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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

サラセミアの克服に向けて:Stuart Orkinの挑戦

9月30日、Dana Farber Cancer Institute(Boston, MA)のStuart Orkinの講演を聴いた。(モタモタしている間に一ヶ月ほど経ってしまった。その間シンポジウム、小旅行、シン・ゴジラとかいろいろあった。)Orkinは血液学の大家だ。今回の講演は、サラセミアの治療に向けた基礎研究からその臨床応用までの力強い内容だった。

背景:胎児型グロビン鎖の再発現

サラセミア(thalassemia)は地中海沿岸地方に多発する常染色体劣性の疾患で、主にヘモグロビン産生異常(低下)によって引き起こされる貧血だ。出生後のヘモグロビン分子(HbA)はα鎖とβ鎖、各々2分子(α2β2)からなっている。サラセミアには各々の分子の異常からなるαサラセミアとβサラセミアがある。これらいずれかの鎖にアミノ酸置換がある、あるいは発現量が低いことによりヘモグロビンが正常に作られないのだ。

サラセミアの治療をどうするか? これまで蓄積された研究にヒントがある。ヘモグロビンは発生時期によって異なる遺伝子が使われる。具体的に言うと、胎児期にはβ鎖に相当するγ鎖が発現している(胎児型ヘモグロビン、HbF、α2γ2)。出生と時期を同じくしてこのγ鎖の発現は抑えられ、β鎖の発現が上昇する(注1)。これまでのβサラセミア患者のデータでは、γ鎖の発現レベルの高い患者は貧血の程度が軽いことが知られていた。そこでβサラセミアの治療法として、正常な(野生型)配列を持つγ鎖の再活性化(reactivation)させることの有効性が考えられた。眠れる胎児型遺伝子を起こしてやるわけだ。

サラセミアと並んで重要なヘモグロビン異常は鎌形赤血球症だ。こちらは変異アミノ酸は決まっていて6番目のグルタミン酸がバリンに替わっている。こちらについてもγ鎖の再活性化が有効である可能性が高い(注2)。

γグロビンの発現制御に関わるゲノム領域の探索

γ鎖の発現量に影響を与えているゲノム領域の特定は重要だ。特に出生後にγ鎖の発現を抑えている仕組みを知りたい。γグロビンの発現制御に関わるゲノム領域を特定するために、genome-wide association stusy(GWAS)が複数の研究グループにより行われた。その結果、胎児型グロビン(HbF)の発現と相関(association)を示す3箇所のゲノム上の領域が特定された。それらはβグロビン遺伝子クラスター(γ鎖遺伝子も含まれる)そのもの、HBS1LMYB遺伝子とに挟まれた領域、それにBCL11Aであった。BCL11Aは転写抑制因子として知られていたが、赤血球生成における機能はこれまで明らかにされていなかった。

マウスを用いた研究で、BCL11Aの発現を低下させてやると胎児型グロビンの発現が上昇することが明らかとなっている。特に赤芽球系でのBcl11aコンディショナル・ノックアウトマウスでは、成体における胎児型ヘモグロビンの発現抑制が解除されていた。(すなわち胎児型ヘモグロビンの発現が誘導された。)このことからマウス成体での胎児型ヘモグロビンの発現抑制には、BCL11Aがアクティブに関与していていることが判明した。

以上の知見はサラセミア患者において、γ鎖の再活性化が治療法として希望がもてるという考えを支持する。

BLC11Aは様々な転写因子やクロマチンモデリング因子とともに巨大な複合体を形成している。しかしこれらのなかでBCL11AのみがHbFの発現に”特異的に”関与していて、赤血球生成そのものに影響を与えないことがわかった。これはサラセミア治療の標的としてきわめて望ましい性質である。その他の因子の除去では赤血球生成の過程そのものが影響を受けるのだ。

BCL11Aの発現に影響をコントロールする配列

そうするとBCA11Aの発現をコントロールしさえすれば胎児型グロビン(γ鎖)の発現を誘導できるかもしれないわけだ。BCA11Aの発現は転写因子がBCA11A遺伝子のエンハンサーに結合することで促される。BCL11Aのゲノム配列には3箇所(+55, +58, +62)のDNase I高感受性領域(DHS)がある。DHSはエンハンサー領域であることが多いが、GWASによって+62と呼ばれるDHS内にHbF発現レベルと高い相関を示すSNPが同定された。実際にこれらの領域のどのような配列が重要かを特定するために、Orkinらは新しい手法を開発した。

この部分は既に昨年のNatureで公表されている。 この部分はこの一連の仕事のなかでキモのところだ。まず不死化されたヒトの赤芽球前駆細胞(HUDEP-2)のCas9を発現する細胞株を作る。これに、可能性のある領域の可能な限り全ての塩基を標的とするgRNAを組み込んだレンチウイルスライブラリーを作る(注3)。これを低MOIでHUDEP-2に感染させ、細胞を増やす。この細胞集団におけるHbF発現細胞の頻度をフロー・サイトメトリーで調べ、その頻度と破壊されたゲノム領域との関係を明らかにした。こうした解析の結果、+58内の42塩基対領域にその領域が狭められた。

治療への道

上の結果から、BCL11A遺伝子のエンハンサー領域内にBCL11Aの発現をポジティブに制御する配列が明らかとなった。そこで赤芽球系の細胞でこの配列を除去してやれば、胎児型グロビン(γ鎖)の発現を促すことができる。すなわちサラセミアの治療が可能となると考えられた。しかしよりプリミティブには、赤芽球特異的にBCL11Aの発現自体を抑えてやっても同様の効果が得られるはずだ。

これを実現するために、OrkinらはsiRNAiを試みた。最初に試みたのは血液幹細胞(lineage-free cells)にBCL11Aを標的とするshRNAを発現するレンチウイルスベクターの導入だ。このベクターではSFFVプロモーターの下流にshRNAが置かれ、血液細胞の分化とは無関係に常にshRNAの発現を促す。したがってこの方式では赤芽球特異的な方法ではない。こうして得られた細胞を移植されたマウスでは、血液幹細胞のS期とG2期の割合が上昇していた。本来血液幹細胞では細胞周期の進行が精妙に制御されているわけだが、この制御がうまく働かなくなっていることを示していて、幹細胞がやがて枯渇する兆候である(注4)。だから血液幹細胞でのBCL11Aの不在は好ましくない結果をもたらすことが明らかだ。

そこで彼らは同じshRNAを赤芽球系のみに発現させるべく、βグロビンプロモーターの下流にshRNAを配置したレンチウイルスベクターをデザインした。これを血液幹細胞に感染させた上でマウスに移植する。すると今度は幹細胞への悪影響が出ずに、なおかつ赤芽球でのγ鎖の発現の上昇を見た。さらに重要なことは、鎌形赤血球症のモデルマウスで貧血の症状の改善が見られた。

というわけで、マウスの赤芽球で特異的にBCL11Aの発現低下を起こすことで、胎児型ヘモグロビンの誘導に成功したわけだ。このマウスでの結果は、ヒトの治療への応用へ向けて大きな期待を抱かせるものだ。しかし我々はこれまで数多くの治療がマウスでは効くが、ヒトでは効かないということを見てきた。ヒトでの重要なポイントは、shRNA発現細胞をヒトの体内に戻したときの定着性、持続性、さらには最も重要なγ鎖(およびHbF)の上昇、および安全性である(注5)。これらについて今後の進展を見守ることになる。

しかしこうしたex vivoでの細胞の改変を要する療法は当然高額な医療となる。これは世界的に見れば、サラセミア患者の多い国、地域のすべての患者に適用するわけにはゆかない。こうした貧しい国々の人々へ福音をもたらすものは、やはり低分子化合物、つまり”薬”なのだ。OrkinらはBCL11Aの発現を抑制するような低分子化合物の探索を開始した。そこで用いられたスクリーニングはやはりOrkinらしく、知恵の込められたものだった。しかしこの部分はまだ論文として公表されていないようなので、また私自身中身の誤解もありうるのでこれ以上詳細をここに紹介することは控えたい(注6)。

人類への福音:答えは”薬”

分子生物学の進歩は疾患治療における遺伝子の導入(遺伝子治療)や改変細胞による治療の可能性を開いた。現在はより正確で高効率なゲノム改変法(ゲノム・エディティング)が登場して、遺伝子や細胞をいじる治療法の可能性がより広がっている。しかし繰り返しになるが、これらは人手と費用がかかる。だから地球上の全ての人々に福音をもたらすわけではない。一方低分子量化合物(これらはいわゆる古典的な”薬”であるが)はより安く、さらには簡単に治療の恩恵にあずかることができる。

いわゆるドラッグ・スクリーニングに比較的アクセスしやすくなった今、MD研究者がこの方向を目指そうとするのは必然とも言える。Stuart Orkinはその長い研究生活でそこに到達している。

 

(注1)βグロビン遺伝子クラスターε、Gγ、Aγ、α、βの順に並んでいる。これらのコーディング配列の先頭にLCRと呼ばれるエンハンサーが存在する。これは数あるスパーエンハンサーのプロトタイプである。詳細は多くの総説に詳しい。

(注2)鎌形赤血球症はおそらく日本ではほとんど問題にならないと思うが、米国ではアフリカ系では365人に1人の割合で罹患していて、総患者数は約10万人と無視できない数だ(データはCDCによる)。そのため治療法の研究が盛んに行われている。

(注3)ここでの制約は主にPAM配列の有無ということになる

(注4)この幹細胞の枯渇については別途Bcl11aノックアウトマウスを用いて血液幹細胞の”老化様”フェノタイプを確認している。

(注5)今回紹介した方法がレンチウイルスベクターを用いていて、かつ血液幹細胞を操作する以上、白血病の危険性から免れるわけではない。これを回避するためにはゲノム・エディティングを用いるのが良い。しかしこれとても、オフターゲット効果がゼロにできるわけではない。

(注6)低分子量化合物を医薬として適用する場合は標的以外の全身のすべて細胞に影響が及ぶので、サラセミアの場合のように全人生の期間に投与を受けるような医薬はこうした副作用を深刻に考慮する必要がある。これは副作用があってもがん細胞を叩くことが優先するような場合(すなわちがんの化学療法)とは全く事情が異なる。