メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ドランプ政権下でのFDAの行方

ネイチャー最新号(新年の最初の号)にトランプ新政権下での食品医薬品行政の変更の可能性についての記事が出ている。

食品医薬品行政で問題になるのは、例えばゲノム・エディティングによって作出された家畜の新品種の承認の可否であるとか、幹細胞技術の臨床応用の可否とか、あらゆる新技術によって生み出されてくる食品や医薬品の審査と認可だ。トランプ氏の意図は業界の国際的な優位性を確保するという”ビジネス上”の理由を考えていると思うが、実際には患者や患者団体からの強い要望があることも認識したい。

こうした課題に対処するためには食品医薬品局(Food and Drug Administration、FDA)の新たな長官を任命する必要がある。しかしこれが滞っている。トランプ氏が誰かを指名し、かつこれが上院で承認されるまでは製薬企業は動きがとれないのだ。

以下ネイチャーが列挙したFDAの課題を要約し、自分の考えも付け加える。

⒈ 迅速な医薬品の承認(注1)

FDAは迅速な医薬品の承認を要望する圧力とデータとの板挟みにあっている。ことのおこりは2,016年にSarepta Therapeutics(Cambridge、MA)が開発したデュシェンヌ型筋ジストロフィーの薬だった。ここで提出されたのは僅か12名の子どものデータで、症状の進行への効果ではなく、単に重要なタンパクのある程度の上昇を見ただけであった。この状況にFDAの審査官は当惑したのだ。しかしこの薬は承認された。

この事例は業界と患者の双方に疑念を持たせることになった。FDAはいかなる基準で新薬を審査するのか? FDAは業界と患者の双方から強いプレッシャーを受けている。 

⒉ 幹細胞臨床

2,014年と2.015年にFDAは幹細胞を用いた治療を規制する方針を打ち出している。しかし多くの医師・研究者によって熱望されている幹細胞治療プランは570件(あるいはそれ以上)にのぼる。しかし一方で、多くの研究者は拙速による”失敗”は最終的には幹細胞治療全体を著しく遅らせる原因となるので慎重にことを運ぶよう希望している(注2)。

⒊ ゲノム・エディティングによって作出された動物

既に本ブログでも何度か取り上げたが、米農務省(USDA)はエディティングによって作出された作物(植物)については、それらを審査の対象外とすることを決定している。しかしこの同じ件につてFDAは未だに方針を発表していない。オバマ(現)政権は2,015年7月に規制の見直しの指示を出したにも関わらず、未だに方針は出されていない。

⒋ 複雑な臨床検査への規制

2,014年にFDAは議会に対して複雑な臨床検査への規制の拡大をおこなう方針であることを伝えている。この意味するところは、近年確立された高度で複雑な情報を基にした疾患(特にがん)の診断法に関する規制だ。これは従来のような販売される診断キットへの審査・規制ではない。臨床検査室での検査プロセス自体への規制なのだ。NIH所長のフランシス・コリンズは、こうした規制が存在しないと悪徳ないし低質な検査業者が跋扈し、それは最終的には患者を害することになると警告している。

⒌ 薬の適用外使用

これもまた重要な問題である。薬は通常対象疾患を限って厳密な治療試験(治験)が行われる。治験というものが患者を用いて行われる以上、その規模を無制限に拡大するわけにはゆかない。ある薬が治験で効果が確かめられた対象疾患以外にも有効であることは多い。このことは特に抗がん剤において顕著である。異なるがんが同じ発がん経路によって生じることが多いからだ。この件に関しても業界と消費者(この場合は医師と患者)とのせめぎ合いがある。

 

良くも悪くも米国ではトップの考え方に依存する。この場合のトップとは大統領とFDA長官の両方である。トップが代わってもつつがなく業務が遂行される日本の役所とはだいぶ状況が違う。

それにつけても米国の規制当局は現場の進歩にキャッチアップすることに積極的だ。こうした役所にも博士号をもった人々が多く働いている。我が国もいい加減に法学部出身者の偏重はやめにして、専門家を重用したほうが良い。科学的知識抜きではあらゆる政策決定はもはや不可能なのだ。

 

(注1)医薬品審査の速度についてだが、現在世界でもっとも速く審査が行われているのは日本である。この点に関しては、2,004年に設立された医薬品医療機器総合機構(PMDA)の組織デザインが優れていたと考えられる。PMDAに関しては別途論じてみたい。

(注2)この”拙速論”は新技術が登場するたびに浮上してくる。導入の初期段階での失敗、特に不作為による失敗は大きな反発を招く。ことを慎重に進めることは最重要である。