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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

伝染性腫瘍(3)デビルの抵抗性遺伝子が選択される

前回からの続きにして完結編)

今年の初めにコッホ三原則の見直しの動きについて紹介した。そこで述べた通り、コッホ三原則とは微生物と病気の因果関係を確定するための実験のプロトコールだ。同じ記事で私はがん遺伝子研究にでもコッホ三原則のアナロジーともいうべきプロトコールが存在していることを述べた。しかしこれはコッホ三原則のようには定式化されているわけではない。私が勝手に考えただけだ。

前回、前々回と、伝染性腫瘍(DFTDCTVT)のことを書いたが、これらの腫瘍についてはコッホ三原則が当てはまる。

⒈ 特定の病気(感染症)には同じ微生物が見出される。

⒉ その微生物は分離培養することができる。

⒊ 培養された微生物を健常動物に接種することにより同じ病気が再現される。

この”感染症”を”腫瘍疾患”に、”微生物”を”腫瘍細胞”に入れ替えてやってもまるまる成立している。だからDFTDやCTVTはコッホ三原則が成立するような腫瘍なのだ。

これらの腫瘍細胞と病原微生物との違いは何か? 一つは感染経路、もうひとつは実験感染における宿主域だ。病原微生物の感染経路は接触、飛沫、空気等、様々だが、DFTDやCTVTのような伝染性腫瘍の場合はかなり濃厚な個体間の接触が必要だ。デビルでは仲間同士の咬みつきが、イヌでは交尾がそれに当たる。また大部分の病原微生物は本来の宿主以外の動物種に感染、発症させることができる。このことが、ヒトの病原体が実験動物(主にげっ歯類)による実験感染によって確定できた理由だ。しかしCTVTではかなり近縁なイヌ科動物種のみに感染が成立するし、DFTDではデビルのみの間で感染が成立する。結局これは異種移植(xenogtaft)が常にきわめて困難であることの反映なのだ。

要するにDFTDやCTVTは特殊な形態ながら感染症そのものなのだ。前回感染症の歴史が我々に語りかけていることを書いた。それは、きわめて致死性の高い感染症もやがて病原体がその毒力(virulence)を低下させ、いわば地方病的に残ることが多いということだ。DFTDは放置すればデビルそのものを絶滅させるほどの致死性を持っている。だからきわめて強いvirulenceを持った病原体と解釈できる。しかし最新の報告では、デビルの集団中にDFTDに抵抗性の遺伝子が選択されつつあることが明らかにされている。

米豪のグループは最近のNature communicationsに”Rapid evolutionary response to a transmissible cancer in Tasmanian devils"と題する論文を発表した。そこではDFTDの流行の前後で、デビル集団のゲノム上の主に二箇所(第2、および第3染色体上)で連鎖不平衡(linkage disequilibrium, LD)が起こっていることが記載されている。これらの領域には7つの候補遺伝子が同定される。これらの多くは免疫、特にがんに対する免疫を司る遺伝子や、抗がん剤に対する感受性を決定する遺伝子であることが推定された。こうした候補遺伝子の特定の多型がデビルの腫瘍への抵抗性をもたらし、集団中でポジティブに選択されつつある可能性が高いと結論されている。無論これらの遺伝子産物の機能に関してはさらなる実験研究が必要で、その結果によって腫瘍耐性遺伝子の実体が判明すると思われる。

これは病原体側の変化ではなく、宿主側の変化だ。感染症における宿主側の抵抗性遺伝子の選択は、例えばヒトのマラリアにおいてよく調べられている。マラリアのうちの一つ、三日熱マラリアでは赤血球表面のDuffy抗原が原虫(Plasmodium vivax)のレセプターとして働くことがわかっている。西アフリカでは三日熱マラリアはほとんどみられず、主なマラリアP. falciparumによる熱帯熱マラリアである。この地域ではDuffy抗原を欠落した人がほとんどで、三日熱マラリアの不在の事実とよく一致している。放っておけば、こうした抵抗性の遺伝子がデビル集団中に濃縮され、結果としてデビルという種が存続できる可能性が高い。しかしこの20年間におよぶ腫瘍の流行によりデビルの集団規模が既に相当小さくなっている。これはデビルの種が持っている遺伝子プールの多様性が低下していることを意味する。これはデビルの種の存続にとっては悪い状況だ。

結論的には、デビルの種を保存させるためには今回同定された抵抗性遺伝子を持った個体を捕獲、繁殖し、それらを再野生化する。その間に既に罹患しているデビル個体の治療法を模索するのが最善の策ではなかろうか?

 

このシリーズは以下のとおり。

伝染性腫瘍(1)デビル顔面腫瘍性疾患:絶滅の引き金

伝染性腫瘍(2)犬伝染性性器肉腫:数千年前から行き続けている驚異の腫瘍

(終わり)

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