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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

医学史に残るC型肝炎研究

C型肝炎の治療法の開発が進んでいる。最近のCellに、"Pioneering a Global Cure for Chronic Hepatitis C Virus Infection"と題する小文が出ている。

C型肝炎は急性肝炎(ほとんど無症状)を経て、最終的にESLD(end-stage liver disease)となる。この間の経過は以下のとおりだ。

  75−85%  慢性C型肝炎

 内20−30%  肝硬変

 内1−5%/年 肝細胞がん

C型肝炎は医原病

私事になるが、C型肝炎は私の父親と大学での恩師の命を奪った病気だ。ともに胃潰瘍の手術時の輸血によって感染したことは間違いない。二人とも35年にわたる慢性肝炎と肝がんとの闘病の後に世を去った。もう少し早く治療薬が世に出ていればと思ったこともあるが、医学・医療というものは確実に進歩しているが一足飛びにはゆかないものだと納得するしかない。

HCV(hepatitis C virus)の主な感染経路は輸血や再利用された注射針の使用だ。だからC型肝炎は”医原病”といえる。C型肝炎は血液によって感染が起こる疾患(blodd-borne diseases)に分類されている。このカテゴリーの病気を起こすウイルスで重要なものにB型肝炎ウイルス(HBV)とヒト免疫抑制症候群ウイルス(HIV)がある。これら二者とは異なりHCVでの性行為による感染はまれである。

ウイルス培養抜きで研究が進んだ初めてのケース

C型肝炎はウイルス研究史上きわめて特異なウイルスだ。培養細胞を用いたウイルス培養を確立することなく研究が進んだ史上最初のウイルスなのだ(注1)。ウイルスゲノムは+鎖の一本鎖RNAで、このRNA自体がmRNAとして機能する(注2)。このRNAは3,000アミノ酸残基からなるポリペプチドをコードしている。このタンパクは細胞内でプロテアーゼ分解されて、10個のポリペプチドになる。その各々がウイルス複製に必要なタンパクとして機能する。当初患者血清中に見出されたRNAには類縁ウイルスで見られる3'側の非コード領域が存在していないことがわかった。そこで人工的にオリゴRNAを付加してやることでチンパンジーでの肝炎発症能を与えることに成功したのだ。Full−lengthのRNA転写物をチンパンジーの肝臓に注射してやると、チンパンジーは肝炎になり、かつそこからは注射したものと同じ配列のRNAが回収される。このことによりこのウイルスがC型肝炎の唯一の原因であることが証明された。だからHCV分子生物学時代の申し子のようなウイルスだ。

この病原性をもつ裸のRNAを獲得することが、HCVの研究を進める上での重要なステップとなる。

スクリーニング、診断、そして予防?

さらに抗原の取得も容易になったので、これらを用いた血清反応も確立された。そのため輸血用血液のスクリーニングも1,990年代初頭に確立した。この輸血用血液におけるHCVのスクリーニングを世界で最初に導入したのは日本赤十字社であった。当然患者の診断も可能となった。

C型肝炎の予防上重要なことは、このウイルスに対する有効なワクチンが未だ作られていないことだ。その理由は、HCVには6つの遺伝型と複数の血清型が存在するので、それらに対応するためのワクチン開発には大きな困難がある。

そしてこのワクチンの問題が抗HCV薬剤に向かわせることになっている。

HCV薬の開発

HCV薬のスクリーニングにおいてもウイルスRNAが導入された培養細胞が威力を発揮した。標的として用いられたウイルスタンパクはNS3/NS4(セリンプロテアーゼ、ヘリカーゼ、およびその補助因子)、NS5A(RNA複製調節因子)、それにNS5B(RNA依存性RNAポリメラーゼ)だ。

これまでに多くの低分子化合物が得られ、現在は14通りにものぼる治療法FDAの承認を受けている。どうやらC型肝炎も”死に至る病”ではなくなったようだ。

 

父の話に戻るが、HCVの配列決定の段階で感染してから既に25年、有効な薬剤が登場した時には既に死去していたので、どう考えても間に合うような状況だ。かつてペニシリンが普及したときにも同じような思いを持った人が数多くいたに違いない。

 

(注1)これは1,989年のサイエンスに出ている。C型肝炎は以前はnon-A non-B肝炎と呼ばれていた。患者の検体の濾過物がチンパンジーに肝炎を起こすので、病原体がウイルスであることはほぼ確実であった。このチンパンジーの血漿を超遠心で濃縮し、そこから得た核酸からcDNAライブラリーを作成した。これをスクリーニングしたところ、クローン1 x 10^6個のうち1個が患者血清と反応するタンパクを産生することがわかった。これを手掛かりにハイブリダイゼーションを繰り返して全長cDNAを得たのだ。現在の手法ではいわゆるRNAseqで一網打尽に配列決定することになる。このテクノロジーの進化に要した時間は15−20年である。

(注2)HCVはフラヴィウイルス科(family Flaviviridae)に属する。この科で疾患に関係するウイルスはフラヴィウイルス属(genus Flaviviridae)のウイルス群で、ジカウイルスやデングウイルスなど本ブログに登場してきたウイルスが含まれる。HCVはこれとは別のヘパシウイルス属(genus Hepacivirus)に含まれる。