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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

鳥インフルエンザ、核軍縮

 ”鳥インフルエンザ、核軍縮”とは何だ?と思われるかもしれないが、最近のサイエンスに出た紹介記事から北極圏の重要性に思い至ったので書いてみる。キーワードは北極。

この記事では家禽の強毒A型インフルエンザ(H5N8)の流行の世界的拡大に対するFAOの見解を示す。それは”生きた家禽の取引”と”渡り鳥によるウイルスの拡散”が重要な役割を果たしているとしている。しかし今回サイエンスの同じ号に出された国際研究コンソーシアムの論文では、渡り鳥によるウイルスの拡散のほうがより重要な役割を果たしていると結論付けている。

鳥の渡りはどのようにして行われているか? 渡り鳥は季節ごとに南北の移動を繰り返す。夏季に北極圏に面したシベリアベーリング、カナダ北部に至る。そこで低緯度地域では別の地域に生息する鳥類が北極圏で一同に会する状態になるのだ。この今回の論文では、2,014年に最初にこのH5N8型が韓国で見出されて以来、継時的に野鳥から分離されたウイルス株の塩基配列、疫学的データ、それに鳥類学的(ornithological)知見を合わせた上で総合的に結論を導き出した(注1)。この中で、特に目を引くのがH5N8ウイルスの分布の地球レベルでの継時変化だ。乱暴だが下にそれを抜き書きしてみる。

 4/30/2,014 東アジア、バイカル湖沿岸

 8/19/2,014 東アジア、サハリン、沿海州、アラスカ、シベリア北西部北極海沿岸

 11/18/2,014 東アジア、米国北西部とカナダ太平洋岸、中欧

 1/12/2,015 東アジア(既に減少)、米国カリフォルニア州付近、中欧

以上のデータは大雑把にいうと、H5N8は東アジアからいったん北上して北極近くに分布している。その後そこから再び南下することによって、多くの温帯地域の国に広がっていることを示している。したがってH5N8の分布は渡り鳥の行動とよく一致している。基本的にウイルスの分布の移動は垂直(南北)方向に起こり、水平(東西)方向には起こっていないのだ。一方、生きた鳥の取引(輸出入)は主に欧州→東アジアの向きに行われていて、これはH5N8の分布の移動とは逆方向になる。

これらの状況から、コンソーシアムは渡り鳥がH5N8を配達していると結論づけた(注2)。

サイエンスの紹介記事では、以上の結果から野鳥におけるインフルエンザウイルスのサーベイランスがきわめて重要であるとする。しかし少し考えればわかる通り、膨大な地域での多数の種の野鳥からどうすれば防疫に役立つ情報が得られるか、よほど賢いプランを作る必要がある。

 

このサイエンスの記事は私にかなり以前の歴史上の重要なできごとを想起させた。それはレイキャビク・サミット(1,986年)と呼ばれる、アイスランドの首都で行われた中距離核戦力全廃条約(IFN)の合意の過程での最も重要な会談だ。これは当時の米国レーガン大統領とソ連邦ゴルバチョフ大統領の間で行われ、欧州からの中距離核兵器の撤去など、多くの具体的成果をもたらした。

当時多くの人々がなぜ”レイキャビク?”と思ったのだ。答えは北極から見るとレイキャビクがちょうど米ソを直線で結んだ線の丁度中間点にあるということだ。この米国−アイスランドソ連邦の関係を普通の地図で見てもピンとこない。だいたい普通の地図では高緯度地方は拡大されていて実際の距離感が全くつかめない。ところがこれを上から見ると、すなわち北極を中心とする地図で見ると確かに米国とソ連邦が意外と近い場所にあり、かつアイスランドがその中間にあることがわかる(下図)。(日ロ交渉はモンゴルでやるのが良い?)

f:id:akirainoue52:20161102052513j:plainさらに今日的問題は、地球温暖化により北極海の氷が解けつつあることだ。これにより、欧州と北米、東アジアをつなぐ短距離航路が北極海にできることになる。このことは単に経済的な意味を持つのではなく、軍事・安全保障上の様々な問題を引き起こそうとしている。経済的側面で無視できないのはそこに広大な未開拓の漁場が出現することだ。それを見越して、あるいはトラブルを未然に防ぐことを目的として、既に世界の有力漁業国が会合を持って、ルールづくりの準備を進めている(注3)。 

 

21世紀は太平洋の時代ということになっているが、北極海も無視できない。

 

(注1)ヒトのインフルエンザウイルスのレゼルボアとして野鳥に着目したのは我々の病院のRobert Websterで、1,970年頃の論文で既にその可能性を示している。生きた家禽の取引の重要性も指摘していたが、彼は主に中国大陸→香港のルートを問題視していた。A香港型(H3N2)を想起されたい。なおWebsterはComassie Brilliant Blue(CBB)染色法の発明者の一人である。

(注2)インフルエンザウイルスの防疫の最大の問題は新型ウイルスの出現だ。これはヘマグルチニン(H)とノイラミニダーゼ(N)の新しい組み合わせで起こる。これは複数の型のウイルスが同じ細胞に感染し、ゲノムRNA分節の新しい組み合わせが生じることによる。これまでヒトのパンデミーを起こしてきたウイルスのHとNの全ての型は、自然界のトリインフルエンザウイルスから由来している(一方ブタは増幅動物)。そのため極地での野鳥の集合は新たな型のウイルスの出現の場となっている可能性が高い。

(注3)ルール作りの準備とは、北極海で漁業を開始するために必要な情報収集、すなわち学術的調査にほかならない。現段階ではこの調査を国際的にどうやって進めてゆくかが議論されている。この枠組み作りに参加している国、組織はカナダ、中国、デンマークグリーンランド)、欧州連合(EU)、アイスランド、日本、韓国、ノルウェー、ロシア、それに米国である。(この中には最近漁業大国となっているポーランドが含まれていない。)

 

追記 2/18/17 この記事から約3ヶ月後、中国ではH7N9型のヒトへの感染が憂慮されている。これについてはあらためて述べることにする。