メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

”The transformation of oncology" by Harold Varmus

最近のScienceにHarold Varmusによる”The transformation of oncology”と題した巻頭言が載っている。

Varmusは師Michael Bishopとともに1,989年のノーベル医学生理学賞を受けた人物。“レトロウイルスのがん遺伝子が細胞由来である”ことを明らかにした業績による。( 分子生物学が導入された後にがん研究にノーベル賞が与えられたのは、実にこのときだけである。)最近はオバマ大統領に任命されて国立がん研究所(National Institute of Cancer, NCI)の所長を務めた(2,010-2,015年)。タイトル中の”transformation”とは直接的には研究の“変容”だが、細胞の“がん化”を意味する用語と掛けたものであろう。

多少気が引けるがこの短い文章を要約してみる。

Varmus が医学生だった頃(1960年代)にはがんは不治の病であり、学生や研究者の注目を引くような病気ではなかった。現在状況は著しく様変わりし、がんが治療可能な病気になりつつある。このため今のがん研究は熱気に包まれている。この間にまるで原因がわからなかったがんが、“遺伝子の病気”であることが確定した。いくつかのウイルスワクチンの出現が特定のがんの発症を抑えることがわかり、これらは実用化されている。一方変異原物質への曝露を抑えること(禁煙など)で、がんの予防が一部実現した。一方早期発見の実現により外科的切除による治療が可能な症例が増えた。がん治療法の開発はゲノム異常の情報をもとに戦略的に行われるようになった。もう一つの治療の方向性はがん特異抗原に対する免疫反応を応用する方法(免疫療法)だ。

Varmusは連邦政府の研究所(NCI)のトップの職にあった。さらにNCI(これはNIHの一部)が首都ワシントンDC(の近郊)にあるので、研究に関わる政治の動きにもコミットしてきた。そこでVarmusは政治のリーダーシップについてふれる。

現在がん研究者は米国内外を問わずひじょうに緊密なネットワークを作って研究を推進している。研究における戦略は1,970年代のニクソン大統領に主導された時代とは比べものにならないほど明確化されている。これは信頼に足るデジタル情報が共有されていることに起因するところが大きい。オバマ大統領は2,015年にPrecision Medicine Initiativeの予算のうちの1/3をがん研究に充てることを決定した。さらにバイデン副大統領が音頭をとるCancer “moonshot”に基づいて、垣根を超えた情報の共有によりがん治療の開発に要する時間を大幅に短縮しようとしている。

Varmusはここで疑問を投げかけている。

来年度のNIH予算が前年比で約20%増加することが決定しているが、それでも研究費の総額は10年前(ブッシュ前大統領の時代)のそれを下回っていることを述べる。オバマ、バイデンによるイニシアチブは予算の裏付け無くして可能だろうかと問いかける。しかしVarmusはそこで大して予算を増額しなくとも大きな効果をもたらす方策はあるという。例えばCenter for Medicare and Medicaid Services (CMS)によるがんの分子プロファイルの真の共有化などである。

研究予算のさらなる増額が不透明な状態だが、こうした政権が主導するポジティブな傾向をうまく捉えて、がん撲滅に向かって邁進しようとがん関係者を鼓舞する形で文章を終わっている。

 

まことに気分が高揚してくるような文章である。一読することをお勧めする。20世紀後半から現在に至る分子生物学的がん研究を主導したのは米国であって、そのライバルは存在しなかった。事実発がん機構におけるほとんどすべての重要な手法と概念は米国の研究者および企業によって生み出された。しかしVarmusが言う通り、現在は国際的な共同研究の時代である。データベースなのどリソースは共有されつつある。ここにできるだけ多くの(我が国の)研究者がコミットすることが望まれる。顔を出す(show one's face)ことが必要である。