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メンフィスにて

主に生命科学と社会について考える

ジカウイルスとそれに関連して

俄かに騒がしくなってきたジカ熱である。

ジカウイルス(ZIKV)によると見られる新生児の小頭症の発生がブラジルに加え、つい最近コロンビアでも確認された。コロンビアでの最初のZIKVの検出は昨年9月のことなので時期的にも合っている。こうした疫学的情報の蓄積により、ZIKVと新生児小頭症との関係はますます信憑性を増している。

ZIKVはデングウイルスと比較的近縁(flavivirus)で、かつ同じネッタイシマカ(Aedes aegypti)によって媒介される。ネッタイシマカは様々なウイルスを媒介するのでネッタイシマカを封じ込める方策は重要度が高い。(ただし、ネッタイシマカの生態的ニッチが他の蚊に取って替わられて、病気そのものは残ってしまうかもしれない。自然をいじるとこうしたことは起こりうる。)有効な方策として本ブログでも紹介したOxitec社の組み換え型のカが有効かもしれないが、この方法の真の有効性についてはまだ結論が得られていない。

ワクチンは当然期待される方策である。先週(3/7)出たウォールストリートジャーナル(WSJ)によると、すでに15社に及ぶ企業がZIKVワクチンの生産に参入している。ただそれらのほとんどは初期の段階にある。最も進んだ段階にあるのは国立アレルギー・感染症研究所(NIAID、米)とBharat Biotech International(印)が共同で開発しているワクチンで、これにしても大量生産に入るには約18ヶ月を要するとみられている。

一方Sanofi(仏)など、複数の企業は抗ジカウイルス剤の開発を進めている。この点に関してはエボラでの状況よりもさらに遅れている。エボラウイルスに対する抗ウイルス剤やワクチンで認可されたものは今のところ存在しないが、先回西アフリカでの流行が始まったとき(2,014年)には既に候補となる薬剤やワクチンは出揃っていた。(ちなみに昨年有効性が確認されたMerckとNewLinkが開発した組み換え型弱毒生ワクチンは未だ認可されるに至っていない。)ジカ熱におけるこうした出遅れはひとえにこの病気がそれほど深刻な問題と捉えられていなかったためである。

胎児の小頭症はきわめて深刻で、これは異常事態である。そのひとつの理由はこれまで小頭症を引き起こすことが知られていたウイルスは風疹とサイトメガロだけだったからだ。小頭症を持って生まれてきた子供はかなり重度の障害を抱えている。このため長期に亘る家族、社会の負担は相当なものである。ウイルス感染に起因する子供の先天的な脳障害が無視できない頻度で起こるとすると、それらはその国・地域にとっては大きな負荷となる。国の発展の阻害要因となりうる。世界の公衆衛生的観点で考察するならば、低緯度地域の感染症のコントロールはきわめて重要な課題ということになろうか。

ただしこの脅威はいわゆる熱帯地域の途上国だけに当てはまるのではない。ネッタイシマカは温帯地域でも繁殖するので、先進国にもZIKVが蔓延す可能性は十分ある。これは同じカで媒介される日本のデング熱の流行でも明らかである。対岸の火事ではないのだ。米国でこうしたジカ熱に関連した小頭症の発生が問題になれば、国の公衆衛生システムが大打撃を受けると予想する関係者もいる。もはや地球規模での対策を要しているのだ。

状況証拠や疫学的知見に加えて、ウイルスの組織特異性に関する実験的研究も発表されるようになってきた。最近発表された注目データはCell Stem Cell(3/4)に載ったJohns Hopkins Universityを中心とするグループの仕事である。彼らはヒトiPS細胞から前脳に特異的な神経の前駆細胞(human neuronal progenitor cells, hNPCs)を作成し、これらのZIKVに対する感受性(被感染性)を調べた。結果、hNPCsは高い感受性を示し、それはiPS細胞のような未分化細胞よりも高かった。感染細胞の培養上清中には感染性のウイルスが検出され、hNPCsが単なる最終的な標的細胞ではないことも示された。感染細胞では高いcaspase 3が検出され、細胞死が盛んにおこっていた。さらに細胞周期の停止も観察された。(データを見ると、細胞周期の停止はS期に入った直後に起こっているように見え、これは珍しいタイプのアレストではないかと思うが詳細については記載されていない。)これらのデータはZIKVの神経前駆細胞への感染が直接的に小頭症を引き起こしうることを示唆する。著者らはiPSから誘導されたhNPCsがZIKV感染の良いモデルとなりうると述べている。

しかしさらに必要なものは動物個体でのZIKVの感染モデルであろう。既に1,970年代初頭にマウスにZIKVを実験感染させた結果が発表されているが、マウス胎児で小頭症が再現できるかどうかは極めて重要である。この古い仕事でZIKVがアストロサイトに感染しているというデータは今となっては相当重い。こうした適切な実験法に基づいた基礎的知見の蓄積をまって、ジカウイルスと小頭症の因果関係が固まってゆくものと思われる。それは遠いことではないと思う。