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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

組み換え型蚊のその後:ネッタイシマカの撲滅へ

米国FDAGMOカ(OX513A)を野外試験を開始するための手続きに入ったと発表した。これはネッタイシマカ(Aedes aegypti)を駆除する目的でOxitec社により作出され、その試験地としてフロリダ州南端の島(Key Haven)が選定された。

このカを野外に放出することにより野生型カの個体数が減少することが期待される。A. aegyptiはジカ、デング、チクングニヤの各ウイルスを媒介するので、感染症制圧においては最も重要な種である。FDAはこのOX513Aが殺虫剤耐性の出現やウイルス感染の拡大など、環境に対して大きな影響をもたらすことは考えにくいと発表した。このFDAとOxitec社自身によるアセスメントの結果は既に30日間公開されている。この間に異議申立を受け付けた上で、その後にFDAの決定が発表される。

このFDAの比較的速やかなアクションは昨年ホワイトハウス主導で見直しが行われたGMO審査の見直しの成果とみなすことができる。

一方先月WHOはジカウイルス感染の制圧のための方策の評価を発表した。その中にはOX513Aが含まれていて、一定の評価を与えつつもその真の効果についてはさらにパイロットスタディ(小規模野外試験)の結果を待つ必要があるとしている。

OX513Aの輸入と閉鎖環境での試験はブラジル、ケイマン諸島、フランス、インド、マレーシア、タイ、米国、ベトナムで認可されている。野外試験は既にケイマン諸島、マレーシアとブラジルで行われた。Oxitecは各国、地域のA. aegyptiの遺伝的バックグラウンド上で遺伝子導入を行っていて、世界中のA. aegyptiの撲滅に対応しようとしている。グランドケイマンでの試験では、23週間にわたって330万尾のGMOカを放飼したところ、カの80%を除去できたとする。放飼時のGMO雄:野生型雄の比率は10:1であった。これは相当高い比率である。

Oxitecは自ら確立したこの方法をRIDL法(Release of Insects carrying a Dominat Lethal gene)と名付た。このGMOカはtTAという遺伝子のトランスジェニックカであり、テトラサイクリン存在下では発現が抑制されている。カの生産施設内ではこのトランスジーンをホモ接合にもったカがテトラサイクリン存在下で飼育される。このカの雄を野外に放出するとこの雄は野生型雌と交尾し、100%ヘテロ接合でtTAをもった仔虫が生まれる。その体内ではテトラサイクリンがないのでtTAタンパクの発現がおこる。このタンパクは高濃度で致死でありカは幼虫期に死ぬ。この変異幼虫は野生型幼虫の発育と競合するので結果として次の世代の個体数に影響を与えるとされる。そこで変異オスを繰り返し環境中に放出することにより、その地域のカの個体数を減少させるというわけだ。tTAとともにGMOカを追跡できるように蛍光マーカー遺伝子も組み込んである。

この蚊はgnome editingが登場するよりもだいぶ前に開発されたので、gene driveの仕組みを使っているわけではない。したがって放出したGMO蚊が環境中でその変異遺伝子を際限なく増やすことはない。逆にそのためこのGMO蚊を大量に、しかも繰り返し環境中に放出する必要がある。

こうしたGMOの環境中への放出に関する批判はいくつかに集約されると思う。(1) 野生蚊の撲滅が本当に達成できるのか、すわなち効果の程度である。(2) 放出した蚊自体が病原体を媒介するのではないのか。(3) 変異蚊が容易に殺虫剤耐性になるのではないか。

このうち私がもっとも疑問に思うのは、ブラジルのような大陸国でこうした手法はそもそも限界があるのではないかということだ。私自身これに類する技術の成功例を紹介したことがある。それは沖縄久米島におけるSIT(sterile insect technique)法によるウリミバエの根絶である。この時用いられた方法は大量飼育で生産されたオスに放射線照射することで不妊化を図る。このオスを野外に放出して野生メスと交尾させる。メスは一生の間に一度しか交尾できないので、この後他のオスと交尾することはない。したがって仔虫を産むことがない。そのためこの不妊オスの放出を繰り返し行えば、やがてその地域におけるハエが指数関数的に減少してついには絶滅する。久米島での試験では予期した通りの効果が得られ、ウリミバエは消滅した。ついで南西諸島全体での同法によるウリミバエの根絶が達成されたのだ。SITはその他の農業害虫にも世界各地で応用されている。さらにいわゆるアフリカ睡眠病(Trypanosoma brucei感染症)を媒介するツェッツェバエの駆除にも効果があるとされている。

しかしSIT法はハエには応用できてもカではうまくいかない。その理由としてカの放射線照射作業が比較的困難なこと、放射線照射されたカは野外の交尾行動で野生型と競合できないことが挙げられる。カによる病原体の媒介はメスのみの吸血によって行われるため、野外放飼に際しては雌雄選別を行うことが必要だが、このための手間、費用も相当な負担になる。そのためOxitecはRIDL法を選択したのだ。実際このGMOカは一度確立されれば系統を維持するだけで良い。

上記のウリミバエプロジェクトの成功の理由は、原理的に世代ごとのフィールドの個体数の減少が確実に(数学的に)期待されたこと、さらにはフィールドが離島であったため外部からのハエの侵入がほとんどなかったことが挙げられる。(実際は海を越えたハエの侵入が少数ながら認められたが。)

こうした観点からOX513Aの効果について考察する。まず第一点、SIT法に比べるとこの方法は効率が悪いのではないか。第二にブラジルのような広大な地域に適用するのは最初から無理があるのでないかということだ。

今回の野外試験の場所として選定されたフロリダ州のKey Haveは有名なKey Westのすぐ東にある小さな島だ。周囲には他にも小さな島が多くあり、大陸本土と州間高速道路で結ばれている。地理的に完全に隔離されているわけではない。

どこでも見られるが、地元には強い反対論がある。新技術の導入に際しては、常に反対がある。しかしとりあえずこの小さな島での実験を見てみようではないか、というのが私の感想である。英語の”We'll see"だ。