メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ジーン・ドライブは世界を救うか?(続き)

前回からの続き)

 

Nature誌のgene-driveに関する5つの以下の疑問とそれらへの答えをみていこう。

1.そもそもGene driveは有効に働くのか?

Gene driveによって有害昆虫を撲滅(または無害化)するということは生態系に対する挑戦である。野外では人の作ったものは最初はうまく機能するが、我々はやがてそれは自然の仕組みよって無効化される例を見てきた。GMOがそうだ。

Gene driveにおいてもショウジョウバエやハマダラカ(Anopheles gambiae = マラリアの媒介カの中で最重要な種)の研究室内の実験では、CRISPRの標的配列の変異が集団内で蓄積してくることが明らかにされている。しかしこれを克服する術は存在し、標的遺伝子を適切に選択することでなされる。その例としてCrisantiらの実験が取り上げられている。そこではネッタイシマカdoublesex遺伝子が標的とされている。doublesex遺伝子の失活変異はメスの繁殖能力を失わせる。だからこの遺伝子の変異を持った個体は子孫を作れず集団中に蓄積しない。したがって耐性個体が蓄積してこない。この遺伝子をCRSPRの標的とすることで100%の変異を誘導できたという(注)。

一方、マウスでのgene driveの実験では変異率がそれほど良好ではない(約70%)ことが報告され、さらに多くの実験が必要であるという。

2.他のどんな領域でgene driveが役に立つか?

カはこの領域では主要な標的動物だ。それ以外にどんな標的が考えられ、さらに実験に供されているのだろうか?

ある種の生物は遺伝子改変が困難である。例えばCandida albicansだ。ここではgene driveを用いてC. albicansで100%の変異率を達成した仕事が紹介されている。未だラボラトリーマウスでのgene driveの試みは満足できる結果をもたらしていないが、Genetic Biocontrol of invasive Rodents  (GBIRd)という団体のプランは野心的だ。このGBIRdというのは大学、政府、非政府機関からなる共同プロジェクトで、離島に侵入した外来齧歯類の駆除を目標としている。これを主導しているのはテキサス農工大学(Texas A&M Univ.)と豪アデレード大学のグループだが、現在はまだ実験室段階で実現にはさらに数年を要するという。

カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究者はネッタイシマカAedes aegypti)を対象とする研究を進めている。これはデングウイルスの四つの血清型に対する抗体を産生するカを作出し、これらウイルスを媒介できなくするのが目標だ。さらに野心的な試みは、いかなるウイルスがネッタイシマカに感染してもある種の毒素が産生されるようなカを作ろうとしている。これによりネッタイシマカがウイルス媒介昆虫として働かないようにしようとするものだ(注2)。

3.Gene driveは制御可能か?

Gene driveの概念はこれまでの遺伝子改変生物とは全く異なる。それは変異体が環境中で同じ変異を持った子孫で野生型を駆逐するようにデザインされている。こうした改変体が自然界で繁殖して制御不能になったらどのように対処するのか? CRISPRを用いたgene driveの創始者Kevin EsveltとGeorge Churchは、一度作った変異を上書きして元に戻すようなgene driveを作成している。

現在米国ではUS Defense Advanced Research Projects Agency (DARPA)とUS Department of Defense (DOD)が多額の研究資金鵜を投じてこうしたgene driveを無力化する方策の研究を進めている。ここでは詳細は省略する。余談ながら、米国政府はこのgene driveが安全保障上の重大課題と考えているようだ。

4.Gene driveの野外試験はどのようになされるのか?

上記Crisantiらはこれまでの実験室スケールを上回るサイズのより自然界に近い条件での室内(ケージ)実験を実施した。その主眼の一つは、自然界で起こるオスのスウォーミングという行動がgene driveの伝搬に寄与するかどうかの確認だ。このスウォーミングは繁殖においてメスを引きつけるための行動だ。結果は有望であったという。こうした大型ケージでの実験においても、これまでのところ耐性個体は見つかっていないと言う。

こうした大規模ケージでの複数の実験で問題が見つからなければ、これら技術を他の研究主体に引き渡すつもりであるという。そこで野外試験が計画され、政府の当該部門からの認可に向けての仕事が始まるわけだ。

Target Malariaという団体は名前の通りgene driveでマラリアを媒介するハマダラカの撲滅を最終目標にしている。この団体はブルキナファソ国内と周辺国の4万箇所に上る放飼拠点を設定し、地形や降雨などの影響を考慮しながら、放出されたカの動態を把握しようとしている。これまでの結果は一回だけの放出では不十分で、2−3年間隔での再放出が必要であることを示している。

大きな懸念はgene driveの実施が自然界の生態自体を変えてしまう懸念、あるいは仮にマラリア媒介昆虫としてのハマダラカが撲滅されても、他の種がマラリアを媒介するようなことが起こらないとも限らない(注3)。こうした諸問題についても専門家の間で議論されている。

5.誰がgene driveの実地応用を決定するのか?

通常の医薬品であれば認可申請に必要な準備期間は1−2年である。しかしgene driveではさらに長期間を要する。昨年NIH内に設置された15名よりなるワーキンググループはサハラ以南でのgene drive実施について多くの勧告を出した。

この中で力説されたのは、現地のコミュニティーと科学者が協力してこの技術に関して理解を深め、それによりこの技術をより適切にコントロールするべきであるというものだった。

さらに現地(ブルキナファソ)の研究者は、近い将来こうした技術が当該国の研究機関で作出されるようになることを希望していると述べている。また既に現地では従来型の改変昆虫の試験的放飼も開始されている。こうした身近な営為は人々の新技術に関する理解を深めさせるのに役立つと予想される。

 

最後になるが私見を簡単に述べる。

Gene driveにかかわらず、いかにして新しい技術が社会に導入されてゆくかというのは現代の大問題である。特にgene driveはその技術の性質上、変異体の野外放出が最初から想定されている。Gene driveの効率が100%であれば環境中の当該生物の全てが置き換わる。この際予期せぬ不都合が生じた場合にどのように対処すれば良いのだろうか? 

それへの対処法としては、有効性、結末を確認するために地理的に隔離された場所から実施するのが良いと思う。Gene drive以前の技術を用いた遺伝子改変ネッタイシマカの野外試験が英領ケイマン諸島で実施されている。実際この試験の成績はそれほど芳しいものとは言えなかったが、このケースは一つの試金石とな流だろう。仮にgene driveで同様の野外試験がこうした離島で奏功するならば、次の段階として大陸での大規模試験の可能性が開けると思う。同時に年余にわたる観察の結果、上に挙げたような不都合が事態の存在も明らかになろう。

さて今回のNature記事の最後の部分(誰がgene driveの実地応用を決定するのか?)に特に注目して読んだわけだが、やや期待はずれの感が否めない。それは国際的なガイドラインの策定などに関する記述がなかったからだ。そうした国際的な枠組みの議論はどこでなされているのだろうか? 記事では比較的明るいトーンでgene driveの未来を記述しているように思えたが、これはよろずpro-technologyの態度を持っているNatureの性格を反映していると思う。

 

一般論だが、こうした社会に対して大きな影響を与えうる技術の開発や規制に関する議論が日本では十分でないように思われる。Gene driveはCRISPRをベースにしているので、手法的、原理的にはゲノム編集の一部と考えることができる。しかしgene driveで野外に放出する変異体は上図に描いたようにCRISPR-Cas9カセットを持っているはずなので、単なるIn-del変異体とは異なり”外来遺伝子”を持った変異体が野外に放出されることになる。ゲノム編集生物の評価についてはこの外来遺伝子が含まれるかどうかがポイントとなる。したがって、これら変異体の環境への放出については十分議論がなされることが必要だと思う。但し日本でgene driveが必要となる事例が存在すかどうかは今のところ定かではない。しかしこの点に関しては、現時点では人々の頭が最初からその可能性を排除しているように思う。そして何よりもgene drive自体に関する理解が全く普及していない。

 

(注)当然この遺伝子のgene driveを仕組んだオスを放つことになる。

(注2)この場合はネッタイシマカの生態そのものに影響を与えるわけではない。

(注3)マラリアを媒介するカは世界全体では60種にも上る。