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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

カリフォルニア“銃器暴力”研究センター

銃を使った暴力に関する公的な研究機関(California Firearm Violence Research Center)を設置するための法案がカリフォルニア州議会で可決された。深刻な米国の銃犯罪に対処するために州の政治が動き始めたというだ。

近代的な国家では銃器(武力)は軍や警察のみが所持して一般国民は武装解除されているのが普通だ。これによって治安の維持が初めて達成される。一方国家の統治機構が機能していない国では国民の一部が武器を保有していることが多い。こうした国々では往々にしてゲリラやテロリストが存在する。米国は国家の統治が機能しているにもかかわらず、一般市民が銃器の所有の権利を有する例外的な国だ。このため銃を使用した大量殺人事件が度々引き起こされる。上のような一般市民の武装解除の原則は米国民にはなかなか理解されない。他の先進国では軍や警察以外には原則銃保有は許されていないと言うと驚く米国人も多い。特に田舎の共和党を支持する人々が住んでいる地域では銃を持つことが当然であると考える人が多い。(私の住んでいるところもそのような地域だ。)こうした国民全体の武装解除(刀狩り)は平時に行うことはおそらく不可能であろう。大体は外国勢力に国が占領されて、その強力な武力の威嚇のもとに初めて成立するものなのだ。米国を制圧できる国は近未来にはたぶん出現しないので、こうした”刀狩り”の可能性はゼロに近い。この点で日本はかつて(約400年前)世界最大の銃生産国であったにもかかわらず、国民レベルの武装解除に成功した稀有な国である。

こうした米国の社会常識の中で連邦議会では銃規制に反対する勢力が公的資金による銃に関する研究の推進に強力に反対してきた。これは主に共和党の議員たちだ。1,996年、当時下院議員だったJay Dickey(共和党、アーカンソー州選出)が中心となって、CDC(Center for Disease Control and Prevention)の銃の国民生活への影響に関する研究を禁じる法案を通すことに成功したのだ。(銃がCDCの守備範囲に入る事実はたいへん面白い。)これ以来連邦政府による銃規制への動きは封じ込まれている。ちなみにDickey自身は下院議員から引退したが、現在は銃研究を推進する側に立っている。(例えて言うと反原発派に転じた小泉純一郎のようなものか。引退すると利権などのしがらみから解放されるので、こうした”おじいちゃんの転向”はありうる。)

カリフォルニアは民主党支持者の多い州だ。今回の州の動きは、こうした無力化された連邦政府から独立して、銃規制に向けた研究をスタートさせる上で有効であると期待されている。今後5年間に総計5億ドルの予算を計上して銃器暴力の研究を支援する。日本円にすると500億円強ということになろうか。結構な規模だ。この案ではカリフォルニア大学システムに研究施設を置く。カリフォルニア大学システムとは日本でもよく知られているUniversity of California Berkley (UCB)やUniversity of California Los Angeles (UCLA)などを含んだ計10 校の大学または大学院大学の総体をさす。各校は実質独立した大学として存在しているが、これら全ての長(president)も存在している。

カリフォルニア大学のおそらくDavis校のキャンパスにこのResearch Center を設置して、専任の教員を置くという形態になるらしい。そこでは既存の銃関連法規の効力を統計学的に分析することになる。主たる研究目標はカリフォルニアにおける銃器暴力の原因とそれによる結果を明らかにすること、それに現行の法規が銃器犯罪を抑える上で有効かどうかを検証することだ。興味深いことにカリフォルニアにおける銃器犯罪の発生率は2,000年以降約20%も低下している。他の州ではこうした減少傾向は認められない。この銃器犯罪発生率の低下に対してこれまでの州の政策が寄与寄与したのどうか、それもわかっていない。こうしたことも研究対象となるようだ。

米国で社会に対して有害なもの(商品)を制限する政策の成功例としては、タバコ(販売、使用)の制限が挙げられる。このタバコ制限が成功したことのポイントは、喫煙と発がんとの因果関係が科学的に証拠付けられたことだと思われる。しかしこの“科学的証拠”の確定には時間と困難が伴った。タバコ業界が強力なロビー活動を展開したからだ。のみならず論文審査に影響力のある大物学者の買収なども行なわれた。アンチタバコ派が勝利するためには、NIHのCurtis Harrisら、肝の据わった正義感の強い研究者達の功績が大きい。米国では喫煙人口の減少から約20年遅れで肺がん発生率が低下した。この壮大な社会実験によって、タバコが肺がんの原因であることの科学的証拠が後追いで出揃った。これでタバコの害を疑うものはいなくなった。

では銃の場合はどうか? 銃の有害性そのものを認識するのに科学的証拠は不要である。銃が人に向けて発射されれば人が殺傷されることは誰でも知っているからだ。銃問題は科学的研究対象ではなく、高度に“政治的“な問題なのだ。このカリフォルニアでの銃器暴力の研究は、社会科学、あるいは政策科学的な研究の範疇に入るものだ。しかしこれが最も難しい。こうした社会現象の解明のための研究を政治力によって阻止しようとする。これが米国のロビー政治なのだ。カリフォルニアは強大な州だ。私の見るところ、今回の州レベルでの連邦政治への”反抗”に対して、業界側が警戒感を募らせているのは間違いない。カリフォルニア州で銃規制が多少なりとも強化されるようになったら、この動きは西海岸の他の州、オレゴン州ワシントン州に広がる可能性が十分あるからだ。これらの州では民主党が優勢である。

 

追記 7/8/16

この記事を上げた直後から警察がからむ事件が3件も立て続けに報道された。これらはルイジアナミネソタ、それにテキサスで起こったものだ。テキサス(ダラス)の事件はもしかすると、報復の連鎖を生み出す可能性が十分ある。しばらく行方を注視してゆく必要がある。これらの事件の根底にあるものは、誰でも銃を持っている可能性が引き起こす人々の恐怖なのだ。最近警察官による黒人射殺事件が目立っている。こうしたケースの多くは、被疑者が銃を持っている可能性のため警察官が恐怖を抱き、その結果発砲している。実際こうしたケースではビデオに録画されている警察官は本当にビビっているように見える。(そうではない本当に酷いケース、中にはまるでハンティングのような警察官による殺人としかいえない事件もある。)事態が悪化すれば秋の大統領選にも大きな影響が出るだろう。但し、それが銃規制に対してどちらの方向に作用するかは今のところわからない。いわゆるマスシューティングが起こると多くの人々は銃規制の必要性を考えるだろうが、警察と人種がからむと双方が武装することの必要性を考えるだろう。