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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

Santa Cruz抗体の末路

最近周囲の研究者の間で噂となっていることがある。大手抗体メーカーが政府からペナルティーを科され、年内に抗体事業が閉鎖されるというのがある。

この話はSanta Cruz Biotechnology社(以下SC社、本社ダラス)のことで、単なる噂話ではなく実際にUSDA(米農務省)から320万ドルの罰金を科され、かつ本年12月31日をもって商業用の動物飼育ライセンスを停止するという裁定が下ったのだ。

ことのおこりは2,007年の告発に始まる。その中身は同社における抗体生産用の動物の飼育状態が劣悪で、法律(Animal Welfare Act)に違反しているということだった。 USDAは数次にわたる査察を行い、改善を勧告してきた。ヤギの中にはコヨーテによる咬傷が治療されることなく放置されていたものや、腫瘍を抱えたまま飼育されていたものもあった。また同社のウサギは劣悪な飼育環境にあった。2,012年のUSDAの査察の際にはこうした病気のヤギが査察官の目の前で死亡したケースさえあったという。さらに同社はUSDAに届けていない第二の秘密の飼育施設で800頭以上のヤギを飼育していた。これは同社を退職した獣医師の告発で明るみとなった。こうした会社ぐるみの不正に対し、動物愛護団体はUSDAにSC社に対して厳しい態度を取るように要望していた。

さらに今年になって奇妙なことが起こった。1月にUSDAが査察に入ったときに、SC社の飼育していた総計3,000頭以上のヤギと、2,000以上のウサギの全てが会社の飼育施設から消えてしまっていたのだ。これらの動物たちの行方についてはSC社は沈黙を貫いていて未だに明らかになっていない。こうした抗体作成業務に使用された動物が食肉用として屠殺されることは法律で禁止されているし、大量の動物を短期間に殺処分するするというのも物理的にはたいへん困難である。他に考えられる可能性は、他の抗体メーカーに払い下げられた可能性がある。不可解なことである。

しかし現時点でこうした動物を保有していなくとも、これまでの法規違反の履歴が消えるわけではない。そこでUSDAはついにこの種の会社に対するペナルティーとしては異例となる巨額の罰金と動物飼育のライセンス取り消しという重い処分を下したのだ。

以上がことの経過のあらましである。といっても今後SC製抗体が入手できなくなることは確定しており、研究サークルへのある程度の影響は避けられない。

SC社はメディアの記事にある通り抗体メーカーとしては大手である。しかしこの会社に関しては様々なネガティブな評価があったことも事実である。以下、私の経験と伝聞を列挙する。

⒈ SC社は最新論文に掲載され、話題となったタンパクに対する抗体をいち早く商品化する。こうした新しい抗体を購入して実験に用いても、役に立たないケースが多い。こうした“不良”抗体の多くはやがてカタログから消えてしまう。

⒉ 長い年数にわたってカタログに載り続けている抗体は概ね優れている。

⒊ しかしこうした古くからある抗体はしばしば研究者が自分で作成したもの(home-made)のバルク血清を買い取ったものであることが多い。こうした研究者には見返りとしてSC抗体が年間何百本単位で無料で供与される。(正確な本数は忘れた。)

⒋ ヤギで作成された製品の割合が高い。ヤギは飼育管理に手間があまりかからず、殺処分することなく長期にわたって抗体を採取できる。

⒌ カタログに実施例の写真が載っている抗体が少ない。また最適抗体希釈倍率はすべての抗体で同じ記載となっている。免疫染色での細胞内局在の写真が理論的にはおかしいことが多い。さらにすべての抗体の濃度が均一になっている。これはたいへん不自然なことである。

こうした事例から想像されることは何か? おそらくSC社という会社は極力コストを抑えることで利益を上げようとしてきたのだ。上に挙げたようなことは、すべて会社のコストを下げることに役立っている。そのためには科学的に信頼出来るような高品質を保つための出費は極力避けようとする。同時に病気になった動物を殺処分することも極力避ける。SC社はこうした質を犠牲にした低コストビジネスモデルを初期に確立したのだと思われる。おそらく他社がまだ発売していないような新規抗体を初期段階で販売することで、かなりの利益を回収していたのだろう。(むろん私は内部情報を全く知らないのでこうしたことは推測の域を出ないが。)

さてUSDAの裁定は抗体事業そのものの停止命令ではなく、動物飼育ライセンスの剥奪である。したがって旧来型の動物に抗原を注射して抗体を作る方法は続けられなくなるが、一方組み替え型の抗体作成は依然として可能だ。したがってSC社が抗体事業から完全に撤退するかどうかについては不明確なところがある。

しかしいずれにしても、SC社の抗体メーカーとしての評判はこれで地に堕ちた。このことは、おそらく今現在すでに有能な社員が会社を辞めている状況になっているはずである。だからSC社そのものが存続する可能性もおそらく低い。

もうひとつの問題は研究者にとってのことだ。大手抗体メーカーのSC社が抗体事業を停止することで、研究者が必要な抗体が入手できなくなる可能性である。しかし実際には優れた抗体は複数の抗体メーカーでシェアされていることが多く、研究サークルへの影響は甚大なものにはならないと思われる。

つくづく抗体というのは”水商売”なのだと思う。ブランド化に成功すると高く売れるのだ。しかし研究者を相手にしているのでこのブランドの確立は1日にしてならずだ。逆にブランドの失墜は一夜にしておこってしまう。

 

 追記 1/30/17

年が明けてSC社のページに行ってみたところ、すべてのポリクローナル抗体が販売中止になっている。モノクロ抗体は続行している。