読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

若い人の血による若返り効果?

ちょっとこのタイトルは怪しげだが、このサイエンスの記事はおもしろい。遺伝子工学でも幹細胞でもないが、俗な面白さがある。若い人の血漿を輸血された人が”若返る(かもしれない)”というのだ。

記事を読んでみると、この流れの研究には結構な歴史があることがわかる。何十年も前の仕事にさかのぼる。若年マウスと老齢マウスの血液循環をつなぎ合わせてみると(parabiosis)、老齢マウスが”若返った”という実験に始まる(注1)。こうした老齢マウスが、より強く、より賢く、より健康になり、さらに毛艶すらも良くなったというのだ。後にparabiosisでなくとも、複数回の血漿輸血をすれば同様の効果が得られることがわかった。こうした結果が得られると、科学者たちはその血漿中のどんな成分が”若返り効果”を持っているかを追求する。昨年初めのネイチャーの記事はその部分の歴史を簡潔に要約している。”寿命延長”と”若返り”研究の歴史と現状を把握するにはこちらの記事の方が良くまとまっている。この中で研究者間での論争が紹介されている。その主なものは、これまでにparabiosis、あるいはその他の方法で若齢動物の血液またはその成分が、老齢動物の”若返り”を起こしたことを実証したデータはひとつもないという指摘だ。それらは組織のダメージの修復の促進に過ぎないという。こうした議論の対象となっている因子の代表的なものがGDF11だ(注2)。

サイエンス記事の主な内容は、こうした若返り実験の延長線上として”ヒトの”若返り効果”を明らかにしようとする。上のようなマウスの仕事に触発されて、当時スタンフォードの学部学生だったJesse Karmazinが輸血後の患者のデータを調べた。その結果、若齢ドナーの血液を輸血された患者はその後の健康状態が良かったという。逆に老齢のドナーからの場合は患者の健康状態が悪く、死亡例も多かった。多少の紆余曲折の後、Karmazinは現在カリフォルニア州モンタレーにあるAmbrosiaという企業で臨床試験を開始した。この臨床試験が物議をかもしている。

この試験では35歳以上の人をレシピエントとし、25歳未満の人をドナーとしてその血漿の約1.5リットルが二日間にわたって輸血される。輸血前後に採血して、100種類以上の項目について数値を取る。このデータから”若返り”が起こるかどうかを知ろうとするらしい。こうした諸々の試験や手続きにかかる費用として、被験者は8千ドルを支払う必要がある。これが高い。そもそも金を取ることがおかしい。臨床試験とは特定の疾患に対して特定の薬剤や手法が治療効果を持つかどうかを調べるものだ。そこで使われる標準的な方法は二重盲検法で、ほとんど常に対象群(プラセボ)が置かれるわけだ。だから臨床試験では自分が”薬”に当たったか、”偽薬”に当たったかはわからない。これが臨床試験厳格なプロトコールに基づいて、無料で行われる理由だ。これは実験なのだ。最初から”良い方の薬”に当たるわけではない。運次第なのだ。

この試験に対する最大の批判は対象群がないことだ。それに血液の分析から得られる情報から、ヒトの老化(または若返り)の程度はわからないというもの、さらにレシピエントとドナーの年齢が近すぎるという批判も強い。どれもまっとうな批判だと思う。最初の批判に対する言い訳は、プラセボ群に入れられる可能性があるのに料金を取るわけにはゆかないということだ。それは確かにそうだろう。そのかわり試験の前後のデータを比較するのだという。しかしこれは理由になっていない。被験者がある種の期待を抱くようだと結果は歪む。だから常にプラセボ群が置かれる必要があるのだ。

血漿輸血自体は既に治療行為として長い歴史があり、その安全性は保証されている。しかしながら、上に挙げたような批判はこの臨床試験の質を厳しく問うものであり、無視できない意見だ。NIHがサポートしているサイトClinicalTrials.govには現在進行中の臨床試験のリストが公開されているが、この試験も載っている。しかしそこには料金の記載はない。不可思議なことだが。

もし本当に”若返り効果”があるのなら、私もぜひ血漿輸血を受けたい気持ちだ。再び言うが、血漿輸血の安全性は証明されている。日本は老人大国だ。こうしたあらゆる試みが必要なのは特に日本人に対してではなかろうか? そのうちのどれかが未来の日本を救うかもしれない。

 

(注1)このparabiosisの実験を試みた人々の中に、現在幹細胞研究者の大家であるIrving Weissmanがいる。この方法で個体間を移った細胞を見ようとしたのだ。それは彼がモンタナ州の高校生(16歳)のときで、1,955年のことであった。1,999年、Weissmanはスタンフォードの自らの研究室で、当時ポスドクになったばかりのAmy Wagersにparabiosisによる幹細胞の挙動を調べることを勧めた。これが今日Wagersが”若返り因子”研究で活躍するための第一歩であった。

(注2)”若返り因子”として同定されたもののひとつがGDF11。この因子が、横紋筋、脳、それに心臓の”再生させる”効果があるという論文を出したのが、他ならぬWagersのグループだ。しかしこの結論に対しては反論が相次ぎ、きわめて不確定かつ熱い状況にある。