまう。

すぐに分かるように、仮に自然界に(特にオスの)CRISPRカセットのホモ接合体の個体を放ってやれば、野生型個体と交尾した結果ヘテロ接合の受精卵が生じる。これはすぐにホモ接合になる。したがって、自然界での野生型は少ない世代数で駆逐されてしまうことになる。これは離島のような隔離された場所では特に有効だ(注)。原理的には駆除が成立することになる。

したがって、CRISPRによる標的遺伝子として有害な形質を与えるような遺伝子を選んでやれば、その地域に生息する集団中から有害な個体が排除されてしまうわけだ。この有害な形質には、例えばある種のウイルスを媒介するのに必要な性質などが想定される。

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Nature誌の記事では、アフリカにおけるマラリアの媒介昆虫である蚊を制御することを目標として、gene driveを進めているAndrea Crisanti(Imperial College London)らの取り組みが紹介されている。順調にゆけば3年以内に野外への応用が実現するであろうという。

この技術の野外応用に際し最も重要な課題は技術そのものではなく、それをめぐる制度の策定、社会的受容の獲得、あるいはアフリカのような大陸国家群では外交的協調などが重要であると関係者は口を揃える。既にCRISPRの実地応用について中国での未承認のヒト臨床応用で大騒ぎになったように、こうした革新的技術の実地応用については最初の試みが失敗すると長い期間の休止状態になることが多い。社会的アレルギーが形成されるからだ。初期の遺伝子治療の試みもそうだったし、古くは日本で最初の心臓移植など(の失敗)の例を挙げればすぐに理解できると思う。

 

さて世界の科学情報局ともいえるNature誌はgene-driveに関する5つの以下の疑問を設定して、それらへの答えを提出している。これらはいずれも妥当な問いだと思われる。

 

1.そもそもGene driveは有効に働くのか?

2.他のどんな領域でgene driveが役に立つか?

3.Gene driveは制御可能か?

4.Gene driveの野外試験はどのようになされるのか?

5.誰がgene driveの実地応用を認可するのか?

 

(続く)

 

(注)離島における従来法による害虫駆除については、以前南西諸島のウリミバエの成功例を紹介しておいた。駆除における数理的予想はgene driveでも似ているが、世代ごとの野生型の減少効率が著しく向上するところが異なる点だ。