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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

GM作物表示法へのNatureの姿勢

連邦議会では食品中に含まれるGM作物の表示に関する攻防が続いていた。他方で州議会レベルではGM作物の表示義務を課す法案が議論されてきた。これは多くの州で進行している。それらの先頭を切って7月1日にバーモント州ではその表示を義務化する法律が発効したバーモント州民主党の支持者が多く、米国内では最もリベラル(左寄り)な傾向で知られる。全米で2番目に人口の少ない州(約63万人)であるにもかかわらず、先駆的な政策で連邦政治にも少なからず影響力がある。このバーモントのGM作物表示義務法案は約2年前に可決されていたが、それを受けてCampbellなどの食品大企業は法律に従って表示を行う方針を公表していた。

余談だが、バーモント州のアンチ大資本的傾向は映画"Thank you for smoking (2,005)"でも垣間見ることができる。この映画はタバコ規制に乗り出そうとする連邦議会の勢力とタバコロビーとの抗争が描かれだコメディーだ。議会の公聴会でアンチタバコ派の大物議員が登場する。このウィリアム・メイシー扮する上院議員がバーモント州選出という設定になっている。米国で広く受け入れられているバーモント州のイメージに合わせているのだ。

本題はここからだ。州レベルの法律は連邦議会によって覆すことができる。連邦議会で州法によるラベル表示義務は無効であることを明記した法律を通過させれば良いのだ。連邦法は州法に優越するからだ。こうした激しい攻防がワシントンDCで延々と続けられてきたのだ。バーモントの法施行を追いかけるようにして、連邦議会下院がGM作物の表示に関する法律を通過させた。これは大統領府に送られる。この法律にしたがって規制機関は表示のための基準を作成してゆくのだ。これはGM作物の安全性を危惧する人々(主に活動家)が久しく待ちわびたものだ。しかしその中身はどうかというと、妥協の産物である。GM作物から作られた食品はその旨を表示する義務が明記された。しかし奇妙なことに、その表示は食品の包装そのものになされる必要はなく、ウェブサイト上など適当な方法で行われれば良いとするものだ。当然これでは消費者は店頭でGM使用かどうかを判断することはできない。

これに関して、Nature誌は最新号の巻頭言でこの法律のおかしさについて指摘している。アンチGM活動家のグループからは、その食品に何が使われているかを”知る権利”が完全には保証されていないという不満が、また逆にGMロビー側からは既に安全であることが”確定している”GM作物について、その事実をことさら表示する義務は不要であると主張している。このロビー側のGM作物が安全であるという認識は、今年5月に米科学アカデミーのパネルが出した答申に基づいている。

今回の法制定で、少なくとも知ろうとする意欲の高い消費者にとっては、中身を知ることができる状態になった。しかし実際にはこの中身の表示というのはそうとう曲者である。GM作物の表示については各国によってその中身がかなり違う。例えばGM作物由来成分の含有量が限度以下だと表示なくても良い、あるいはGMOに含まれていた組換えタンパクが最終的に食品に残っていなければGM作物の表示をしなくても良い、といった具合だ。バーモントの州法ではこうした例外的な基準がないので、使用したすべてのGM作物を表示する必要があり、たいへん煩雑である。こうした点から考えて、連邦法の方が実施に際してはより現実的であるともいえる。

この法律の成立によって、これまで延々と続いてきたこの”ラベル表示”の問題が”一応”決着した。このNature記事の最大のポイントは、この決着によってGM作物をめぐる現在の課題についての議論ができるようになるとことが期待されるということだ。実際この長期にわたる政治抗争のおかげで時間的、および予算的資源が空費されてきた。すでにEPAはいくつかのGMO作物が作る殺虫タンパク、それに対する耐性を獲得した害虫についてコメントしている。こうした耐性害虫への対策をEPAは十分講じてこれなかったとしている。さらに特定のGM作物に対して用いられる除草剤についても耐性を獲得した"superweeds"の蔓延も農業者への脅威となっている。ごく最近浮上してきた課題として、CRISPR法によって作出されつつある新しいタイプの作物がある。これらへの対応は未だ規制当局側で統一した見解を作れないでいる。

こうしたすべての問題を解決するためには、科学的知見に基づいた広範な議論が必要であり、議論への科学者の参加が望まれるとNatureは主張する。Natureは原則的にPro-GMの立場をとっており、この”ラベル問題”の決着を基本的に支持している。置き去りにされてきた問題の解決に向かって邁進できる状況であるとポジティブに捉えている。要は不毛な抗争が続いたために大事なことが滞っていたということだ。(ここであまり言いたくないが、昨年の日本の国会における不毛の議論も同様の範疇に入ると思う。)

科学者の議論への参加が圧倒的に不足していることには同感ではあるが、科学者たちは競争で忙しいのだ。

注)米農務省(USDA)はCRISPRによってゲノムが改変された作物を、GM作物としては規制しないことを決定している。しかしFDAEPAの態度は未だ不明確だ。仮にUSDAがCRISPR改変作物を審査対象外としても、FDAがその販売に待ったをかければそれは市場に出回ることはない。ホワイトマッシュルームがこの状態にある。

追加1)私見だが、GM作物だけを目の敵にするアンチGM派の主張は私には理解できない。実際にはGMそのものよりも農薬や耐性菌の残留の方がわれわれの健康に与える影響はずっと大きい。こうした情報を全て食品のパッケージに表示することはおよそ非現実的である。GMだけが標的にされるのはなぜか? これを考えてみることは大事だと思う。そこには放射能に対する人々の忌避感と共通する心理的要素があるように思える。