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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

大便バンクのこと

刺激的な名称だが大便バンク(Stool bank)というのが始動している。既に世界で4箇所(英、米、仏、蘭)に設置されている。いずれも非営利団体で、最も早く始まったのは米OpenBiome(Massachusetts)である。健常人の“正常な”腸内菌叢をもった人の大便(stool)を凍結保存する組織だ。これらの大便(実際には腸内菌の集団)は腸内菌叢の移植(fecal microbiota transplants (FMTs) )に用いられる。

こうした菌叢の移植の理論的根拠は最近数年間に得られたデータによる。小児期での抗生物質の投与により腸内菌叢のうちの重要な構成メンバーが消失し、このことが後の様々な疾患の原因となるというものだ。”重要な構成メンバー”とは必ずしも菌量的に優勢なものとは限らない。具体的にどのような菌種がこうした疾患を防ぐかについては未だ確定していない。比較的少量しかいない菌種が小児期のわずか一回または数回の抗生物質投与によって永久に失われてしまうのだ。そこで健常人の正常な菌叢を移植してやればよいということになったのだ。プロバイオティックなやりかただ。有用な細菌がいなくなってしまうのでプレバイオティック的なやり方は無効である。こうした経緯についてはこの分野の先駆者であるMartin Blaserの著書に詳しい。(そのエッセンスはわずか3ページの最近の総説に述べられているのでそちらを参照されたい。)

しかし問題点がある。それは有用菌とともに病原菌も移植してしまう可能背だ。このため例によって政府機関による規制、ないしは運営指針が決定していない。そうこうしているうちに、営利企業による実際に効果のある菌種からなる製品が出てくる可能性がある。その場合は当然こうした大便バンクは時代遅れの存在となる。

通常このFMTは浣腸するか鼻から胃に通したチューブを介して行われる。これまでにFMTの有効性が確認されたのは2,013年にオランダのグループの報告のみである。そこでは再発性のディフィシル菌(Clostridium difficile腸炎がFMTで抑えられている。それでも多くの研究者は他の疾患、例えばクローン病潰瘍性大腸炎にも効果があると信じている。既に世界中で100ほどの臨床試験が準備されている(その内16は中国)。現実にはその手技が標準化されているとは言い難い。

OpenBiomeは既に13,000ものFMTサンプルを米国内と一部国外に供給している。オランダ、ライデン大学の施設(NDFB)は上記のディフィシル菌の研究を報告したグループによるものだ。ここでは一年以上かけてサンプル調整の標準化をおこなってきた。病原体の排除は最重要課題であり、200名以上のドナーの候補から僅か5名のドナーが選抜された。このグループは50以上の病原微生物をリストに含めている。考え方としてはSPF(Specific pathogen free)と同じである。

FDAはすでに3月方針を提示していて、少数のドナーから多数のレシピエントへのFMTは認めないとしている。この基準が適用されると現在既に始動しているバンクのFMT業務はほとんど実行できなくなってしまう。バンクでは少数の”正常”ドナーのサンプルを比較的大量に保存して、それらを多数のレシピエントに供給しようとしているからだ。このやり方では一人のドナーが持っていた病原菌が多数のレシピエントに感染してしまう。

これまでの4施設はすべて非営利団体だったが、ここにきて営利企業が活動を始めた。その代表例はRebiotics(Minnesota)だ。この会社は独自にサンプルの移入後に十分な菌叢の多様性を維持できる最小の菌量を決定することで、病原体の混入の可能性を最小限に留めようとする。一方、Vedanta Biosciences(Massachusetts)は効果をもたらす菌種を同定して、それらを培養したものを移入しようとする。(これはかつて日本のヨグルトメーカーが善玉菌と称してビフィズス菌を入れていたのと考えとしては似ている。)当然こちらのプロセスのほうがより費用がかかる。現在は多くの営利、非営利機関がどの菌種が効果があるかを追求しているところだ。

 

写真はライデン大学メディカルセンター(オランダ)

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