メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ZIKAウイルスの病原性を担う低分子RNA、sfRNA

今日はコロラド大学(University of Colorado)のJefferey Kieftという人の講演を聴いた。構造生物学は苦手なので初めは気が進まなかったが実際は面白い話だった。

トピックはフラビウイルス属のRNAが病原性を発揮するのに必要な構造を明らかにしたという話。フラビウイルスには日本脳炎やデング、あるいは最近話題のZIKAウイルスなどが含まれる。ZIKA小頭症で俄かに注目されているが、多くの感染症を引き起こすのでZIKAの流行の前から研究の蓄積は既にかなりある。ウイルスゲノムRNA(gRNA)は+鎖一本鎖RNAで、これはタンパクをコードしている。他に300〜500塩基の低分子量RNA(sfRNA)が感染細胞内で検出されるが、これはgRNAの3’側が分解を免れて残ったものである。重要なことにsfRNAの蓄積が病原発生に関与していることが知られれている。(ただしそのメカニズムには諸説があるらしい。)

gRNAは一本鎖で、宿主細胞内のエクソヌクレアーゼ、Xrn1よって5'→3の方向で'消化される(注1)。gRNARの3’非コード領域に4つのループが形成されていて、各々がXrn1に対して耐性となっている。そのためサイズの異なる4種類のsfRNAができる。このループの領域はXrn1-resistant RNA elements (xrRNAs)と呼ばれている。演者らはこのxrRNAsの3次元構造を結晶解析により決めた。次いで堅固な高次構造を作るために必要な塩基を特定するべく、塩基置換を持った変異RNAを作成した。高次構造を失えばXrn1感受性となるのでin vitroでRNAのXrn1消化を行ったのちに電気泳動すればこれはわかる。最初に解析したのはウエストナイルウイルスウイルス(WNV)だったが、最近ZIKAウイルスについても解析を終了し、その結果は近々サイエンス誌に掲載されるようだ(注2)。多数のフラビウイルスについて同様の解析を行った結果、xrRNAの構造はよく似ていることがわかったということだ。

私の不満は、解析の過程でRNA配列を変えた変異体を作っているが、これらの変異RNAウイルスの細胞または動物への感染実験による病原性の確認のデータ出されなかったことだ。しかしこのグループは構造生物学者なので、こうした”生物学的”データを取るような実験は自分達ではやっていないと思う。いずれ共同研究で出てくると思われる。

ひとつ感心したのは、sfRNAのサイズを決定するのに、古典的なノーザンブロットを用いていたことだ。最近の研究者はノーザンはおろか、サザンもやったことがない人がほとんどで、古い手技に馴染みのある私は大いに楽しめた。なお今回の講演の概略は昨年出た総説に書かれている。

感想としては、やはりsfRNAが病原性を発揮するメカニズムが面白そうだ。miRNAなど、低分子のRNAの研究の蓄積がなければ今回のようなsfRNAの解析はスムースには進まなかったであろう。非コードRNAの世界はまだまだ未開拓なので、これから面白い、また驚愕するような知見がどんどん出てくると思われる。

 

(注1)Xrn1の構造解析をしたのはCRSPR/Cas9で一躍有名になったJennifer Doudna(UC Berkeley)だ。彼女はRNA代謝というきわめて基礎的な分野で大きな成果を挙げてきた人物だが、いきなり生臭い世界に引きずり出されてしまっている。

(注2)実際にAkiyamaというポスドクがZIKAウイルスの解析を始めたのは、今回のブラジルでの大規模流行が起こる前だったそうだ。

 

追記 11/17/16

上記ウェストナイルウイルス(West Nile virus, WNV)についての最近の調査によると、これまで考えられていたよりもずっと”危ない”ウイルスであることが判明したらしい。ベイラー医科大学(Houston, TX)の研究者が多数のWNV感染患者の記録を集計したところ、2,002年から2,012年までの調査では、計4,162人のうち計557人が死亡している(致死率13%、これだけで既に”危ない”。)。このうち感染後90日以内に死亡したのは289人で約半数がそれ以降に死亡している。これは通常のウイルス感染ならば治癒した段階での何らかの問題が存在することを示している。このウイルスが他の病原体の感染を増悪させ、さらに腎臓疾患を引き起こすと結論づけられている。

追記2 12/2/16

上記Akiyama論文はpublishされた