メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ゴールデンライスをめぐる攻防(1)ノーベル賞受賞者たちの声明

6月30日のワシントンポストに107名のノーベル賞受賞者の署名した公開書簡が掲載された。これは環境保護団体グリーンピースによるGMO、なかでもゴールデンライスへの反対運動をやめるように要求したものだ。

グリーンピースの反GMO活動は何も新しいものではない。しかしそれに対して現代の知性が揃って声を上げたことは大きなニュースである。ゴールデンライスは米粒にビタミンA前駆体が蓄積するように改変されたイネだ。このゴールデンライスこそがGMOを推進する側と反対する側との主戦場と捉えられるので、少し詳しく書いてみることにする。

この書簡はRichard RobertsとPhillip Sharp(ともに医学生理学賞)に主導されたもので、グリーンピースのリーダー達、国連、それに各国政府に向けて出された。現存するノーベル賞受賞者は計296名だが、このうちの107名が書簡に署名している。

 

以下は書簡の全訳。(不安な方は原文に当たられたい。)

世界中の科学者、政府機関は繰り返して、かつ一貫してバイオテクノロジーによって作られた作物や食物が、他の方法によって作られたものと同様に安全か、あるいはより安全であることを見出していいる。その摂取によって引き起こされたヒトまたは動物への健康被害は一件も報告されていない。環境への負荷もより軽度であり、かつ生物多様性にも良い影響を与えている。

グリーンピースは先頭に立ってゴールデンライスをやり玉に挙げてきた。ゴールデンライスは主にアフリカや東南アジアに多い、ビタミンA欠乏症(VAD)によって引き起こされる疾患や死亡を無くする、または大幅に減少させる効果を潜在的に持っている。

WHOは世界中で2.5億人がVADに苦しめられていると推定している。このうち約40%が発展途上国の5歳以下の子供である。UNICEFの統計によると、年間約100~200万人がVADによって命を落としている。これはVADによって乳幼児の免疫機能が低下するためだが、本来防ぎうるものである。VAD自体は小児の失明を起こし、年間25~50万人の子供が失明する。そのうち約半数が失明のために12ヶ月以内に死亡する。

 

さらにこのグループはグリーンピースGMOに対する人々の恐怖を煽るような活動を非難している。GMOの安全性については権威ある科学団体(米科学アカデミーなどを指すと思われる)や政府機関が一致した見解を表明している。それにもかかわらず人々の不安をあおって反GMO感情を植え付けている。さらにゴールデンライスへの反対には特別に抗議している。反GMO活動を行っている団体はグリーンピースに限ったことではないが、その世界規模での活動力、影響力を考慮すると、グリーンピースに対しては特別に抗議する必要がある。概略はこういったことである。

まず問題は、この声明をどのように評価するかだ。

社会へのインパクトは確かにある。このグループには組み変えDNA実験の確立者のひとりであるポール・バーグ(Paul Berg)らを含む、多数の生命科学研究者が含まれている。しかし問題点として、必ずしもGMOという技術の内容について十分に理解していないと思われる研究者も含まれている。それは物理学賞や化学賞の受賞者である。ちなみに日本人受賞者では天野浩(物理学)、野依良治(化学)両氏が署名している。

しかしこうした人々は高い知力を有するので異分野の仕事でも理解することはできる。さらにこのようなアカデミアに長くいた人々は、ピアレヴューされた論文を信頼する傾向が強い。したがって、限られた文献や総説その他の情報に当たることで、あるいは質の高い科学者同士の情報交換から、GMOに対する妥当な評価を得ていると考えられる。

これに対して、ノーベル賞受賞者は必ずしも賢くないというあからさまな記事も出されている。ここではゴールデンライスをサポートしているロックフェラー財団という存在を歴史的に辿り、その“邪悪”な本質を示そうとしている。しかしこれはいわゆる陰謀史観の一種であって、考慮に価しないと思われる。

以上を総合的に捉えると、今回のノーベル賞受賞者たちの声明は一般の人々や政治家、官僚に対してある程度のインパクトがあったものと思われる。

次回にこれに対するグリーンピースの反応を紹介する。なおこの件に関する日本語サイトとしてバランスのとれた紹介記事があるのでそちらも参照された。

 

このシリーズは以下のとおり。

ゴールデンライスをめぐる攻防(2)グリーンピースの反論

ゴールデンライスをめぐる攻防(3)ゴールデンライスの現在地

ゴールデンライスをめぐる攻防(4)ゴールデンライスの現在地(続)

ゴールデンライスをめぐる攻防(5)その特殊性

(続く)