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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

研究不正からのリハビリ

このところNature誌で、データの再現性をどう保証するかに関する記事が頻繁に載っている。これは明らかにNature自体の問題意識を反映している。データの再現性は科学界全体における大きな問題である。これはひじょうに大きな概念を含んでいて、ただ単に“不正”とか“捏造”の問題だけが考慮されているわけではない。例えば統計処理の方法の不適切な選択によるものもある。こうした理由によって臨床試験の結果が再現できないことはたいへん深刻な問題だ。これらの再現性の問題については少し前に出た記事によくまとめられている。

アカデミアにおける“不正”の問題は産業界とは違った意味で深刻である。商品を売って利益を上げる産業界と違って、取り扱うものの品質の不良が直ちにその研究室の評判を失墜させるものでもない。それだけに、科学界にこける不正はそれを根絶することはひじょうな困難を伴うものだと思われる。

Nature最新号には”Lessons from research rehab”と題された記事が出ている。これを書いたのはセントルイスにある二つの有力大学(Washington UniversityとSaint Louis University)の教員4名である。いずれも心理学をベースにしている人たちだ。

このグループはいわゆる研究不正をした研究者、そしてそのために研究者としての権利(の一部)を剥奪された後に受講できるコースを主催しているのだ。これは”Professional and Integrity (PI) Program”という名前だ。かれらはこれをリハビリテーション(Research rehab”)と呼んでいる。米国では研究不正を行ったことが明らかになると、通常NIHなど政府機関への研究予算の申請権が停止される。その期間は不正の程度による。これによってその研究者はアカデミアでのポジションの獲得または維持ができなくなる。但し、この停止期間が短く、既に複数のグラントを持っていたりすると、大学側はこの研究者のポジションを抹消することなく、こうしたトレーニング・コースに送り込むことになる。状況を想像すると、このコースはこうした代表研究者(principal ivestigator, PI)のためのコースだと思われる。(実際の受講者の詳細についての記載がないので記述から想像するしかない。)

この記事では、このPI Programの活動を通して得られた教訓について述べている。研究不正には“データ捏造”や“盗用”などの、ふつうにわかりやすいものから、“ヒト検体を用いる実験におけるルールの違反”のような、やや難しいものもここでは含まれている。

最初に著者らが常に経験することを紹介している。受講者が到着した時には異口同音に“自分は間違ったことはやってない。ミスジャッジだ。これはまるで受刑者のような扱いではないか?”と言うのだそうだ。しかし三日間のコースが終わると、受講して良かったという感想を述べる。さらに一年後の追跡調査では、コースを受講した後で研究に対する態度が変化したと述べる。

私は心理学を勉強したことはないが、こういった人の心理の変化というのは様々な局面で経験するものだと思う。例えば運転中に後ろにパトカーがついてきてランプを点滅させた時、運転者はどう思うか? “なんでオレが?”とまず思う。実際に違反を告げられてから”しまった”と思う。チケットが切られる頃には反省している。ルールを守れない人は許容範囲が少し甘いのだが、それを納得するための一連の心理的プロセスには手順と時間が、たぶん必要なのだ。

著者らは受講者に特定の心理的傾向があるかどうかをまず調査してみる。その結果、こうした研究不正に手を染める人々に特徴的な性格的性向を認められないという。但し、”focus”、”discipline”、”consistency”については低い傾向が出た。しかしこれらの項目については一般の研究者にも当てはまるものであった。なぜならばこうした性向は新発見をもたらす性格とは少し矛盾しているからだ。

どのような研究不正が認定されたかについての調査では以下の項目が上がってきた。

  1. Failure to prove oversight, leading to problems(誤りの見逃し), 49%
  2. Consent violation concerning human research participants(ヒト研究参加者の同意の不備), 31%
  3. Plagiarism(盗用、剽窃), 21%
  4. Inappropriate recruitment of human research participants(ヒト研究対象者の不適切な動員), 18%
  5. Animal-care violation(動物飼育規定の違反), 15%
  6. Data fabrication, falsification or substandard research leading to false data(データの捏造等), 13%

これらの問題を引き起こした原因は三つに集約される。それらは (1) 細部に対する不注意、(2) 関連する規則への無関心、それに (3) コンプライアンス軽視である。こうした原因の素因として共通するのは、研究グループ内の研究領域が多岐に亘ること、もう一つは研究スタッフの不足だ。要するに研究室のオーバーワークである。多くの場合、研究領域がそれまで未経験だった範囲に入ると、当該規則をよく知らないで研究を実行するということが起こりうる。その結果、規則違反を犯す。

研究不正については三つの神話が流布しているという。

第一は、”Only bad apples get into trouble”(腐ったリンゴがトラブルを起こす)だ。要するに一部の”不良”が問題を起こすという誤解だ。

コース参加者の一人は以前は“規則の精神”を守っていればよいと思っていたが、今は“規則の字句”を守ろうという考えに変わったという。例えて言うならば、路上の速度制限が40 MPHだったら45 MPHまではOKだというようなものか。こうしたルールに関する厳しさの欠如は誰にでもおこりうるものだ。

もうひとつは研究がそれまでとは異なる領域に展開した時だ。例えば初めて臨床試験に関わる際にはFDAの規則に従う必要がある。しかしこうした役所の規制を始めから精通している研究者はいない。

さらにこれは実はきわめて深刻な問題なのだが、研究者の生まれ育った国や文化により研究不正の起こりかたが異なるというものだ。米国内での研究不正は外国生まれの研究者によるものが米国生まれのものよりも2倍の頻度で起こるという。日本人に関係するものとしては“盗用”の問題がある。英語圏では他人の論文からコピー/ペーストすることは、たとえそれが2−3のセンテンスでもご法度である。一昨年明るみになった東京の某有名大学のコピペ文化には呆れたものだ。(この件については末尾に私の考えを簡単に述べる。)しかしこの問題は日本だけの問題ではないらしい。だいぶ前のことになるが、別のラボのある北アフリカ出身のポスドクが書いた論文のDiscussionでパラグラフ二つが、他人の書いた論文のDiscussionからそのままコピペされたものであることが発覚した。これは結構な騒ぎとなってそのポスドクは解雇されてしまった。そのポスドクはフランスで高等教育を受けていたので、英語(彼にとっては第二外国語)には多少の苦手意識があったと思われる。それにしても丸のパラグラフを二つというのは剛の者である。 

第二の神話は、”Scientific skills are enough to do good science”だが、これについては詳述しないが、(狭義の)研究能力以外のスキル、例えばコミュニケーションの重要性について強調している。ラボ内はもとより大学(研究所)の事務系とのコミュニケーションが不正を防ぐという。特に後者については規則違反を防ぐのに有効であることが述べられている。

最後の神話は、”The more publications and grants the better”だ。

著者らはコースの受講者がいずれも多数の論文を出していて、さらに複数のグラントを獲得していることに着目する。(そりゃそうだろう。もしたいして業績がなければ不正を行った時点でクビである。)だから“good scientists”は不正を働かないというのは正しい理解ではないとする。実際このようなproductivityの高い人々は多くのプロジェクトを抱えて常にオーバーワーク気味である。さらに最近の傾向としてhigh-profile journalに出すためには相当幅広いデータを揃える必要にせまられる。このような状況が細部の見落としやコンプライアンス軽視の状況をもたらすのだ。この”忙しすぎる”という状況はPIのみならず、ポスドクや学生といったベンチでの実験者にとっても問題(しかも大問題)なのだが、ここでは書ききれないので次の機会に譲る。

さて最後に著者らはこのリハビリプログラムの是非につい問う。当初は様々な批判があったという。実際研究者がアカデミアに採用されるときにはComplianceやResearch Ethicsのコースを受講することが義務付けられている。しかしこうしたコースを“事前に”ワンセット受講しても、その後の適切な研究態度が決定づけられるとは考えにくい。(たいていあくびをかみ殺して聴いている。)これに対して著者らの行っているような“事後の”個人レベルでの濃密なインストラクションのほうが大きな効果があると述べている。

ちなみにコースの運営についてはNIHグラントの補助を受けている。こうしたコースの存在は”失敗を許容し、再びチャンスを与える”という米国のカルチャーによく合致していると思う。

コピペ問題のこと。

”コピペ問題”への現実的対処法を述べてみる。確かに日本人にとって英語で”作文する”のはたいへんな重荷だ。現に私自身も大学院時代に先輩から“英作文するな、英借文しろ”と言われたものだ。だいたい最初から英作文など出来っこないのだ。だから英米人の論文から借りてこいというわけだ。そうすると出発点でコピペするのはやむを得ない。しかしどんな先行論文の美文も今現在自分が書いている論文にそのまま当てはまるとは到底思えない。だから推敲を繰り返すことになる。昔はワープロがなかったので電動タイプライターで打ち出した原稿を教授に渡し、訂正、追加、削除してもらう。文字通り原稿が真っ赤になるのだ。これをもとに自分で書き直してそれを教授に再度見てもらう。これを繰り返すうちに”盗んできた”もとの文は痕跡はなくなってしまう。こうした作業は英語ができるできないに関わらず論文作成のあるべき姿だと思う。

コピペ問題というのは原稿の推敲プロセスが不足していることの証だ。要するに”横着して”論文投稿までもっていっているのだ。反省すべし。